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疑神暗鬼  作者: 宵町文
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第8話:最後の脱出と「秩序」の論理

裏マーケットでの激戦後、アサヒ、シオン、レイの三人は、神官長ヴァルナス率いる完璧な包囲網に追い詰められた。


絶体絶命の危機の中、技術者シオンは、タケシの悪意あるシステムを逆利用し、電子的な一瞬の空白を作り出す。その技術的突破と、レイの冷酷な決断により、彼らは命からがらの脱出を果たす。


逃走の最中、シオンは古代の鍵が「停止装置」であるというアサヒの主張を論理的に承認し、長年の疑念を払拭する。しかし、彼らの後を追うヴァルナスは、「最大多数の幸福のため、少数の犠牲は論理的に不可避」という冷徹な思想を掲げ、追跡を続ける。


問う。感情と論理の対立を抱えたまま、彼らは都市の心臓部で「神」を停止させられるのか。


三人は、レイの破壊への衝動を抑え込み、最終決戦の地、「神の心臓コア」へと繋がる最後の扉を開く。

Ⅰ.絶望の包囲網とシオンの最終計算

旧動力線エリアの巨大な廃墟は、神官長ヴァルナス率いる神官団のエリート部隊によって、完璧な幾何学的な配置で包囲されていた。四方から差し込まれた高出力のサーチライトは、エリアの隅々までを白昼のように照らし出し、アサヒ、シオン、レイの三人を、瓦礫の山に容赦なく映し出す。ヴァルナスの声は、拡声器を通し、機械的な残響となって空間を満たしていた。その声には、誤りを認めない絶対的な確信が滲んでいた。


「抵抗は無意味だ。君たちの行動は、都市の秩序にとって許されないノイズであり、悪意ある非論理である。技術者シオン、君の技術は極めて優秀だが、その選択は非効率的だ。古代の鍵と真実のドライブを引き渡せ。そうすれば、即座に調和が再構築される」


アサヒの全身は、絶対的な絶望によって硬直していた。迫りくる銃口、ヴァルナスの冷徹な論理、そして逃げ場のない密室の危機が、彼の対人恐怖を極限まで刺激する。彼の頭の中で、「逃げ場はない」という思考が、閉所恐怖症のように彼を内側から締め付けていた。


その沈黙を破ったのは、シオンだった。彼の視線は、周囲の銃口ではなく、床に倒れたまま動かないタケシの体に向けられていた。彼の脳裏では、状況打破のための技術的解法が、ヴァルナスの完璧な包囲網の唯一の穴を見つけるべく、猛烈な速度で計算されていた。


「ヴァルナス。君の秩序は、君の技術的な盲点によって必ず崩れる。君は感情のノイズを排除したが、技術の残滓を軽視した」シオンは、ヴァルナスの言葉を無視し、冷静にタケシの残骸システムへ意識を集中させた。



Ⅱ.シオンの技術的突破とレイの冷酷な決断

シオンの指が、小型解析端末のキーボードを人間離れした速度で叩き始めた。彼の目的は、タケシのシステムに残された、神官団の妨害周波数の悪用ロジックを逆利用し、電子的に自滅させることだった。シオンは、タケシがシステムに組み込んでいた『裏切り者の自爆プロトコル』のコードを書き換え、このエリア全体の緊急電源ラインと結びつけた。


「タケシのシステムは、このエリアの電源に深く接続されている。これを意図的に過負荷オーバーロードさせる」シオンはレイとアサヒに指示した。「0.7秒。電子機器の機能が停止する、その一瞬の電子的な空白が、私たちの唯一の窓だ!」


シオンの指示通り、タケシのシステムが凄まじい勢いで電子的なノイズを発生させ、赤熱した。直後、パチッという乾いた音と共に、動力線エリア全体を照らしていたサーチライトと通信機器が、一瞬の完全な機能停止に陥った。


レイの行動は電光石火だった。彼女の復讐心は、彼女に冷酷な現実主義を与えていた。彼女は、瓦礫に埋もれるタケシの意識不明の体を荒々しく掴み上げ、それを完璧な囮として部隊の正面へと投げつけた。


「彼の死体は、奴らにとって技術的な成果(証拠)だ。ヴァルナスは、秩序の維持のために、その成果の保全を優先する」


レイの冷酷な決断は、ヴァルナスの「論理」を逆手に取ったものだった。部隊は、タケシの体を避けるため、一瞬の射撃をためらい、「証拠」を確保する指令に切り替えた。そのわずかな隙に、シオンは事前に発見していた地下通路の換気口を爆破し、アサヒとレイを押し込んだ。


三人は、地下深くの都市の排水システムへと、泥まみれになりながら滑り落ちていった。



Ⅲ.ヴァルナスの追跡と「秩序」の論理の開示

ヴァルナスは、タケシの死体を前に立ち尽くした。部隊の失態に、彼は一切の感情を見せない。ただ、シオンの「技術」が、自分の「秩序」の裏をかいた事実に、静かな興味を示した。


「シオンは、タケシのシステムの自己破壊ロジックを利用した。彼の行動は、常に最も効率的で、最も論理的な解を選択する」ヴァルナスは冷静に分析した。「追跡部隊に告ぐ。奴らは都市の排水システムを通り、動力炉に向かっている。そこが、彼らの論理的な最終目的地だ」


ヴァルナスは、シオンの行動パターンを完全に予測していた。彼にとって、感情や偶然はノイズであり、論理こそが全てだった。


「神官長、なぜ、彼らが動力炉を最終目的地と…?」部下の一人が尋ねた。


ヴァルナスは、冷徹な目で都市のメインモニターを見つめた。その瞳には、冷たい光しか宿っていなかった。


「彼らが持つ鍵は、システムを停止させるためのものだ。彼らは感情ではなく良心に突き動かされている。しかし、都市の秩序は、最大多数の最大幸福によって成立している。少数の犠牲を排除することは、調和を破壊する非論理的な行為だ。私は、この都市の苦痛を伴う秩序を維持する義務がある。彼らの感情的な正義は、万人の混沌をもたらす」


ヴァルナスの声には、自己の支配を揺るがぬ論理で正当化する、強固な信念があった。彼は、自身の冷徹な論理を、「神の意志」と完全に同一化し、自らを秩序の守護者として絶対視していた。



Ⅳ.シオンの論理的承認とレイの揺らぎ

暗く、じめじめとした排水システムを、三人は泥まみれになりながら進んだ。シオンは、逃走中にアサヒの古代の鍵の情報を、タケシの残骸から得たデータと照合し続けた。


「司書。君が言った『停止装置セーフティ・デバイス』としての鍵の論理を、私は最終的に認める」シオンは言った。彼の声は、長年の疑念を払拭した、静かな確信に満ちていた。「古代の技術者は、システムの暴走リスクを恐れ、起動キーと停止キーを同一のデバイスに統合した。これは、技術者としての最高の論理であり、良心だ。君の出自は、裏切り者ではなく、防衛者の血筋であったことが、論理的に証明された」


アサヒは、シオンの技術的な承認を得たことで、長年の重圧から解放されたかのように感じた。無実は、感情ではなく論理によって証明された。


しかし、隣を走るレイの表情は、依然として険しかった。彼女は、動力炉へと向かう秘密の通路の入口に立ち、その顔は暗い影に覆われていた。


「…私の父は、あの機械(動力炉)に殺された。あの神の心臓を停止させるだけでは、復讐にならない」レイは、低く唸るような声で言った。「あそこは破壊されるべきだ。瓦礫にしてこそ、父の怒りは報われる。停止では、奴らの罪は消えない!」


レイの感情的な目的(破壊)と、アサヒ・シオンの論理的な目的(停止)が、最終決戦の直前で再び対立した。


「破壊は、制御不能なエネルギーの暴走を引き起こす。都市が壊れる」アサヒは警告した。


「秩序も、復讐も、その全ては無意味だ。目標はシステムの停止。それが最も論理的で効率的な解だ」シオンが冷静に断じた。


レイは激しく葛藤したが、復讐の炎を理性で抑え込み、秘密の通路の起動キーを押し込んだ。通路の奥には、動力炉の中心部である「神の心臓コア」へと繋がる、巨大な最終扉が姿を現した。


彼らは今、真実の鍵と最終的な決意を手に、「神」の待つ最後の闘いの舞台に到達した。扉の向こうからは、古代の殺人機械が発する、重く、規則的な脈動が、彼らを飲み込もうと響いていた。

第8話までお読みいただき、誠にありがとうございます。


この話で、三人の同盟は論理的・感情的に最も安定した状態に達しました。シオンはアサヒの無実を技術的に承認し、レイは復讐という感情をシステムの停止という大義のために一時抑え込みました。


しかし、その道の先には、冷徹な論理の体現者であるヴァルナスが待ち受けています。次章、第9話は、物語の最大のクライマックス、「神の心臓」内部での最終決戦です。


古代の殺人機械の前に立ち、論理、感情、そして良心が、都市の運命をかけて激突します。アサヒの最後の希望が機能するのか、そして彼らがこの戦いを生き抜けるのか、最終決戦をどうぞご期待ください。

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