性悪幼馴染のギャップにはついていけません!
お久しぶりです。久々に溺愛(?)を書きました。
楽しんで頂けたら幸いです!
今日の夜会の舞台である王城に到着し馬車から降り宮殿内のホールへ向かおうとして、じと足元を見る。さらさらと肩からこぼれたプラチナブロンドの軽い巻き髪越しに見て、少しスカートを上げると丁度よい長さ。
今日はしっかり踊るつもりもあったので、低めの3cmを履いてきてきたのだが、7cmヒールの高い靴に合わせたドレスサイズなので、やはり少し引きずっている。
「ドレスチョイス間違えたわね……」
でも今日の夜会のドレスコードは青。青のドレスの中だとこれが着たかったのだ。長さ直しする時間まではなかった。
その時入り口からの明かりがふと遮られた。ぱっと顔を上げると、ホールの中から漏れる明かりに照らされて美しく艶めく黒髪に、恐ろしく整っていてかつ非常に美しく男らしいブルーグレイの瞳の男がこちらを見ていた。きっと誰もが頬を染めるであろう姿。
目が合うと、フッと通り過ぎざま笑う。
「——」
むかつく!! 非常に腹立つ!!
あの人を小馬鹿にする表情。整っているから余計に腹が立つ。伯爵令嬢、シンシア・ハーストは扉の奥へ向かう後ろ姿を、貴族らしく笑みを称えながらじっと見つめて内心で怒り心頭していた。しかしこんな事で苛ついていても仕方ない。怒りを押し殺して収め、その後ろを遅れて追い彼女も会場中へと向かう。
——夜会の会場へ入ると、再び先程鼻で笑ってきたムカつく男がシンシアの元へやってくる。
「ドレスはどうした」
足元を見てクイッと顎で示す。この男は公爵家嫡男、アルベルト・ルクセンブルク。直しても丈が長すぎたか? と涼しい顔で挑発してくる。
「ヒールがいつもより低いだけよ」
「低身長は大変だな」
カチンとくるが、ここは我慢、と思うも次の言葉。
「そんなチビだと貰い手も困るだろうな。そうだ、まあ相手もいないんだったな」
アルベルトの言葉にむっとする。確かに157cmと少し小さい方だが、それはアルベルトと並ぶと頭2つ分弱違うため際立ってしまってるだけで、すごく低いというわけでもない。
「いいじゃない。小柄な女性が好きな人だっているわよ」
フンと、シンシアが顔を背ける。この男、今一番気にしている事を言ってくれるな。
「まあ貰い手に困ったとしても、俺も慈善家じゃないからな」
「は?」
じろりと睨むと、そんな顔してると男が寄り付かないぞと去り際にフンと笑い嫌味を言ってくるアルベルト。誰ももらってくれなんて頼んでないが何だその言い方は。周りにはクールで紳士ぶってるくせに、シンシアの前だけこんな嫌味な態度を取る。この男に黄色い声を上げている奴らに本性を晒してやりたい。とんだ猫かぶりだと。
ボーイからウエルカムドリンクを受け取り、知り合いを見つけるまでと壁沿いへ向かい歩いていると、また前を遮られる。
「最近は少なくなったと思ってたけど、まだ厚かましくもアルベルト様の周りについて回ってるなんて」
一難去ってまた一難。厄介な男が去ったと思えばこれだ。
扇子を持ちながら腕組みをし立ちはだかったのは、薄紅色の縦ロールの髪の同じ伯爵家のご令嬢、グウェン嬢だ。
「アルベルト様の迷惑になる事はやめになさってくれる?」
あまりにも完全な風評被害である。あの男が夜会やパーティーには何故かいつもひっついてくるので、シンシアがつきまとってるという噂が広まってしまった。だが実際はアルベルトが逆にシンシアに付け回しているというのに。
「口の聞き方もなってなく親しげに話しちゃって。まさかアルベルト様と一緒になれると思ってるの? おこがましい。未練がましくまだ相手も作らないなんて」
「皆様が憂うような事は考えておりませんのでご安心ください」
「はっ、どうだかね」
眉を顰め、扇子で口元を隠しながらフンッと立ち去るクヴェン嬢。「なら今後アルベルト様に近づかない事ね」と最後に捨て言葉を吐いて去っていった。シンシアは呆れるように小さく息を吐く。
長身、イケメン、公爵家長子といった三拍子を兼ね揃えた彼は社交界のどこに行っても注目の的で、シンシアはそんな彼の幼馴染だった。
こちらの身分が伯爵家であり格下ではあるが、互いの母が親友である事から家同士交流があり幼馴染。なので幼い頃からよく一緒に過ごしていた仲だが、向こうからやたらと弄ってきたり意地悪だったり、面倒に感じていた。それに踏まえて成長すればするほど正直言って幼馴染だからと一緒にいるとやっかみを食らって大変だった。しかも当の本人はそんな事知ってか知らずか、さしてこちらの事を好きでもないだろうに付きまとうようにいちいちちょっかいを出してくる。人が多い夜会では特に関わりを持ちたくないのだが。ただ、何だかんだで休みの日はお茶をしたり街へ出たりと、共に過ごすことも今でもしばしばある。領地も近く親に仲良くするよう言われてるのもある。更に首都の家はより近い。暇つぶしに来るのだあの男は。
ただ記憶の中では、好物で取っていたショートケーキのいちごを食べられたり、外で花冠を作って遊んでたら泥団子を投げつけられたり、プレゼントと称して虫を渡されたり、とにかくいたずらばかりで幼い頃からろくな覚えがない。それでも一緒にいるのは、いや、いてやるのはいわゆる幼馴染の腐れ縁だ。
またこうもやっかみを受ける原因の大きな一つがシンシアにまだ婚約者がいない事だ。逆に婚約者の一人でもいればまだここまで令嬢たちに目の敵にされることはないだろう。
16歳でデビュタントをしてから18歳の今まで一切恋人の一人もおろか、婚約者すらいないのは異例である。デビュタント前の幼少期から婚約者を立てるのも珍しくない中、世間体を考えても婚約者くらいはそろそろ立てたいところだ。しかし、これまで一切縁談話が上がらなかったのも不思議だ。アルベルトの言う通り、自分に魅力がなく話が流れてこないのならそれはそれで悲しい。いやでもシンシアだって、社交界の華と言われるアースキン侯爵家のリオナ嬢に比べれば見劣りするものの、柔らかな美人の母に似てぱっちり二重で目鼻立ち整った姿と艷やかなプラチナブロンドは、それなりに男性に意識をされている方だと思っている。
そんな事を考えていると、そんなリオナ嬢と他の女性に囲まれながらもアルベルトが話している姿が見えた。いつもは片側だけだが、今日はしっかりとセットしかき上げた黒髪にきりりとした眉、くっきりした二重とはっきりとした男らしくも美しい顔立ちのアルベルトに、緩くウェーブを巻いた輝くブロンドに長いまつげ、美しく弧を描く唇に見る人を引きつけるような魅力的なイエローの瞳のリオナ嬢。麗しい容姿もお似合いで、家柄で言っても釣り合いの取れたお似合いの二人だ。そう言えば二人ともまだシンシアと同じくして珍しく婚約者はいない。まあシンシアと違い、身分の高い二人は焦って決めることはないのだろうが、きっとアルベルトはアースキン家と婚約を結ぶのだろう。順当だ。
踊る気満々で来ていても、誘われなければ仕方ない。もしかしたら今日も踊るチャンスはないかも。シャンパンを喉に流しながら、早く友人達がこないかしらと会場全体を見回していた時だった。
「素敵なレディー」
ふと声をかけられて振り返る。その先にはグレージュの髪と同じ色の瞳を持つ柔らかい印象の男性が手を差し伸べていた。
「一曲お相手頂く光栄をいただけますか?」
夜会で何度か見かけた覚えがある。彼は侯爵家の長子、アンリ・シュナイダーだ。持っていたグラスをボーイに渡し、彼の手を取る。断る理由などない。丁度曲が変わったタイミングで二人はホールの中心へと向かう。その姿を横目でじっと見つめるアルベルトに気づかないまま。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「誘ってくださりありがとうございます。シュナイダー卿」
「アンリでいいですよ。シンシア嬢」
にこりと微笑むアンリのリードを受けながらステップを踏む。アルベルトほどではないが、この甘く柔らかい笑顔にときめく女性は少なくないだろう。
シュナイダー侯爵家は歴代王家に仕える優秀な宰相を多く輩出してきた筆頭臣下である。社交界での位置づけも高く、今結婚相手候補では上位に食い込んでいるような人だ。そう言えば最近妹がデビュタントを行い社交界デビューを果たしていた。
「アンリ様は妹さんがいらっしゃいますよね?」
「ええ。ご存知でしたか」
「この間サマセット家のお茶会で丁度お会いしてお話しまして。可愛らしい妹さんですね」
社交界デビューしたばかりで遠慮がちでまだ初々しさが残り、緊張していたところにシンシアが声をかけたのだ。
「ありがとうございます。妹には母も父も弱くて。妹がシンシア嬢の事をすごく褒めていました。綺麗で素敵な上に自分を気遣ってくれて、とても優しくて素敵で本当に女神みたいだって」
「そんな、大袈裟ですよ。そんなに大層なことはしていません」
「いいえ、元々シンシア嬢のファンだったので、より敬愛の念が増したようです」
「ファンだなんて……」
「よかったら今度うちに遊びに来ませんか? ご招待します」
「——えっ」
その言葉の驚きで、思わず少し長かったスカートを踏んでしまい体制を崩しかける——その瞬間、ふわっと体が持ち上がった。慌てて彼の肩を掴むと、彼は曲に合わせて彼女をくるくるっと回し地上に下ろしてくれた。その美しさにダンスだと思って見ていた周りもおおっと歓声を上げる。
「上手いもんでしょう?」
いたずらっぽくにこりと笑うその姿に思わず心ときめく。アンリも大概顔がいい。並の女性はころっといってしまう。危ない。
「——ありがとうございます。是非ご招待頂けたら嬉しいです」
「こちらこそありがとうございます。妹も喜びます」
やわらかくて優しく紳士的なアンリ。ダンスを終え二人で礼をすると、シンシアの友人達が会場で集まっていたため、そこまでエスコートしてくれて別れた。ではまた近々、お会いしましょうとにっこりとした笑みを浮かべてアンリが去っていったあと、友人達から矢継ぎ早に質問攻めの嵐にあったのは言うまでもなかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
これまで浮いた話一つなかった人生だが、今回はいい方向に進みそうな気がする。この間の夜会でのアンリとの出来事に、もしかしてアンリは自分に気があり、良いと思ってくれているのではないかと思った。シンシアも、彼となら素敵な関係を築けていけるのではないかという想いもあった。淡い期待を胸に、あの夜会後シンシアはシュナイダー侯爵家からの招待の手紙を楽しみに待っていた。それなのに——
「ルクセンブルク公爵家からシアに求婚状届いたわよ〜!」
「は?……——」
意気揚々と高らかに、うふふと笑いながらシンシアの元へやってきた母。手にはルクセンブルク公爵家の印のある封筒。
「もうシアったら言ってくれればよかったのに」
嬉しそうに娘にその封筒を渡す。お父さんにも早く伝えてこなくちゃと執事に指示を出す。その知らせに家中パニックだ。使用人達も浮足立っている。
その中一人シンシアは手元にある封筒を見つめる。
「なんの悪い冗談?」
母は、嬉しい家族になれるなんて! ずっと思ってたのよ、お似合いね〜なんて喜んでいるが、こっちは青天の霹靂。あいつが婚約者になるなんて想像もした事がなかった。またたちの悪い悪戯に決まってる。いや、今回ばかりは悪戯では済まされない。もはや酷い嫌がらせだ。このままでは本当に婚約が締結されてしまう。
ただこちらは伯爵家で向こうは公爵家。こちらからの拒否権はない。と言う事は向こうから取り下げてもらわなくては婚約を拒む方法はないのだ。
「……ちょっとルクセンブルク家に行ってくる」
「やだ、素敵な時間を過ごしてらっしゃい!」
逢瀬じゃない、抗議だ。
勘違いする母を尻目に、シンシアは一人公爵邸へ向かった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
公爵家につくと、すぐに応接間に通された。そこには腕を組んだアルベルトが既に待ち構えていた。人払いさせたようで、他には誰もいなかった。
「ちょっと、どういうつもり?」
顔を合わせた早々にシンシアはアルベルトに詰め寄る。
「求婚状なんて、流石に冗談がすぎると思うんだけど」
「本気だけど?」
至極真っ当な顔でシンシアを見つめるアルベルト。その姿に思わずこちらが困惑してしまう。
「な……なん……」
「婚約者がいないと困っていただろう? 俺がもらってやるって言ってるんだ。ありがたく思え」
はっ、とシンシアは思わず笑ってしまう。
「あり得ないでしょ。私と貴方だなんて。第一私達がそんな関係になれると思う?」
「なんでだよ。間違いなく互いをよく知ってるのは俺達だろう」
確かにそうだ。嫌なところも良いところも全部知っている。実はアルベルトは男気があって努力家だ。社交界ではクールな涼しい顔してなんでもできるような姿をしているが、それはそれ相応の努力が裏にあるからだとシンシアは知っている。厳しい公爵家の教育ももちろんのこと、剣術だってその引けを取らない。また本当に困っていれば全力で助けようとしてくれる。昔避暑地で遊びに行った森でシンシアが迷子になったとき、いち早く気付いて一人で森の奥まで泣いていたシンシアを助けに迎えに来てくれた。……ただそれを上回る嫌な部分が強烈に残っているが。
「公爵家に嫁げるんだ。むしろ光栄に思えよ」
フンッ、と笑う。何だその言い方。これまで身分差もあって仕方なく思うこともあったし、幼馴染の好があっても限度がある。なぜこいつはいつもシンシアにはこんなにも偉そうで上からなのか。
「あのね、私は私を愛して尊重してくれる人がいいの。見下したり蔑ろにするような相手との結婚なんて御免よ」
「俺がお前を見下してるって?」
「それだけじゃなくて逐一ちょっかい出して意地悪するようなのも嫌よ。婚約なんて今更じゃない? 意識するにも遅すぎるでしょ。お互い他の相手を見繕ったほうがいいに決まってる」
まして身分的にも伯爵家であるシンシアがアルベルトと結婚するのは、公爵家側的にもメリットが少なすぎる。そう考えるシンシアにアルベルトが「お互い……」と小さくつぶやいたあと一瞬黙り込んだのが気になった次の瞬間。
「……そんな事言うなよ」
彼の顔を見たシンシアはぎょっとした。一瞬見間違いかと思う。アルベルトがぼろぼろと大粒の涙を流し始めた。
あの男が。巷では完全無欠で男前でかっこいいと社交界随一の結婚相手候補と言われている完璧な男が、みっともなくシンシアの前で泣いている。
「じゃあお前は他の男と結婚するのかよ?! 俺を捨てて他の男のとこに行くのか? こないだ踊った胡散臭いヤローの所にかよ!」
まくし立てるように責め立てるアルベルト。待て待て待て、話が見えない。何故自分が責められなきゃならないのか。ところで胡散臭いヤローって誰だ? もしかしてアンリの事だろうか。と言うか捨てるって? 聞き捨て悪い言葉にシンシアが眉を顰める。拾ってもないが。その言い方は語弊がある。
「ずっと好きだったんだよ! 今更他の男に取られるなんて許さねえ」
「——……え?」
固まるシンシア。今、なんて? 好き? 私を? 貴方が?
にわかには信じられない言葉に言葉が出ない。でも彼は本気らしい。その姿に嘘はないようだ。
「それなのにお前は全然意識しねえし、なんなら疎遠になりそうなくらい離れていくし、気が気じゃなかった」
ボロボロぼろぼろ涙を流す姿に、こっちが可哀想に思えてきてしまう。
「ほんとは夜会だっていつも一緒に入場したかったのをお前が困ると思ってやめてたんだよ! できるなら会場でもずっとくっついて男どもへ牽制したかったんだからな!!」
え、でも入場こそ別だが会場入った瞬間いつもすぐにやって来てたお陰で、私毎回やっかみ受けて大変だったんですけど——
「でも、配慮だったんだ……」
ほぼ意味ない時間差入場。呆れるシンシアだが、アルベルトは涙顔でムッと口を噤んで彼女を見つめる。あと通りで腑に落ちた。毎度毎度馬車到着のタイミングが妙に同じだと思っていた。偶然ではなくあえて狙っていたのか。
「物心ついたときからずっと可愛いと思ってた。5歳の時にハースト家のお茶の場で顔を合わせた時、絶対お嫁さんにするって決めてたんだ!」
「な、な……っ!」
でも待って、物心ついたときからっていつも開口一番「このブス」って言われてた気がするんですけど。え、待って流石にツンデレが過ぎない? てかツンデレ通り越して普通に性悪なんですけど。思ってることの逆のことしか言えない病気なのこの人。思い返せば返すほど、好意の裏返しとは思えない素行が溢れかえる。
「……いや、でもこういうのって双方の意志と別に家柄もあるし……」
「嫌だ! 絶対いやだ! シア以外と結婚なんて考えられない」
「えぇ……?」
もう混乱と困惑しすぎて声が漏れる。しかもだいぶ昔の呼び合っていた愛称まで持ってくるものだから余計に。ここで更にアルベルトは畳み掛けてきた。
「こんなにイケメンでかっこよくて、身分もあって人望もあるのに何が不服なんだよ!」
「え……性格……?」
思わず出てしまった言葉に口を抑えるが遅し、アルベルトはガンとショックを受けたように項垂れる。てか、自分でイケメンとか言うか普通? 事実ではあるがこういう自覚していて自信家であるところも傲慢である。
「でもシアの中で一番身近な男は俺だろ?」
「まあ、そうだけど……」
突然そんなことを言われても困る。そもそも断りに来て、受け入れる体制なんてとってない。たじろぐシンシアは無意識に一歩後ろへ下がるが、アルベルトが一歩距離を詰めてくる。
「嫌なとこは直すから……他の男なんて選ぶな。俺と一緒にいてくれよ。俺が嫌なんて言わないで。嫌いだなんて言わないで。シアの理想になれるように努力するから……頼むから……」
何この人誰?
ぐすぐすと涙を流すあまりの変様っぷりに、告白の返答以前に動揺というか困惑が隠せない。まるで駄々をこねる子供だ。
そんなシンシアに、彼がそっと彼女の手を取って自らの頬に添える。そして頬を擦り付けるように寄せた。滲んだブルーグレイの目で彼女を見つめる。
「お嫁さんになって。お願い。」
お嫁さん、という言葉の破壊力に思わずグッと来た。そしてただでさえ整った顔だ。その男の懇願顔には揺れてしまう。言ってる事は無茶苦茶だけど。
ただまあ本当に顔だけはいいなと思う。世間の女子たちが騒ぐのも無理はない。幼馴染であるシンシアでさえそれは思う。
「俺を選ぶだろ? これからもずっと一緒にいるよな?」
ゔっと声が詰まる。これで断れる人がいるだろうか。これで断ったら、自分が世紀の大悪女や大罪を犯したように感じる。まるで自分がいじめているようではないか。本当にこっちが彼を捨てているような気持ちになってくる。
ぽろぽろとまだ涙を流すアルベルトに庇護欲が生まれるのは確か。そもそも公爵家が取り下げてくれないと結局婚約せざるを得ないのだ。
「——シア」
普段はクールでかっこいいと言われているいい年した男が、目を腫らして迷子のような瞳でシンシアに縋る。そんな時でも絵になるようなご尊顔。ただ念の為言うが、顔に絆されたわけではない。絶対に。
「……しょうがないわね。わかった。しましょう、婚約」
「シア……!っ——」
呆れて息をつくようにその返事をしたのもつかの間、ガバッとアルベルトに抱きつかれる。甘い笑顔でもう離さないと言うようにきつく抱き締められて一瞬シンシアは息ができなくなる。
「早く結婚しよう。子供は何人がいいかな、領地の方の屋敷も改築して……これからもずっと、離さないからな——」
……もしかして、早まった?——
うっかりこのギャップのひどい長年の想いを溜めに溜め込んでいる幼馴染を受け入れてしまったせいで彼女が今後面倒でずっと苦労し続ける事になるのは、また別のお話。
END
箍が外れるとよわよわシンシア大好きマンになっちゃうアルベルト。普段は逆にそれが漏れないように引き締めすぎてツンが度を越してしまう幼馴染だったのでした。
何より今までシンシアに縁談の話が入らなかったのも公爵家からの手回しだし、今回夜会で彼女がアンリに誘われ踊った事で取られると思ったアルベルトが、余裕をなくして強引に進めた結果だったりする。エグい独占欲。