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疑神暗鬼  作者: 宵町文
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第5話:暴露の道と閉鎖空間の危機

「神の力」の正体を記した「真実のドライブ」。


司書アサヒと地下組織のレイは、神官長ヴァルナスの追跡を逃れ、都市のメインネットワークに直結する電力シャフトに到達した。アサヒは閉所恐怖症の極限に苦しみながらも、自らの無実を証明するため、暴露という最も危険な道を選び取る。


しかし、ヴァルナスは彼らの行動を予測し、シャフトを絶対的な密室へと変える。アサヒの古代インフラの知識が、逆にレイの「疑念」を再燃させる中、彼らは爆破による突破を強行。


問う。都市の秩序を破壊する「真実」は、追跡者の冷徹な「論理」に勝るのか。


ついに接続されたドライブが、セレニティ全体にパニックの警告を発する。この裏切りと自己証明の逃走劇は、新たな局面を迎える。

Ⅰ.アサヒの決断と怒りの連帯

ラボの崩壊音が、彼らの逃走を強要する号砲となった。中央通路へ向かうシオンの背中と、武器を構えて自分に迫るレイの間に立ち尽くしたアサヒの頭蓋骨の中では、シオンの「技術的な裏切り者」という告発が、まるで高周波のノイズのように木霊していた。彼の感情的な無実の主張は、シオンの確固たる技術的証拠の前で、砂のように脆く崩れ去った。


「ドライブを渡せ、司書!」レイが叫んだ。彼女の復讐心は、純粋な炎となってアサヒを焼き尽くそうとしていた。「お前がスパイでないなら、真実を都市中にばら撒け!それが唯一の証明だ!」


レイの言葉は、アサヒの恐怖を貫き、彼が長年抱いてきた使命感に、冷水を浴びせるように火をつけた。シオンの告発を覆すには、もはや個人的な弁解では無力だ。都市のシステムに真実を流し込み、「神」を破壊する行動、すなわち都市の秩序を破壊する行為こそが、彼が裏切り者ではないことの証明になる。


アサヒは、激しく震える手を制し、レイに一歩近づいた。


「わかった、レイ。都市ネットワークだ。この真実を隠すことは、シオンの論理と、ヴァルナスの秩序、そのどちらにも屈することになる」アサヒは「真実のドライブ」をレイに手渡した。彼の行動は、無謀な決意と自己犠牲的な覚悟に満ちていた。


レイはドライブを受け取ったが、その瞳は依然として疑念の氷を宿していた。彼女の復讐心は揺るぎないが、アサヒのこの自己破滅的な選択は、彼への疑念を一時的に棚上げさせた。「いいだろう」レイは冷たく言った。「だが、裏切りの血が流れているなら、その血は都市の瓦礫の中で尽きることになる」


二人の間には信頼は存在しない。あるのは、神官団への共通の怒り、そしてドライブをネットワークに接続するという、極めて不安定で利己的な共通目標だけだった。



Ⅱ.垂直シャフト:閉所恐怖の臨界点

二人は地下通路を這い、都市のメインネットワークに最も近い、電力システム用の垂直シャフトの入口に到達した。シャフトは、巨大な円筒形の縦穴で、遥か高所から深遠な闇へと続いており、分厚いケーブルと配管が複雑に絡み合い、都市の生命線を形成している。


アサヒの全身は、この光景を見た瞬間、本能的な拒絶で硬直した。視界の全てが、暗く、狭く、底なしの空間へと収束している。この垂直の密室は、彼の閉所恐怖症を極限まで刺激した。恐怖が喉元に張り付き、呼吸は浅い痙攣へと変わり、意識が遠のきそうになる。彼は、このまま穴に吸い込まれていくような強烈なめまいを感じた。


「これが…お前の致命的な弱点か」レイはアサヒの異常な様子に気づき、冷たく言い放った。彼女にとって、恐怖とは克服すべき感情であり、アサヒのこの身体的な制約は、彼を「意志薄弱な者」と見なす理由となった。


レイはシャフトの壁に取り付けられた梯子を指さした。「ここが最短ルートだ。上部管理区画の直下に、メインケーブルの露出ポイントがある」レイはアサヒの反応を観察し、彼の精神力がいつ折れるかを見極めていた。彼女はアサヒを助ける意思はない。ただ、アサヒが先に機能不全に陥った場合、彼を躊躇なく見捨てる準備をしていた。


アサヒは、レイの冷たい背中を追うしかなかった。彼の閉所恐怖症は、もはや肉体的な痛みとなって、彼の全身の神経回路を焼き尽くしていた。



Ⅲ.ヴァルナスの遠隔介入と密室化の完成

二人がシャフトの中間地点に達し、頭上の光が細い点となった、その時だった。


上部のハッチが、電子音一つなく、音もなく閉ざされた。


直後、シャフト全体に極度の静寂が訪れる。シャフトの壁に内蔵された防音・吸音システムが起動したのだ。外部の光と、動力炉の「心臓の鼓動」の音、そしてレイとアサヒ自身の全ての音が遮断された。彼らは、音の全くない絶対的な密室に閉じ込められた。


「罠だ…!」レイが警告した。


シャフトの最下層から、神官長ヴァルナスの声が、シャフト内のスピーカーを通じて響き渡る。その声には、一切の感情の揺らぎがない。


「真実のドライブを持つ者たちよ。君たちの目標は予測済みだ。電力シャフトの緊急閉鎖と防音システムの起動により、君たちの居場所は絶対的な密室となった。君たちの行動は、すでに秩序のノイズとして記録されている」


ヴァルナスは、二人の目標がメインネットワークであると正確に予測していた。彼の追跡は、技術と論理に基づいた完璧な支配だった。


アサヒの閉所恐怖症は、この「音も光もない絶対的な密室」という状況によって、パニックの最高潮に達した。彼は梯子にしがみつき、意識が遠のく。彼の視界は白濁し、体が痙攣で制御不能になった。彼は、ヴァルナスが意図的に彼の弱点を突いてきたことを悟った。これは、物理的な拘束であると同時に、精神的な拷問だった。



Ⅳ.爆破の必要性と技術的知識の欠落

シャフトの閉鎖によって、二人は完全に身動きが取れなくなった。神官団が上部ハッチを破って侵入してくるのは、時間の問題だ。


レイは冷静さを保ち、ドライブを接続するポイントを探したが、メインケーブルは分厚い特殊合金のカバーで完全に隠蔽されていた。


「ケーブルは隠蔽されている。シャフトの一部を精密に爆破し、ケーブルを直接露出させるしかない」レイは決断した。彼女の装備には高性能の爆薬はある。


しかし、レイの顔に、苛立ちと無力感が浮かんだ。彼女は怒りと行動力を持つが、技術的な知識が決定的に欠けていた。爆破作業には、シャフト全体の構造を理解し、最小限の爆発でケーブルを露出させるための、配管と合金の接合部の精密な計算が必要だった。さもなければ、ケーブル自体を破壊してしまうか、シャフト全体を崩壊させてしまう。


シオンの「論理」の不在が、今、決定的に響いていた。レイの「怒り」だけでは、目的を達成できない。


「どうする、レイ?」アサヒは、かろうじて意識を保ちながら尋ねた。


「私には、爆破に必要な技術知識がない…!」レイは焦燥を露わにした。



Ⅴ.アサヒの知識と疑念の再燃

アサヒは、恐怖で麻痺した体を梯子に固定させ、思考の残滓を、司書としての「記憶」へと集中させた。彼の仕事は、古文書や歴史書だけでなく、都市インフラの膨大な設計図の管理と分類だった。彼は、その膨大な知識の中から、この垂直シャフトの初期設計図の記憶を呼び起こした。


「待て…シャフトの圧力配管システムだ」アサヒは喉の奥から声を絞り出した。「このシャフトは、古代のエネルギー効率を維持するために、低圧の冷却剤を特定の配管に循環させている。その配管が、合金カバーの構造的な弱点になっているはずだ。その配管とカバーの接合部を狙えば、爆発を増幅させずに、壁を貫通できる!」


アサヒは、自分が司書として学んだ都市インフラの古文書の知識を応用し、爆破に必要な弱点となる配管の構造を、正確な位置と共にレイに指示した。


レイは、アサヒの正確で冷静な技術的指示に、再び驚愕した。


「なぜ、司書のお前が、こんな専門的な知識を持っている…?」レイの瞳に、「疑念」の火が宿る。アサヒの「司書としての知識」が、逆に「古代技術者の一族」というシオンの告発を補強する技術的な証拠となってしまったのだ。


「私を信じろ、レイ!時間がない!上だ!」


レイは激しく葛藤したが、選択の余地はない。彼女はアサヒへの猜疑心を強めながらも、彼の指示に従うしか道がないことを知っていた。レイはアサヒの指示通りに爆薬を設置し、即座に起爆させた。


爆破音と共にシャフトの壁が崩れ、メインケーブルが白日の下に露出した。


レイは急いで「真実のドライブ」を取り出し、露出したメインケーブルに接続しようとする。しかし、その瞬間、シャフトの上部から神官団の追跡部隊が侵入してきた足音と、溶接機の光が差し込んだ。レイがドライブを接続し、データを流し込んだ瞬間、都市のメインネットワーク全体が警告音を発し、セレニティ中に「システム異常」のサインが点灯し始めた。


真実の暴露は目前。しかし、神官団の魔の手は、レイとアサヒのすぐそこに迫っていた。彼らは今、瓦礫と暴露の狭間で、自らの運命を決定する最後の瞬間に立たされていた。

第5話までお読みいただき、誠にありがとうございます。


この話で、主人公アサヒは、自身の弱点(閉所恐怖症)と強み(司書としての知識)を同時に露呈させ、レイとの不安定で緊張感のある連帯を成立させました。特に、彼の知識が、最も信頼を必要とする瞬間にレイの「疑念」を再燃させたことは、今後の展開に決定的な影を落とします。


「真実のドライブ」はついにメインネットワークに接続されました。次章の舞台は、パニックに陥った都市、そして真実のデータに反応し始めたヴァルナスのシステムです。


アサヒとレイが直面する「大衆の反応」と、シオンが単独で選んだ「技術的な防衛」の道がどのように交差するのか。混乱の中で、彼らが「鬼」になるのか、それとも「真実の語り部」になれるのか。その結末をどうぞ見届けてください。

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