地獄星系黙示録
佐藤健二はいつものように、北千住駅で電車を待っていた。時間帯は早朝の5時前。太陽はまだ赤く燃えていない、夜の空にも等しい空色になっていたのだ。そんな朝練がある健二はプラットホーム4番線。中目黒行きの電車を待っていた。電車の待っている客は彼と数人のサラリーマンである。
サラリーマンは誰も、ネクタイを引き締まっていて、ビシッとしっかりした格好をしていた。きっと、営業職に違いない、と健二はそう思ったのだ。なぜならば、彼らの身だしなみは異常に清楚だからだ。母親から聞いた話、身だしなみをしっかりしたした人は、客とのやり取りがある職業だとのこと。なので、健二の独断と偏見にて、彼らは営業職なのだろうと思った。
そんなことを考えていると、ホームの時計の短い針がピタッと5時になる。健二は次に来る電車を乗る準備をするのだった。けれど、ここで異変が起きる。いつも来ている電車が違っていたのだ。まず、いつも乗る電車は13000系の電車なのに、やってきた電車は廃車になったはずの蒸気機関車である。しゅっぽっぽと音を上げながら、蒸気を発していたのだ。いつもの静かで、素早く走る電車とは異なっていたのだ。しかも、3両編成しかない、短い車両の電車だ。
そんな電車がやってくると、サラリーマンたちは左右に顔を向けて、駅員を探す仕草をする。でも、残念ながら、早朝には駅員の姿はいないのだ。健二は緊急停止ボタンを押そうかと、指が震える。このボタンを押したら、駅員がやってきて、この異常さに気づいてくれると思った。しかし、反面には、みんなに迷惑がかかる可能性もあると。
この列車はデモンストレーションのための列車なのかもしれない。なら、停止ボタンを押すことは、このデモンストレーションを中止することに繋がる可能性もある。そう思った健二は指を停止ボタンから離すのだった。
次の瞬間、列車の扉が開かれる。下車客はいない。ただただ、扉が開いているのだ。
健二は、この列車がどこにいくのかを行き先を確認する。
「銀河鉄道?」
読みながら、健二は首を傾げる。
まさか、この列車が銀河を渡るとは、実際に見たことがない。どこかのフィクションの中にしか見たことがないのだ。例えば、宮沢賢治の銀河鉄道みたいなものだ。あれは、国語の授業で読んだことはあるのだけれども、馬鹿馬鹿しい御伽話であることしか印象にないのだ。
実際に見てみると、手汗が流れ出る。こんな異常な出来ことに直面しているのだった。
サラリーマンの方に顔を向ける。サラリーマンは顔を左右に振り、乗ることを躊躇しているのだ。
駅員もやってこない。でも、列車が移動する気配はない。
この列車に乗っても、特に問題がないじゃないか、と好奇心がそう呟いている。
なので、健二はすこし震えた足で、乗車する。意外にも、すんなりと乗車することができたのだ。
中を覗いてみると、木製迎え席になっており、古い電車の様式美になっていた。
興奮をする健二は、席に座って、窓を覗いてみる。ホームでは、異常を感じた駅員がやってくるのだった。
でも、もう遅い。列車は扉を閉じる。次に、列車はシュポシュポと、前へと走行し始める。
蒸気列車なので、そんなにスピードを感じないけれども、なんだか、楽しくなってきた、健二はワクワクしながら窓を眺める。
列車は日比谷線を沿って走行するかと思いきや、列車は徐々に上昇していくのを感じた。
窓からは、鳩が一緒に飛んでいるのを確認できる。
……そうか、銀河鉄道なんだから、銀河を渡るのか、と健二は能天気にそう思った。
「よ、お前もおの列車に乗ってきたのか」
そこで、一人の少年の声ではっとなる。
振り向くと、バットをもった同じ制服の少年がいた。頭は刈り上げられた髪型に、腕には筋肉がついている。どうみても、スポーツマン、野球をやっているかのような少年だ。
「キミは……」
「同じクラスの佐藤光だ。よろしく」
光はそう言いながらも、健二のとなりに鎮座するのだった。
本当に誰でもフレンドリーな態度を取る光に少し戸惑う。
健二と光の関係は、そんなに仲が良いものでもない。同じく朝練があるから、たまたま一緒の電車に乗ることはあるのだけれど、話たことはない。
光はクラスメイトでもあり、陽キャでもある。
要は、健二と違って、光の周囲には人が群がっているのだからだ。
そんな陽キャがなぜ、この電車に乗ってきたのか、気にはなる。
でも、そんな事を気にしても、口に出すことはないのが、健二なのだ。
そんなことを思っていると、光は話かけてくる。
「この列車。銀河を旅するんだよな」
「そうなのか?」
「だって、俺達飛んでいるじゃないか」
その時は、何も考えずに乗ってしまった。銀河に渡ったら、地球に帰ってこられないことを考慮していないのだ。
蒸気列車は大気圏を徐々に上昇していくのを感じた。それは宇宙を旅するのが、目的なのだろうか。じゃあ、どこまで行くんだろうか、気になる健二。
手の甲に汗が流れる。呼吸も少々荒くなる。
もしかすると、宇宙に旅をして、地球に戻ってこれないじゃないかと思ったからだ。
「そんな気にすることはない。お前は帰って来られる」
と、光はそう言い出すのだ。まるで、健二の思考を読み取ったようでもあった。
そこで、健二は大きく深呼吸をする。落ち着いてから、周囲を見つめるのだ。
列車は大気圏を超え、空気のない宇宙に到着する。
でも、不思議なことに、酸素が届いている。温度も適温でもあり、汗をかくこともなく、寒すぎず。小さな冷房が効いているようだった。
どういうカラクリかは知らないが、息を吸って吐くことができる。今まで通りに、体の動作は変わりないのだ。
どんどんと地球から離れていくのを感じる。地球が小さくなっていくのだ。
そんな地球が小さくなるのを見て、健二は少々寂しく感じる。朝練には間に合わないことにほんの少しの後悔。でも、いつも剣道の練習に飽き飽きしていた健二にとってはちょっぴり嬉しい気もするのだ。
「次は、月。お忘れ物を御座いませんようにしてください」
アナウンスが列車内に響く。健二ははっとなる。
そうか、地球に一番近い衛星は月である。そんな最初に辿り着く場所は、月にしかないのだ。で、月に到着すると、なにをすればいいのだろうか? 下車してもいいのか。するとも、景色だけ見ればいいのだろうか。
そんなことを考えていると、列車はスピードを落とし、着陸態勢になる。
列車はあの凸凹の月面を走行するのだった。ボコボコと、列車は走るが、意外にも楽しい。こういうワクワク感がある体験は、ジェットコースター以来だと、健二は思った。
「あ、うさぎが餅つきをしている」
光はそういうと、外に指をさす。
健二はそれにつられて外を眺めると、うさぎが二匹、餅つきをしていたのだ。
その動作は対して、人と変わらず、一人が餅を叩き、もうひとりが手水をしていたのだ。
あまりにも可愛らしさに健二は微笑む。まさか、月で餅つきをしているうさぎがいるだなんて、予想もしなかったのだから。
昔の言い伝え、月はうさぎ餅つきしている場所であるとのことは、真実だと思わなかったのだ。
「行ってみようぜ。俺達も餅つきしようぜ」
光の誘いに、躊躇する。
この列車を降りたら、月に取り残されるんじゃないか、と一瞬思った。
なので、最初は断ろうとするのだけれど。光が強く引っ張ってくるので、その力に抗うことなく、従ったのだ。
電車を降りると、二兎のうさぎがこちらを見る。真っ赤な瞳がきゅっと胸を縮めるような感覚になるのだ。
「どうぞ、ご客人」
とあるうさぎがこちらに杵を渡すのだった。
健二は一瞬首を捻る。こんなのをもらって、呑気に餅つきをしていいのだろうか。
「やろうぜ。健二」
しかし、光は臆することなく、その餅つきの臼の前にたつ。
どうやら、餅つきの準備が万端しているのだ。ここは餅つきをしないといけない場所だ、と気づく健二はリズム杵で餅を叩く。
光は水を入れて、手水をする。
そして、健二と光はリズムよく、餅つきを始めるのだった。
一人はリズムよく、餅を叩く。
もう一人は手水をする。
「あ、よいしょ」
光の声に合わせて、健二は餅を叩く。
……あ、なんだか、面白い。
リズムゲームのように、餅を叩き、手水が入る。スピード感はないが、落ち着いた餅つきでもある。
健二と光は笑いながらも、餅つきをしていたのだ。
ドパミンは脳からドパドパと流れて、健二はそれを力にして餅を叩く。
光も叩くのを確認すると、手水をしてくれる。二人は会話のすることなく、行動が一連化したのだ。
やがて、餅が完成するのを確認する。
うさぎは手をたたき、出来上がった餅を見る。
「あ、どうも」
健二はお辞儀をして、うさぎたちに礼を言う。
餅つきは子ども以来にやったので、うまく出来たのか、最初は懸念していたけど、うさぎ達が拍手を送るので、きっと大丈夫なのだろう。
うさぎは出来上がった餅を小さく、小分けにすると。
拳サイズに分けて、健二と光に与えるのだ。
「これをどうぞ、ご客人」
「あ、ありがとう」
礼を言うと、餅を受け取る。
こんな楽しい体験は久々にしたのだ。と思ったのだ。まさか、宇宙旅行をして、うさぎの餅つきを手伝うとは、思わなかった。
手汗をハンカチで拭った。
これ以上はここに長居するのは、意味はないと思い、列車に戻ろうとする。
すると、そこで、うさぎがこう言い出す。
「この先は、大変な旅になるのでしょう。でも、疲れたときにはこの餅を食べればいいのです」
丁寧なアドバイスに、健二は頭を下げる。
そのときはなんとなくなにも考えずに軽く流したのだけれども、この不可思議の出来事に懸念をするべきだった。
どうして、この列車は銀河を目指しているのか。
どうして、この列車の乗客は自分たちしかいないのか。
どうして、この列車はあのホームに出現したのか。
色々と考えるべきであったけれど、健二は考えを放棄して、気楽に旅に出ていたのだ。
「まもなく、列車が動きます。みなさま、どうか、列車に戻ってください」
列車から声がする。
やはり、この列車内には誰かが操作しているのだろう。車掌さんの姿はない。
なら、誰がこのアナウスをしているのだろうか?
「行こうぜ。健二。ここに用はもうないよ」
「あ、ああ」
光に声をかけられて、意識を取り戻す。
健二たちは早足で、列車に戻っていく。列車内に入ると、扉が閉じる。
……ギリギリだった。
どうやら、月面で長居過ぎたかもしれない。
いつもの席に座ると、列車はまた再び動き出すのだ。
徐々に上昇して行くのを感じる。うさぎたちがこちらに向けて手を振っている。
健二も手を振ってうさぎたちに別れを告げる。
……さて、次の行き先はどこになるのだろうか?
心臓はどこか強くは練り上げる。それは、この旅の行き先がどうも気になったのだからだ。
「次の惑星は、火星だな」
「火星か……」
……太陽系から離れていくのか。
科学の授業で習った順番であれば、この順番になるのもおかしくはない。
なら、次は何に出会うのか、心臓の鼓動が跳ね上がって止まらないのだ。
火星は、どういう星なのか、どういう仕組なのか、どういう人と出会うのか気になった。また、ウサギと出会うのだろうか。
そこで、火星のことを思い出す。
火星、それは赤い惑星で、地球に近い環境があると言われている。
自転周期と季節は地球と近いとされていると言われている。火星に住めるように研究も進まれている惑星だ。だから、今度は現人類に出会うのだろうか。
「ここから先は、一切の希望を捨ててなければいけない」
そこで、車掌さんのアナウンスが列車内に響く。
それは、どこかのわくわく感を抑止するような音色でもあった。
このさきは、希望を持つことは許されない場所。火星とはどんな過酷な場所なのか、気にはなったのだ。
今更、宇宙旅を中断したいと思う気持ちはない。だから、最後までこの銀河鉄道を見届けることを念願に収める健二だった。
「そういえば、最後の行き先って聞いていないよな」
「どこなんだ?」
「まあ、旅の最後のお楽しみに」
そこで、光はどこか楽しそうに言いだす。
この旅の終着点。それはこの旅のゴールのことだろう。
健二は何も知らず、ただただ好奇心に任せて身をゆだねただけだ。なので、このゴールはどこに向かうのか、健二知るべしもない。
予想であれば、太陽系の一番端である、海王星が目的地になるのだろう。
しかし、そんなところまで行って、なにがあるのか。何と出会うのか。気にはなるのでもあった。
そんなことを考えていると、赤い惑星が見えてくる。
太陽よりも、低い赤い色ではあるが、赤いろの惑星がそこにあった。
「次の惑星。火星に到着いたします」
健二はワクワクする。火星とは、どういう星なのか、すごく気になっていたのだから。
しかし、到着するにはすぐにでも、心が折れる。砂嵐が大きく吹き、列車は揺れる。
あまりにも大きな揺れであるためか、地震だと勘違いするほどめまいがする。窓はガタガタと震えだして、割れるんじゃないかと思わせる。体はそれに合わせて震えだす。
外はまるで、人々に怒りで溢れているようにも感じたのだ。
「この星は怒りを任せた人々の魂が迷う場所だ」
光はそういうと、窓の外を眺める。
荒ぶる風に、荒れる大地が広がっているだけだった。
この惑星が怒りを放しているかのようになっていたのだ。
そんな場所にゆらりと、列車は降りる。
「降りてみようよ」
光はそういうと、開く列車の扉を降り立つ。
健二は首をかしげる。なぜならば、あの災厄な環境を自ら首を突っ込んでいくのは、有機がいる行動でもある。だが、過ぎ去ったことを言うのも致し方がないのだ。
なので、健二は光を追うように、この列車から降りる。
大地は列車の中から見たとおり、荒れていた。凸凹あ大地を慎重に踏まないといけない。じゃないと、落ちる可能性もあるのだと、健二は足をゆっくりと前に進ませる。
砂嵐はもう過ぎ去った。しかし、また来るかもしれないと思うと、身構えて、風をよく見る。
本当になにもない土地だ。
こんなところに住める生命体はいないのだろう。
「向こうになにかがある!」
と、光は言い出して、走っていくのだ。
健二もその彼を追う。こんなところに、なにがあるのだ。
しかし、考えるだけでは想像もつかない。なので、健二も光の後を追っていく。
そこで、何かを見た。
それは文明の痕跡とも言っていいものだ。
荒れたビル。荒れた家。荒れた施設が広がっていた。
まるで、ここには住んでいた人類が存在したかのようなものでもあったのだ。
「行ってみようぜ」
光はそういうと、とある家の前にたどり着く。
何か家の中で動いているものを見つける。
健二は声をかけるのに躊躇するが、光は迷うことなく、扉をノックする。
「ごめんください」
声が家の中まで響く。
健二は光の行動を止めようと思った。もしかすると、その家から出てくる生き物にとらわれてしまうのではないかと思う。
しかし、それは杞憂に終わる。
出てきたのは、一人の老婆だ。痩せ細い老婆。
何も危害を加えるようなしぐさはなく、ただただ、こちらを見つめる老婆だ。
「あんたら、生身の人間かい?」
ふいと、老婆はそういうと、健二は顔をうなずかせる。
その質問に何の意味があるのかは、わからない。
そこで、健二は老婆を観察する。古びたまふらに古いスカート。ぼろぼろになった、シャツはどこか愛着を感じた。
この老婆は人間でありながら、脚がないのだ。
脚が透けているのだった。まるで、幽霊でもある。
「おばさん、あんたはここに長いか?」
「舐められたものだね。初対面におばさんは」
老婆はふんと、鼻を鳴らす。
どうやら、おばさん呼ばわりは気に入らないのだろう。
でも、嘘をいうにも気が引ける。
そんなことを考えていると、老婆は口を開く。
「まあいい。何を知りたい?」
「ここはどこなんだい? 火星にはちょっと荒れている」
「ここは怒りに任せた魂が集う場所だよ」
「怒り?」
光はそう繰り返すと、老婆はうなずく。
そして、老婆の長い話が始まった。
ここは、かつては人間が住んでいた。地球で死んだ人間が、列車に運ばれて、ここにやってくる。魂だけの人間は新たな世界を作るために文明を作り上げた。
ところが、ここに集められた人は、感情の欠落が起きている。どこかいつも怒っているのだ。
なにをしても、癒えない怒り。
なにをやっても、むかつく。
なにをされても、収まらない感情。
それが爆発的になり、人類は怒に身を任せて、互いを傷つけた。
小規模な戦争がこの惑星中に起きる。結果、人類は滅びた。
人類の怒は大地や気候まで伝わる。そのせいで、ここは荒れた台風や荒れた大地になる。
怒を収まることがない台風と凸凹な大地が発生したのだ。
「そんなことで文明は滅ぶの? 怒りで?」
「ふん、私の言葉を信じなければ、あの川のほうにいけばいいさ。自分の目で確かめればいい」
老婆はそういうと、扉を閉めるのだった。
どうやら、この惑星にはなにかありそうだ。
老婆の言葉をすべて信じていないけど、あの街の向こうにある川を見に行くのもありかもしれない。
健二はそう思うと、街の向こう側を目指す。
街のようすは荒れていたのだ。
どこか、破壊された痕跡。どうも、人力で起きた破壊があった。
老婆の話が事実だと、震撼する。
やがて、荒れた街を出ると、川に到着する。
その川には異常なことが起きているのを目のあたりする。
それは、大量な人が殴り合いをしていたのだ。
誰も構わずに暴力をふるっていた。その川にいるのは少年、少女、大人、年寄。年齢はばらばらで、だれにも構わずに殴り合いをしていたのだ。
何に対して、怒りを抱いているのか。
何に対して、暴力を振るわなければいけないのか。
誰も答えない。答えることなく、ただ暴力だけが、広がっていた。
万人による万人の争いが眼の前に広がっていた。
川沼の闘争に目を細める。あまりにも、残酷と感情の爆発に耐えられないのだ。
「地獄だな、ここは」
「ああ。そうだな」
光は健二に同意する。
ここから、離れよう。もしかすると、巻き添えを食らうかもしれない。
そう思った健二は、列車に戻る。
この荒れた大地、荒れた砂嵐は、人災が起こしたものだと、痛感する。
やはり、この先は一切の希望を持つべきではないのだろう。
「まもなく、出発します」
車掌の声が列車に響く。二人は席につき、いつでもこの星から脱出できるようにする。
銀河鉄道はこの火星を飛び立つ。砂嵐を飛び越えて、大気圏を超える。またも、闇の空間、宇宙に放り込まれたのだ。
この先の惑星が、なんだか、虚しく感じた。
なにせ、一切の希望を持つことは許されないのだからだ。
「そんな気にするな。この先、きっといいことあるさ」
「本当に?」
「まあ、旅の最後のお楽しみだ」
光は相変わらず、意味もわからないことを言う。
健二はただただ、その彼が楽しむ様子を眺めることしかできない。
この銀河鉄道はどこまで旅をするのか、最終目的はどこになるのか、知り得ないのだ。
地球が恋しく感じる。あの朝練で汗水を垂らす剣道の練習も、悪くない気がする。
本当に好奇心だけに乗ってしまった列車には、ほんの僅かに後悔していしまった。
次の惑星が、なにもなくいい感じの星になってほしいのだ。
「次は、木星。木星。欲望の魂が囚われている場所です」
車掌の声が社内に響く。
次もろくでもない星になるのか、と健二はどこかため息を吐き出す。
そこで、科学授業の木星の特徴を思い出す。
太陽系で一番巨大の惑星でもあり、直径は地球より11倍もあり、体積は1300倍もある。そして、多数の衛星があるのだ。確か、役90個以上もあるとのこと。
そんな巨大な星に罪人が住み着いているのだろう。
やがて、列車はすんなんりと木星に到着する。
健二たちはこの惑星を探索することにするのだ。
「ガスだ。気をつけろ」
光の忠告に従う、健二。
この惑星は至るところにガスが発生している。生々ましい毒ガスは吸ってはいけないと理性がそう語り告げる。
なので、その毒ガスを避けながらも、歩いていく。
数歩を歩いていると、雨が降ってくる。冷たい雨はどこか酸っぱい味がする。酸味がある雨だ。
それは体に悪いのだと、直感が語ってくる。
「見ろ、そこに人の魂がある」
光はとある場所に指をさす。そこにはうー、あー、と唸り声が発せられていた。
その穴をよく見ると、そこには大量な人がなにかに囚われている。巨大の穴に巨大な重力が押しつぶされているのだ。
その穴に近づけば、近づくほど、体の制御がきかなくなる。あまりにも巨大な重力に、目眩がするのだった。
「気をつけろ! ケルベロスだ」
はっと、なる。
その巨大の穴に巨大な三頭を持つ犬がいた。犬は魂を食い散らかしていた。沼の中で腐敗していく魂を見て、健二はこの星を長居する気は起きなかったのだ。生々しい砕く声が耳に響く。
ケルベロスは飽きることなく、人の魂を噛みついていた。かみつけられた人は腐敗していき、懇願するのだった。
……一体、彼らはいつになったら救えるのだろうか。
彼らに救いが起きるのだろうか。健二は気になるが、きっと救いはやってこないのだろう。イエスの奇跡がない限り、その魂は砕け続けられ、腐敗し続けるのだろう。
息が詰まるような匂いに、健二は後退する。
このままいると、自分も腐敗してしまうのだ。
そう思うと、健二は光に帰る合図を送る。
「帰ろう。ここは、俺達が来るべき場所ではない」
「そうだな、ここは満たされない欲望が収集される場所だ。俺達は来るべき場所ではない」
そう思うと、雨に当てながらも、列車に戻る。
列車に乗ると、どっと疲れた。やはり、雨にあたり、腐敗の匂いを嗅いでいるせいなのかもしれない。
なにせ、その匂いはあまりにも強く、鼻が腐るんではないかと思うくらい、臭かったのだ。
しかし、この2つの惑星を渡ってきたが、月以外は全部地獄のようなところだ。
あまりにもいい印象はないのだ。どうも、一切の希望を捨てなければ、生きていくことはできない。希望を持つことは罪なのだと、思い知らされる。
「そんな、暗い顔するな。きっと、終点にはいいことがあるはずさ」
「終点って?」
「それは、見てのお楽しみだ」
ウインクする光に健二は小首をかしげるしかできないのだった。
一体、この旅の終着点はどこなのだろうか。宇宙地獄めくりに、希望を持つことは許されるのか。
そんなことをぐるぐると考え出す、健二であった。
しかし、そんな事を考えても、何も始まらない。健二はこの旅の最後を見届けることを決意するのだった。
やがて、列車は動き出す。
上昇していく、大気圏を超えていく。
次は、きっともっといいところにいくのだろう。ちょっとした期待を抱き、健二は列車に揺られるのだった。
再び宇宙に放り込まれる。しかし、次の行き先はわからない。
遠い惑星にらしい。
「健二、ババ抜きしようぜ」
「ババ抜き?」
健二はそんなことできるの? と疑問を思っていると、光は鞄の中からトランプを取り出す。それは、市販で見かけるカードでもあったのだ。どうして、光はそんなものを手にしているのか、気にはなる。
が、今はそんな事を考えずに、気持ちを保ちたいため、光の提案を飲むのだった。
光はカードを配る、健二はそのカードを受け取ると、カードをペアに組むと捨てるようにする。
ババ抜きのゲームを始めるのだった。二人は、ブラフをかけながらも、このゲームを楽しむのだった。
二人は笑い合いながらもババ抜きを遊ぶ。勝ったり負けたりする。高校生が修学旅行をするような流れで、楽しんだのだ。
銀河を旅するのも悪くないと、健二はそう考える。
「次は土星。土星。裏切りものの場所」
車掌さんのアナウンスを耳にすると、窓外を眺める。
そこは美しい環 の惑星があった。土星の最も際立った特徴は、何万もの細い環の集合体である巨大で複雑な環システムです。これらの環は、主に水の氷の小さな粒子で形成されていた場所だ。
確か密度は低く、水より低い場所だ。科学者が興味を湧く惑星でもあるのだ。
列車はその環をくぐり抜けて、惑星の地面にやってくる。
ガスが多いが、木星ほどでもない。しかし、冷たい空気が繰り広がる。
……寒い。ここは決定的に寒いのだ。
扉が開く。寒い冷気が吹き注ぐ。
凍えるような場所であり、うまく景色が見えないのだ。
「行ってみよう」
光はそう言いながらも、列車に降りていく。
健二もその列車を降りて、前を進む光を追いかける。毛が逆立つ。あまりにも寒さに、体が膠着する。吹雪が、降り注ぐ。景色があまり見えないのだ。
でも、光は足を止めることはない。前へと進んでいく。
そして、大きな広場に到着するのだった。そこで、健二は声を失う。
それは結晶体になった人がいた。人の魂が氷漬けられている。
なぜ、こんな大量な人が氷の結晶に浸っているのだろうか。
疑問を抱いていると、光は何かを見つける。
「見ろよ。天使だ」
そういうと、1つの大きな結晶を見せる。
それは、人より何倍も大きな男性がいた。その男性の表情は美しく、どこかのファッション雑誌に載ってもおかしくない美貌な表情だ。そんな美貌がもつ巨大な男は氷漬けられていた。よく見ると、彼の背中には黒い羽が生えていた。
これは天使なのか、悪魔なのか、健二は考えを巡らせる。
「これはルシファーだ。堕天使のルシファーだよ。神を裏切ったせいで、ここに氷漬けられているのだ」
光はそう解説するとなんとなく納得する。ここは、裏切りものの星。
車掌が放った通りにここは裏切り者が氷漬けられているところ。あまり、いい場所ではない。まさか、堕天使が氷漬けられているのを目の当たりにするなんて、よくもわるくも気色悪い場所でもある。
氷漬けられているものは、生きているのか、あるいは死んでいるのか。
最悪な答えは、魂は永遠この氷の中に封印されることだった。
生きているけど、死んでいる。そう解釈できるところに、なっていては、最悪な場所でもある。でも、裏切り者に相応しい場所でもあると。裏切り者は最後には深い孤独に落ちる。それは、この氷の湖を永遠に封印されるのだろう。
友情、愛情を裏切ったものが封印される場所でもあった。
「ここに用はない。行こう、光」
「そうだな」
健二は光を誘い出して、この場から去る。
この最果ての場所にはなにもない。ただ、封印されている堕天使がいるだけ。裏切り者が封印されているだけだ。
そう思うと、二人は列車に戻る。次の星を旅に出る。
ここからの先は、どこになるのか、気になる健二だった。
これからもっとひどい地獄を巡るのか、あるいは、一切の希望を捨てなければいけないのか。
もう何が起きてもおかしくはない場所でもあるのだ。
その考えている仕草が顔に出たのか、光は健二を安心させるように声を上げる。
「次は、天国だな。終点でもあるんだ」
「え? なんでわかるの?」
「俺は何でも知っているんだよ」
光は口笛を吹きながらも、列車の行方を楽しむ。
健二はため息を吐き出す。この光は能天気でいいな。地獄を3つも巡ったのに、何も動じず、ただただ、その環境に楽しんでいるのだからだ。
自分はまだ、この旅に慣れていない。今も、不安だと思う。
……そういえば、光のことはあまり知らないのだ。
と、健二はそう思った。
健二と光の関係は単なるクラスメイトだけであり、同じ朝練の部活があるという接点しかない。健二は光のことをよく知らないのだ。健二は光と話すことはなく、ただただ、窓を覗けば、光が一生懸命に野球の練習しているのを見るだけだった。
あまりにも素朴の関係でもある。しかし、この旅で彼のユーモアさわかってくる。
意外に話しやすいやつで、助かった。
もしも、話しにくいやつだったら、こんな旅はつまらなくなるのだろう。
こんな理由のわからない旅に懸念しかない。どうして、各惑星に罪人が住み着いているのか。どうして、自分たちはこの旅をしているのか。好奇心で乗った列車がまさかの地獄めくりだとは予想をはるかに上だった。
それにしても、行き先が眩しい。次の惑星はどんな惑星なのか。何と出会うのか、気になる健二だった。
そんなことを思うと、列車は光の向こう側に走っていく。
輝く光は惑星と思わずに、目を細める。それは、旅の終着点にも相応しい場所でもあったのだ。
「次は海王星。浄化した魂が行く付く場所」
……浄化した魂。つまり、ピュアな魂しかたどり着けない場所なのだろうか。
そんなことを思うと、列車は白い、惑星に到着する。
それは真っ白な光に覆われた場所でもあった。
列車から降りると、そこには大量な人がいた。
みんな、真っ白な服装を着用し、どこかまっすぐに歩いていく。どこか果てしない場所を目指すようになっている。
まるで、決まったのかのように、その道を進んでいく人々だった。
「みんな、どこに行くのあ?」
健二はそう思いながらも、みんなが歩く道を追う。
白い服装を身についている人はとある場所を目指す。目をよくこじらせて見ると、そこは大きな白い階段があった。それは、どうも神々しい場所で、純粋な心しか目指せない場所だとわかる。
健二は前に進むが、なぜか、その場所にたどり着くことは出来ない。
「そこは魂しか通れないだ。健二」
光はそういうと、前へと進むのだった。
人の群れにまぎれて、前へと進む光がなんだか怖くなった。
まるで、彼は自分を捨てて、あの光の階段に向かっていくようでもあったのだ。
だから、彼を止めないといけない、と直感が健二にそう告げるのだ。
健二は光を追う。彼が前へ進まないようにする。
けれど、どうやっても、健二は光の歩く速度に追いつけない。
……おかしい。自分は走っているのに、光は歩いているのに、どうやっても間に合わない。
そんな不思議な現象が起きて、健二はますます震撼した。
このままだと、光はこの階段にたどり着き、もう地球に戻ってこないじゃないか、と思ったのだ。
「光!」
健二はそう叫び出すが、光はこっちを見向きもしない。
まずい、彼がどんどん遠くなっていく。人群の中健二は追い越そうとする。でも、光は離れていき、戻ってこられないのだ。
「光!」
最後の肺から絞り出した叫び。
そこで、やっと光はこちらに顔を向ける。そして、彼は人差し指を差して、上に向ける。
それは、この階段の先に指を示していたのだ。
「俺は、その先にいかなくちゃいけないだ。だから、お前は地球に戻らないといけないだ」
「なんでだよ?!」
健二は悲痛を叫ぶ。でも、光は何も答えない。
ただただ、笑みを浮かべているだけだった。
……本当に、お前という調子者は。一体何なんだ。
一緒に旅を出て、勝手に降りて、勝手に消えていく。
なんでだ。こんなに楽しい時間はどうして、こんなに儚いのだろうか。
健二は涙を流して、走り出す。
「大丈夫だ。健二。俺とお前の絆は永遠だ」
光はそう言い出すと、健二の眼の前の景色が光に包まれていく。
そう、光が全体的に健二を覆うのだ。健二は逃げることなく、その光に呑まれこまれる。
健二は色々と思考を巡らせる。光は……どうなったのか。
あの星、海王星はどういう星なのか。
そして、旅の終着点になにがあるのか。
健二は色々と思考を巡らせるが、何も答えが出ないままだった。
やがて、完全に光に飲まれていく健二。
う、と眩しい光に包まれて数分後。健二ははっとなり、起き上がる。
眼の前に広がったのは、見知った場所だ。
駅のホーム。北千住駅だ。
「夢?」
健二はぽつりと、そう呟く。
自分が惑星を旅をしたことは夢オチなのだろうか。
いろんな惑星を健二としたのは、夢でしかなく、現実ではないのだろうか。さっきまで見た惑星の旅は白昼夢なのだろうか。
「ん?」
健二はポケットから何かが出てくる。
餅だ。あの月で光と一緒に作った餅がポケットの中に入っていた。
あまりにも温かい。それは、作りたてのものでもある。まさか、夢で見た餅が現実にあるとは思わなかったのだ。
「列車が参ります。電車がまいります。 ... 黄色の線の後ろへお下がりください」
ホームのアナウスではっとする。よく時計を見ると、午前5時過ぎだった。
どうやら、数秒間の間意識を失っていたのか。
なら、旅をした記憶はなんなんだろうか。光といっしょに太陽系の果てを目指したのは単なる夢なのか?
そう思うと、健二はため息を吐き出し、いつもの列車に乗るのだった。
しかし、学校につくと、異変に気づく。
健二は訃報を受け取る。それは、光という生徒は交通事故で命を落としてしまったのだ。
じゃあ、一緒に旅をした光は、魂しかなく、肉体は残らなかったのか。
健二は空に向けて、顔を上げる。
そこで、健二の最後の言葉が脳裏を浮かぶ。
……俺とお前の絆は永遠なんだ。と。
はじめまして。
ウイング神風です。
始めて小説家になろうに投稿してみました。
作品が気に入ってもらえれば幸いです。
私自身、哲学が大好きな変態紳士なので、異論は認めます。
人々に楽しさを与えるような作品を執筆したいと思っていますので、
ごゆっくり精読していってください。