アマチュアとプロの違い
「宮本さんは神」
そんな声をよく耳にする私は宮本アキラ、プロの漫画家である。
「宮本アキラこそ漫画の神」
「天才とは宮本アキラのことだ」
ファンに限らず、私を持ち上げてくれる人間が、日本以外にまで広がっている。
SNSサイトは私を持ち上げる声で溢れている。
そんな中にも私を批判する声がある。
「宮本アキラなんて才能ないよ」
「宮本アキラはフツーだよ」
「代表作の『応酬のブーメラン』なんて粗だらけじゃん。主人公が成り上がる過程がご都合主義だらけだし、キャラの心理も矛盾だらけだし……」
そういう発言をした者は、圧倒的多数によって叩かれ、潰される。
既に神レベルの評価をされている私を批判する者は、私のファンのみならず私を神と信じる大多数の人間によって、村八分に遭うのである。
「雪村さん、背景お願い」
仕事場で、私は8人のアシスタントにそれぞれ仕事を頼む。
「瀧本くん、エフェクト処理頼む」
「夕神さん、ネームできた?」
「ハリモトさん、大岩くん、あと頼んだ」
私はじつは絵が下手だ。
顔だけは描けるが、身体を描くととてもぎこちないものになる。
デビューしたての頃は頑張って自分で描いていたが、アシスタントができてからは、彼らに頼んだほうが合理的だということに気がついた。それからは身体をうまく描けるようになるための練習はまったくやらなくなった。
私はストーリーを作り、顔だけを描く漫画家だ。
そのストーリーも編集者にダメ出しされれば、編集者の言いつけに従って書き直している。私の作るストーリーは、編集者のみならず、大勢の力によって補助を受けているのだ。
しかし、私はプロの漫画家である。
世間が持ち上げる通りの、神レベルの、トッププロなのである。
漫画のアシスタントもプロだ。
報酬を貰って、商業誌に載る作品に絵を提供している以上、プロと呼ばれるものだ。いつかは一人立ちして、私を超える人気漫画家になることだってあり得るだろう。
しかし、雪村さんは──果たしてプロだろうか?
彼女は私のスタジオに入ったばかりで、前は専門学校の学生をやっていた。
昨日学生だった者がプロの漫画家のアシスタントになった途端にプロと呼ばれるのなら、プロとアマチュアの境目とはどこにあるのだろうか?
雪村さんは絵がうまい。
はっきりいって、私よりも随分うまい。
主に背景を描いてもらっているが、人物の身体に関しても、私の画力は彼女の足下にも及ばない。
何より彼女は、私を魅了する作品を描く。
「先生、短編漫画を描いたんですけど、見てもらえますか?」
彼女が描いた作品を、私はいつも喜んで拝読する。
とても私好みなのだ。
独創性に富んでいて、毎回びっくりするような物語展開を見せる。
おもしろい。
しかし、そのストーリーは練られていない。
彼女をよく知る私にはなんとなく理解できるものの、一般読者には途中で投げ出されてしまうだろう。
『これはよいものだ』という世間のお墨付きがないのである。
何より彼女の描く漫画は流行からかけ離れている。
しかし、そこには、『自分はこれが描きたいんだ』という、初期衝動とでもいうべきものが、溢れている。
私は、いつの間にか、売れるために漫画を描くようになってしまった。
『ロック・ミュージシャンの最盛期とは、初めてロックに目覚めた時だ』という名言があるが、その通りだと思える。
雪村さんは今、輝いている。
私は今、落ちぶれている。
社会的評価がどうあろうとも、そう思えるのである。
プロとアマチュアの違いとは一体、何だろう?
昨今、プロよりも優れたテクニックを披露するアマチュアなど、動画サイトなどに溢れている。
とりあえず、世間はプロというものを神聖視しすぎていると思うのである。
歴史上の偉人をまるで超人扱いするように。
彼らだって人間だ。




