第4話:神の正体と技術の告発
「神の祝福」の真実が、ついに白日の下に晒された。
動力炉の正体は、人間の生命エネルギーを吸収する冷酷な殺人機械。司書アサヒと技術者シオンが辿り着いた真実は、数百年にわたる都市の平和が、血と犠牲の上に築かれていたことを証明した。
しかし、その発見は信頼の崩壊をもたらす。シオンは、アサヒの持つ鍵がシステムを起動させる古代のキーと一致することを突きつけ、「裏切り者」だと告発する。レイの怒り、シオンの論理、アサヒの恐怖が衝突する中、神官長ヴァルナスがラボを襲撃。
今、彼らの手には「真実のドライブ」という最後の希望がある。
問う。あなたは、命運を委ねた相手の「無実」を、技術的な証拠に反して信じられますか。
協力関係は終わり、三人は、真実の暴露か、技術の防衛か、自己の証明か、それぞれの道を、不信を抱えたまま走り出す。
Ⅰ.最終解析への緊張と冷たい協定
ラボの空気は、張り詰めた鋼のように冷たかった。シオンの秘密ラボは、都市の「疑念」が集約された場所となっていた。中央の作業台には、レイから受け取った古代の電力変換器が接続され、ケーブルがシオンの解析装置へと蛇行している。モニターの青白い光は、アサヒ、シオン、そしてレイの三人の顔を、まるで三つの異なる惑星の光のように照らし出す。
レイは腕を組み、シオンの背後に立っていた。彼女の瞳は解析装置の動きを追っているが、その視線の本質はシオンに向けられている。その眼差しは、「裏切ったら即座に始末する」という冷徹な警告であり、彼女の復讐心は、純粋で、容赦がない。レイの体からは、神官団への燃えるような憎悪が発せられていた。
「始めろ、シオン」レイの声は低く、感情を押し殺していた。「私の父の死に意味があったのか、それともただの無駄だったのか、早く証明しろ」
シオンはレイを一瞥もせず、淡々とキーボードを叩き始めた。彼の動きは正確無比で、迷いがない。しかし、アサヒには分かっていた。シオンの冷静さの裏には、アサヒのマスターキーに対する技術者としての「解決不能な疑念」が、沸点に達していることを。シオンにとって、アサヒの主張する感情的な真実は、彼の論理的な真実を歪める不純物でしかなかった。
アサヒは、レイの殺気とシオンの冷たい疑惑という二つの「鬼」に挟まれ、身動きが取れない。彼は自分の無実を証明する術を持たなかった。シオンのプログラミングの微かなクリック音と、地下深くから聞こえる動力炉の不気味な「心臓の鼓動」だけが、この極めて不安定な協定の存在を証明していた。
Ⅱ.「神の正体」の暴露:非人道的な最適化技術
数時間に及ぶ解析が、まるで数百年の時を巻き戻すかのように続いた。古代の電力変換器は、数多のセキュリティ層を突破し、シオンのモニターに、動力炉の真の稼働原理を鮮明に表示させた。
「……完成した」シオンの声は、技術的な探求者としての歓喜と、その発見がもたらす倫理的な絶望がないまぜになっていた。その声は、震えているというよりは、むしろ凍りついているようだった。
モニターに映し出されたのは、セレニティを支える「神の力」の核となる計算式と、その稼働フローだった。それは、都市の調和に必要な基幹エネルギーとは別に、特定の周波数に「適合」した人間の熱エネルギー(生体エネルギー)を抽出し、それを都市全体の意識統制とシステム維持の「調整エネルギー」に変換する、恐るべき設計だった。
シオンは、あの夜に発作で口にした古代数式が、この人間エネルギー変換効率を最大化する計算式であったことを突き止めた。動力炉は、エネルギーを産む機械ではない。人間を燃料として、都市の感情を制御するための巨大な『殺人機械』だったのだ。そして、「感謝祭」は、システムがエネルギーレベルを維持するために、定期的に「S-ターゲット(特別適合体)」を抽出・供給する儀式に過ぎなかった。
レイの体から、一瞬にして力が抜け、その場に膝から崩れ落ちそうになった。彼女の瞳は、燃え盛る怒りから、氷のような冷徹な憎悪へと変わる。父の死は、運命でも病でもない。それは、技術的に計算され、最適化された殺人だった。彼女の復讐の動機は、今、普遍的な「暗」の真実によって、都市全体への「鬼」の怒りへと昇華された。
一方、シオンは依然として冷静だった。「設計の完成度は高い。非人道的だが、技術的には完璧なシステムだ」彼の言葉は、その恐ろしい真実に対する、人間的な感情を完全に欠落させていた。彼が興味を持つのは、システムが持つ優美な論理性だけだった。
Ⅲ.シオンの告発とマスターキーの真実
真実のデータが映し出され、ラボの空気が重く澱んだ中、シオンは突然、解析を中断した。彼はモニターの光を背に、冷酷な目でアサヒを射抜く。
「これで、動力炉の真実は明らかになった」シオンは言った。彼の声は、もはや友人のものではなかった。「次は、君自身の真実を解明させてもらう」
シオンは、マスターキーのエネルギー残渣と、S-ターゲット抽出システムの「起動周波数」を重ね合わせたデータを示した。彼は意図的に、この心理的な爆弾を最後に発動させたのだ。
結果は、完璧な一致。
「君のマスターキーの周波数パターンは、このシステムの起動キーと同一だ」シオンは突きつけた。彼の声には、一片の感情もない。「これは偶然では説明できない。君は、このシステムに関わる古代技術者の一族の末裔か、あるいは、神官団が極秘に仕掛けた二重スパイではないか?」
アサヒは、シオンの論理的な告発と、自分の内面の恐怖に挟まれ、呼吸さえできなくなった。彼が司書として扱ってきた歴史とは別の、自分自身の出自にまつわる巨大な「疑」が、今、彼自身を飲み込もうとしていた。彼の閉所恐怖症とパニックが限界に達し、彼の主張は、口から出る前に喉元で潰れた。
レイは即座に立ち上がった。彼女の瞳はアサヒへの憎悪に燃えている。彼女は携行していた武器を抜き、シオンとアサヒを同時にマークした。
「答えろ、司書。お前も神官団の犬か?!私の父を売ったのは、お前のような裏切り者か!」
三つ巴の同盟は、内側から完全に崩壊した。アサヒの無実の主張は、シオンの確固たる技術的証拠とレイの冷たい怒りという、動かしがたい現実の前で、無力な感情論でしかなかった。
Ⅳ.ヴァルナスの襲撃と緊急脱出
三者の緊張が最高潮に達し、血が流れる寸前だったその時、ラボのセキュリティーアラームがけたたましく鳴り響いた。赤色の警告灯が点滅し、青白いモニターの光を掻き消す。
「侵入者だ!神官団だ!」シオンが叫んだ。彼の技術者としての本能が、一瞬にして事態を把握した。
神官長ヴァルナスとその精鋭部隊が、既にラボの入り口に到達していた。隔壁の向こうから、破壊準備のための重機音が響いてくる。ヴァルナスの追跡は、シオンの解析によるエネルギー信号の急増、あるいはタケシからの密告、あるいはその両方によって、正確に誘導されたのだ。
「調和を乱す者どもよ、観念せよ!」ヴァルナスの冷徹な声が、スピーカーを通じて、まるで神の裁きのように響き渡る。
シオンは瞬時に行動した。彼はメイン解析データを一瞬で消去するが、解析結果の全コピーを小型の「真実のドライブ」に転送する。
「データは消した!だが、ドライブは確保した!」シオンは叫び、ドライブを強く握りしめた。「奴らの目的は、このデータを破壊することだ。各自、別の脱出路へ!生き残れ!」
Ⅴ.逃走の分断と進路の選択
ヴァルナスたちが隔壁を破って侵入してくる爆発音がラボ全体を揺るがす中、三人は強制的に別々の方向へ逃走を強いられた。
シオンは、ヴァルナスたちの追跡を分散させるため、最も危険な中央通路を選択した。彼の目的は、技術の保全であり、秩序からの防衛だった。
レイは、父の復讐という怒りに突き動かされ、アサヒの腕を掴んだ。「このドライブを持って、都市のメインネットワークに接続するぞ!真実を全市民に暴露すれば、奴らの秩序は崩壊する!」彼女が選んだのは、暴走的な暴露の道だった。彼女は、都市のパニックこそが、神官団を打ち負かす唯一の武器だと知っていた。
アサヒは、シオンの告発のショックから回復できず、迷いの中にいる。彼の前には、レイが提案する「一斉蜂起」の道と、シオンが選んだ「技術的な防衛と逃走」の道が分岐する。アサヒは、自分の「無実」と「使命」を証明するため、どちらの道を進むのか、瞬時の決断を迫られた。彼の選択が、レイまたはシオン、どちらかへの「裏切り」となる可能性を孕んでいる。
そして、扉の向こうからは、神官団の冷たい足音が、確実に、そして速やかに近づいてきていた。
第4話までお読みいただき、誠にありがとうございます。
この話は、小説『疑神暗鬼』における最も重要な転換点です。長年の謎であった「神」の正体が明かされると同時に、主人公たちの内面的な信頼が完全に破壊されました。アサヒは、外部の支配者だけでなく、最も信頼していた友から「技術的な裏切り者」という烙印を押され、自己の存在意義すら疑われることになります。
シオンが選んだのは技術の保全、レイが選んだのは怒りの暴露。そして、アサヒは自らの無実と使命を証明するため、どちらかの道を選ばなければなりません。
「真実」は手に入りましたが、それをどう使うかによって、彼らの運命は大きく分かれます。次章以降は、分断された三人の行動と、都市のパニックが本格化します。真実を巡る彼らの逃走と対立の行方を、どうぞご期待ください。




