変わらない日常
目が覚めたとき、最初に見えたのは天井の小さな染みだった。
昨夜も見た気がするし、もっと前からあった気もする。けれど、今日のそれは、なぜか少しだけ輪郭がはっきりして見えた。
まばたきをする。
……ゆっくりだな、と湊は思った。
別に眠いわけじゃない。ただ、まぶたが閉じて、開くまでに、ほんの一拍ある。自分の動きが、ワンテンポ遅れて届くみたいな感覚。
布団の中で、もう一度まばたきをする。
やっぱり、少し遅い。
「……まあいっか」
湊はだいたいこの口癖で片付けてしまう。
枕元のスマホを見る。アラームは止まっている。いつも通りの時間だ。
上半身を起こそうとして、少しだけ間があく。
起きるぞ、と思ってから、体が動き出すまでの“間”。
その“間”が、ほんの少し長い。
リビングから、テレビの音が聞こえる。
ニュースキャスターの落ち着いた声。
『——動物特性の個人差について、専門家は「焦る必要はない」と話していて——』
いつものやつだ、と湊は思う。
ここ数年、朝のニュースはだいたいこれ。耳が生えた人、尻尾が出た人、匂いに敏感になった人。珍しくもない。
湊はまだ“何もない側”だった。
洗面所で顔を洗う。
水が冷たい。指先に触れた感覚が、いつもよりはっきりしている気がした。
顔を上げ、鏡を見る。
そこにいるのは、いつもの自分だ。寝ぐせが少し跳ねていて、目は少しぼんやりしている。
制服に袖を通す。腕を入れる動作が、少しだけ丁寧になる。急いではいないが、急げない感じ。
リビングに入ると、大柄で落ち着いた雰囲気の父がテーブルでコーヒーを飲んでいた。
頭には熊耳がちょこんと乗っている
樹は新聞ではなくタブレットを見ている。画面の光が、静かな顔を照らしている。
「おはよう」
湊が言う。
樹は視線を上げ、少し間を置いてから、
「……おはよう」
と返す。
その間が、今日はやけに心地よく感じた。
トーストをかじる。噛む動作も、ゆっくりだ。
父は何も言わない。
ただ、湊がいつもより静かなことに気づいているような気はした。
家を出る。
空気がひんやりしている。
歩き出してすぐ、違和感に気づく。
足が重いわけじゃない。
ただ歩くテンポが、少し遅い。
信号が点滅を始める。いつもなら軽く小走りになるところを、今日は「まあ次でいいか」と自然に思えた。
焦りが湧かない。
公園の横を通る。
低い鉄柵に、なんとなく手をかける
ぶら下がると妙に安心する
湊「なんか……落ち着くな〜」
「なんでだろ?」
「……なにしてんの?」
急に背後から声をかけられる。
振り向くと、頭の上の犬耳が朝の光に透けていて
尻尾を大きく振りながら覗き込んできている
同級生の陽斗が子供っぽい笑顔で声をかけてきた。
「おはよー!ってなんでそんなとこいるの!?」
自分でもよく分からない
降りようとしてモタつく。
本人は自覚が薄いようだ。
教室。
席につき、ノートを出す。
授業中、何故かずっと気怠い
何をするにも急げないというかのんびりしてしまう
ノートを書くスピードもいつもより遅い
しかも何故か今日はシャーペンの芯がポキポキ折れてしまう
蒼が前の席から振り向く。
猫耳がぴくりと動く。
何かに気づいたみたいだが、声をかけてくる様子はない。
蒼はクールだが、冷たい性格ってわけではない、こういうときは大体何か言いたいことがあるが、気を使って静かにしてくれている時だ。
昼休み、屋上。
陽斗と蒼の経験者トーク。
陽斗「最初は動きづらいけど慣れる」
蒼 「無理して合わせなくていい」
陽斗「俺も最初ボール追いかけちゃってさ」
蒼 「俺は日向から動けなかった」
湊 「…みんなそんな感じだったんだ」
陽斗&蒼「湊はなんの動物なんだろうな!」
帰り道。
湊の歩く速度が遅い。
陽斗は自然に速度を合わせる。
蒼は静かに横を歩く。
誰も特別扱いしない。
夜、部屋にひとり
布団に寝転びながら天井を見る。
視界の端、首がいつもより後ろまで向く。
面白い違和感。
でも怖くない。
「ちょっと変かも、でも…まあいいか」
相変わらずのマイペースである




