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再試験、スタート

…………そして、黒霧先輩の行動に戸惑っている間にも時計の針は進んで、再試験の時間がやって来た。


今回の再試験の内容は、「参加者同士でパーティを組んで、ダンジョン内の規定階層の到達を目指す」というもので、

合格条件は二つのうちのどちらかを満たすことだ。


・五階層の規定の場所まで到達すること。


・三階層以降、所属パーティにおいて規定討伐数の魔物を討伐すること。


このどちらかの条件を満たせば、留年を回避できる。

もちろん、再試験を落とされてしまう条件もあって、


・身動き出来ないような怪我を負った時点で、失格となる。


・探索者の資質に著しく欠くものは、失格となる。


という感じになってる。


正直、一年間きちんと訓練を積んで、ダンジョン内の魔物の傾向と対策を頭の中に入れておけば、

それほど難しい条件じゃない(というか、楽勝な条件だと思う、五階層まではきちんとした対策方法を学園での座学の授業で教えられているし)。

とりあえず行動不能にならずに、自分勝手な行動をしなければ、留年は回避できるはずだった。


ちなみに、ダンジョン探索時のパーティの基本は六人構成、前衛三人、中衛二人、後衛一人の構成なんだけど……、

必ずしも六人、毎回揃うわけじゃない。


再試験の参加者は十七人、ひとつの班だけ人数が足りないことになって、僕らのパーティは五人構成になってしまった。


それ自体は構わない、普段、単独ソロで探索しているため、それに比べればずっとずっと安定性が高まるのは間違いないから。


さらに今回は、各パーティに一人ずつ「引率者」がついて、

もし参加者の命が危なかったり、危険性が高かったりした場合には、

引率者が介入してパーティをフォローすることになっている(もちろん、引率者が介入したときは、それなりに評価がマイナスになると思うけど)


そして……僕らのパーティの引率者は、七瀬さんだった。


それが嬉しくもあり、緊張する要素でもあり……ただ、それなりに距離を置いてついて来る形になると思うから、

七瀬さんと会話する機会は、恐らくないと思う。


ただ……問題点というか、心配なことがひとつある。

それは……今回、パーティに苦手な相手がいるということだ。


中学からの同級生で、鹿鳴館でも同じクラスの山下君……。


なんというか、彼については「中学のスクールカーストのトップ」という言葉がぴったりな人間だ。


悪ふざけが好きで、他人を気にすることなく、自分勝手な行動を取る……、

そして、そんな彼の特徴は鹿鳴館に進学しても変わらなかった。

(その辺りでこうして再試験に参加してるんだと思う)。


それ以外のメンバーは、友達が少ない僕は、人と為りまでは知らないけれど……、

槍がメイン武器の石川君(同じ学年の男子)、ボウガンがメイン武器の夏川さん(同じ学年の女子)、

そして……希少な「スキル」持ちの山吹さん(同じ学年の女子)の五人だ。

全員、悪い噂は聞いたことが無い。


ただ、山下君以外のメンバーとは話したことがある訳じゃなくて、

さっき、探索前に軽くミーティングした時に話したのが初めてだった。


だけど、山下君以外は感じがいい人ばっかりだったから、

彼のことだけを注意していれば、探索に問題はないと思う。


そんなことを考えていると……二番手のパーティが出発していた。

僕たちは三番手に出発することになっているから、もう少し時間に余裕がある。


なので、ここで、スキルについて頭の中で再確認しておくことにした。


スキルは、文字通り「特殊な技術・技能」のことを指し示す。


発現する条件や、どんなメカニズムで使用できるようになったかは、まだ解明されていない、

ただ……探索者の中にはゲームやアニメで出てくるような「スキル」を所有・使用できる人がいる。


スキルは些細なものから強力なものまで幅広く存在していて……、

大抵が「攻撃系スキル」に特化されている。


動きを速めたり、耐久力を上げたりする補助系スキルも所有している人はいるけど、

そういう人は、本当に稀だったりする。


山吹さんのスキルも攻撃系スキルの「火炎」らしい(さっき、出発前に軽くミーティングした時に遠距離から火炎を放てることは聞いた)。

とは言っても低階層の魔物をそれだけで打倒できる程じゃないらしいけど、

それでも古今東西、魔物は「火」が苦手なのは共通していて、牽制程度には十分すぎるほどに効果を発揮する。


そして何より……そこまで強力なスキルじゃなくても、漫画やアニメに出てくるような能力を使えるだけで、正直かなり羨ましい。


……再試験前に考えておかなければならないことは、こんなところだろう。


【山下】

「よぉ、久遠……久しぶりじゃん」


そして、時間に余裕があって、手持無沙汰なのか……ニヤニヤと笑いながら、山下君は僕に話しかけてきた。


なんというか、その表情からはあまりいいモノを感じない……というか、確実に僕のことを見下していたりするのが、はっきり伝わってくる。


【山下】

「久遠と同じ班でラッキーだぜ、最後の一撃ラストアタックは、全部オレにやらせろよ、いいな?」


ニヤニヤしながら僕に近付いて、自分勝手なことを口にした。


もう一人前衛の石川君がいるから、そう上手くは行かないと思うし、最後の一撃ラストアタックを譲ったりするのは、

非効率で危険を伴うわけだし、再試験の条件は、「パーティ全体の討伐数」で、「個人の討伐数」はあまり関係ないんだけど。


ともかく、そんな風に言われて、山下君への回答を迷っていると……。


【石川】

「そろそろ時間だ、準備いいか?」


同じパーティの石川君が声を掛けてきてくれた……そろそろ時間らしい。


不安と緊張で足取りが重くなってしまっているけど……、

七瀬さんにみっともない姿を見せないように、気合いを入れ直して、

微力を尽くすことにした。











二階層の中を、前列三人、後列二人の五人パーティで歩く。


ほの暗い二階層だけど三階層、四階層と比較するとまだ明るくて、比較的遠距離まで見通せる。


ごつごつとした赤褐色の岩に囲まれた殺風景だけど、探索者は必ずここを通るため、

通路、足元は踏み固められ、かなりなだらかで動きやすく、

さらに言えば他の階層と比べて横にも縦にも広いため、前列三人、後列二人の隊列を保ったまま、ダンジョン内を歩くことが出来る。


ちなみに前列左が僕で、真ん中が山下君、右側が石川君だ、

後列左が夏川さん、後列右側が山吹さんって構成になっている。


前列は……槍遣いの石川君が、いちばん有効距離リーチが長い武器を持っているため、

中心がいいんだけど……山下君が強固に前列真ん中がいいって主張するので、こういう隊列になってしまった

(隊列の真ん中は最後の一撃が狙いやすく、討伐数を稼ぎやすいから普段は成績面では真ん中が有利になる、今回は関係ないけど)。


攻撃、防御、取り扱いに優れた片手剣が前列中心でも問題ないから、別にいいと言えばいいし、

二階層は通路も広いため、特に隊列を崩すことなく歩ける……んだけど。


【山下】

「あー、だり…………ったく、なんで再試験なんて受けなきゃなんねーんだよ…………」


あからさまに不満を漏らしながら、山下君はダンジョン内を歩いていた。

当たり前だけど、こういった場所だと些細な声も壁に反響して、大きな音となってしまう。

だけど、残念ながら僕に彼を注意する勇気はなかったりする。


【石川】

「あのな……余計なおしゃべりはやめろ、不用意に魔物の接近を招くからな」


何も言えない僕のかわりに、石川君が窘めてくれた。


【山下】

「わかってるって、つーか二階層のうちからんな風に警戒しなくてもいーだろ、

引率役も見てねーし、こんな雑魚モンスターしかいねぇとこで、モタモタしてる奴なんていねーんだし」


…………二階層すらも満足に探索できなかった僕には、耳が痛い話だったりする。


ただ……そうこうしているうちに僕たちの話し声が耳に入ってしまったのか、

目の前にラビットフットのグループが押し寄せてきた。


【石川】

「だから言っただろ……余計なおしゃべりは魔物の接近を招くってな」


呆れかえるように石川君がそう口にするけど……、


【山下】

「へっ……二階層の魔物くらいラクショーだっての」


石川君の言葉にも悪びれることなく、そして……隊列も何もなく、山下君は突っ込んでいった。


片手剣を抜き、目の前に三体存在するラビットフットのいちばん右の個体に斬りかかる、

勢いよく接近、そのままの速度と勢いで上から下へと片手剣を振り下ろす。


ずしゃり、と肉を斬り裂く音が響き……致命の一撃になったようで、

一体目のラビットフットは赤い血をまき散らしながら吹き飛び、

その後は立ち上がろうとするも、痙攣し、その場に倒れ込んだ。


一方の山下君はそのまま反転し、次は中心に位置していたラビットフットに横薙ぎの一撃を加える、

ただ……それなりの距離はあったため、大したダメージは与えられていない、

軽く表面の肉を斬り裂いたに過ぎず、ラビットフットに敵意ヘイトを抱かせた。


いくら二階層の魔物とは言っても、隊形的に孤立した状態で残された二体に挟み撃ちされれば、危険度が高い。


【石川】

「ったく……久遠は左を狙え、俺は右を山下と叩く……夏川と山吹は二人は攻撃を遮る形で前列のフォロー頼む」


石川君もそう判断したみたいで、適切にパーティを統率してくれる…………野良パーティだと統率役で揉めることがあるけど、

自分勝手な山下君をフォローする形で統率してくれて、、正直めちゃくちゃ助かる。


石川君に言われた通り、僕は二本のナイフを構え……左のラビットフットに対峙した。


左のナイフでラビットフットの右腕に斬りつけて、一度離れる。


同時に、夏川さんがボウガンでラビットフットの頭部を狙い……深々と矢が突き刺さった個体は、その衝撃ダメージでふらふらとバランスを崩す。

その隙を狙い、右の短剣でラビットフットの急所、右側頭部へ突き入れようとした。


――――――――瞬間、視界の隅にいる山下君が、僕と対峙しているラビットフットへ向かって、片手剣を振り上げた。


【彼方】

「っ…………」


完全に片手剣の間合いに入っていた僕は、慌てて回避し……その直後、山下君の片手剣がラビットフットを両断した。


【山下】

「へへへ、マジで楽勝だぜっ」


山下君は得意気にしているけれど……彼にも石川君の言葉は聞こえていたはずだ。

まぁ……彼の挙動は予想してたから、僕は避けることが出来たけど。

僕以外だったら……攻撃が交錯し……トラブル間違いなしだったと思う。


【石川】

「っ……残り一体だ、山下に任せて、残り全員はフォローに回れ」


いら立ちながらも、予想が出来ない山下君の行動を念頭に置きながら、

またしても石川君が適切な統率をしてくれる。


それはありがたいけど…………正直、一戦目からこのパーティはトラブルの匂いしかしなかった。









戦闘終了後…………。


【石川】

「おい……山下……お前、何考えてる…………」


石川君は、自分勝手な行動を繰り返していた山下君をきつい口調で窘めていた。


【山下】

「はぁ? 何考えてるって、今のバトルでなんか文句あんのか? きっちり魔物は倒したよなぁ?」


【石川】

「ふざけるな……同士討ち直前だっただろ、今のは、久遠を斬るところだっただろっ!」


【山下】

「んなドジ踏むかよ、実際、何もなかっただろ、うっせーな…………俺が全員討伐数は俺がいちばん多いんだから、文句言ってんじゃねーよ、なぁ」


自分が悪いとは一ミリも思っていない様子で、山下君が後列の女の子二人に振り向いて、同意を求める、けど……。


【山吹】

「後ろから見てたけど……何も言わずに標的ターゲットをころころ変えたりしたら、本当に危ないと思う」


【夏川】

「う、うん……私もそう思う……久遠君が上手くフォローしてくれたから、何もなかったけど……」


女の子二人も、山下君の対応の悪さを責めていた。


【山下】

「んだよっ…………」


まさか反論されるとは思っていなかったんだろう、山下君は女の子二人を睨みつけて……そして、その間に石川君が視線を遮るように割って入った。


【石川】

「おい……自分のパーティメンバーに敵意向けるのはやめろ……」


【山下】

「ぁあ? 女二人が下らねぇこと言うからだろっ!」


もう、現段階で山下君の声が怒鳴り声に近い……どう考えても不味い雰囲気、不味い状況だ……。


【彼方】

「と、とりあえずさ、二階層であんまり時間を使いすぎるといろいろマイナスだから、

次の階層を目指そうよ……ここで言い合ってても、魔物を下手に集めるだけになっちゃうしっ……、

再試験中に揉めたら、留年するかもしれないしっ……」


ともかく、そんな風に僕は提案して……とりあえず二人の間に割って入った。


【石川】

「………………」


【山下】

「………………」


何か言われるかもと思って、ビクビクしてしまっていたけれど、「留年」という言葉はやっぱり効果抜群で、

とりあえず山下君も石川君も大人しくなってくれた。


【彼方】

「と、ともかくさ、まだ再試験始まったばっかりだから、とりあえず先に進もうよっ」


【石川】

「…………ああ、そうだな」


【山下】

「…………」


石川君は僕の言葉を肯定してくれて、山下君は無言、夏川さんと山吹さんは心配そうな視線を向けていて……、

だけど、とりあえず全員、先に進むことに何の意見もないみたいだった。










そうして、険悪な雰囲気で探索を続けることになってしまった。


隊列を崩さないように歩きながら、一戦目のバトルで荒れた息を整えながら……、

あっさりと危惧してたことが起こってしまったことに、気が重くなってしまっていた。


パーティに一人、自分勝手な人がいたら上手く行くはずがなく……、

そして……そういう人がいるパーティから、ダンジョン内でどんどん淘汰されていく。


今はまだ低階層で、6人メンバー、しかも引率役がいる状態なので命の危険性は低い。

けど、こんなことをより深い階層でやられたら、一瞬で「死」を迎えると思う。


ただ……そのことを僕が山下君に説明したとしても、「Eランクでくすぶってるお前みたいな劣等生に言われたくねーよ」と、

そんな風に一瞥されるだけなので、僕は彼に説明する心算はなかった。


それが健全な形ではないのは理解しているけれど。

再試験でトラブルを起こさないようにするのも必要なことだと思う。


……その時の僕は、何も言えない自分の弱さを、そんな風に自己肯定してしまっていた。


そして…………一戦目からしばらく二階層を移動すると……。


【山下】

「夏川だっけ? な、再試験終わったら時間ある? 二人で打ち上げとかやんね?」


…………振り向けば山下君が隊列を崩しながら、夏川さんの隣を歩き、口説いていた。


さっき、余計な話し声で不必要に魔物を呼び寄せたことや、

配慮のなさについて批判されたことは、もう全く忘れている様子だった。


女心がわからない僕でも、再試験中に口説かれても応じる訳がないこととか、

山下君の心象が今、最悪なこととかは理解できているんだけど……。


【石川】

「あのな……俺たちは試験受けてんだ、ダンジョン内で女の子口説いてんじゃねぇよ」


そして……当たり前だけど、石川君は山下君の自分勝手な行動を窘める。


【山下】

「はぁ? なんでお前にそんなこと言われねぇといけないんだよ?」


【石川】

「同じパーティだからだ、お前の下手なナンパのせいで魔物呼び寄せて、

んで周囲のこと考えねぇ振る舞いで留年とか、誰かが怪我したりしたらたまんねぇんだよっ!」


さっきの出来事からそう時間が経過しないうちに……目の前で僕以外の前列二人がにらみ合っている。


…………どう考えても、まずい状況だった。


【彼方】

「あ、あのさ……隊列、変えないかな? 僕が前列真ん中に入ってもいい?

ほら、そうしたら両端の二人にフォローしてもらえるから……僕、あんまりバトルに自身ないからさ」


二人が無言で僕を見る、だけど……一応、ダンジョン内でいがみ合ったり、

再試験中にトラブルを起こしたら留年確実だってこと、二人とも頭の中に入っているんだと思う。


【石川】

「ああ、わかった……じゃあ俺が前列右、久遠が前列中心だな」


石川君は特に文句を口にすることなく(ただ、山下君の位置を再確認しないあたり、かなり怒ってると思う)、

すんなりと僕の提案を受け入れてくれて……山下君は何も言わず、けど特に文句も口にする様子はなかった。


そして……女の子二人は、さっきより心持ち前衛三人から距離を取っていた。


【山下】

「ちっ……クソ……んだよ、こんなつまんねぇ再試験、真面目にするほうが馬鹿だろ……」


距離を置いた二人の女の子に対し、山下君はそんな自分勝手なことを口にしていた。

そういう僕も……出来れば距離を置きたかったりする(真ん中だから、せいぜい気持ち右側に動く程度しか出来ないけど)。


【山下】

「まぁいいや、オレの狙いは七瀬だからな……へへ、マジで可愛いよな」


山下君はちらり、と後ろを見ながら……欲望を含んだ視線を七瀬さんに向けて……。

その光景が視界に入り…………僕の心臓が、どくん、ドクンと……おかしな挙動に代わる。


【山下】

「へへ……澄ました顔して、何も知らねぇって、純粋ですって顔しやがって……、

けど、ああいう女って一皮剥けばヒィヒィ喘ぎやがるんだぜ……」


七瀬さんをそんな風に言うのは…………、

僕は……こぶしを握り締めた。


【山下】

「んだよ……何か文句でもあんのか?」


…………内心の感情が、表に出てしまっていた、

山下君が、僕を睨みつけている。


【彼方】

「あ、いや……別に…………」


……僕は何も言えずに、ただ誤魔化すように笑うだけだった。


こんな風に人に合わせて笑っている自分に、嫌気が差してしまう。


…………いや、ともかく今は再試験に集中しないと。


そして僕は……今日も自分の弱さを見ないふりをしていた。

















兎にも角にも、二階層で体力を使う訳にはいかず、最低限の探索だけ行って……三階層に到達した。

僕が二人の間に割って入って、前列真ん中になったのは予想以上に効果的だったみたいで、

あれからは二階層だと三戦、バトルがあったけど……特に問題なく終わってくれた。


山下君が自分勝手な行動をとっていたけど、その都度石川君が統率してくれて、

上手くパーティをコントロールしてくれた。


相変わらず山下君のおしゃべりは止まらなかったけど、

刺激しないように適当に肯定する相槌を打ったのが良かったみたいだ。

最低限のトラブルで済んでくれた……とは思う。


他の三人はずっと眉をひそめていたものの、注意しても止まりそうにないし、

むしろトラブルが起こりそうな状況なため、黙認してるって感じだ。


ただ……三階層に上がったからには、さらに気をつけないといけない。

僕たちの後ろには、引率役の七瀬さんがいるわけだし、

トラブルを起こして、彼女を困らせるわけにはいかないし。


ちらり……と、他の人に気付かれないように振り向くと……距離を取りつつ、真剣な顔で後ろからついて来ている七瀬さんの姿が見えて、

彼女の美しさ、凛々しさに、僕の心臓がどくん、どくんと脈打ってしまう。


【彼方】

(…………いや、本当に再試験に集中しないと不味いからっ、七瀬さんに気を取られてる場合じゃないからっ)。


そう言い聞かせて、僕は探索に集中し直すことにした。


ちなみに、この階層の主な魔物は、蛙系の魔物「ラウディトード」と、鼠系の魔物「ニンブルラット」の二種類だ、

時折、一階層から紛れ込んだラビットフットやコボルトも出現するけど、

ダンジョン内でも弱肉強食の理が働いているらしくて、ラウディトードとニンブルラットの餌になって、

淘汰される傾向にある。


…………なんてことを考えていると、乱暴なラウディトードが四体、目の前に現れた。


僕は比較的、カエル系の魔物は苦手じゃないけど、女の子の探索者はかなり苦手な部類だとは思う。


幸い、後衛の山吹さん、夏川さんの二人は……多少顔をしかめているものの、身動きできないほどの嫌悪感を覚えていない様子だった。


とりあえず魔物モンスターを前に気合いを入れ直して、僕はナイフを構えて山下君の行動をうかがう。


【山下】

「おらぁあああああああっ!」


案の定、自分勝手に突撃していく……そんな山下君に対し、石川君はため息をついた。


【彼方】

「山下をアタッカーとして使う、俺と久遠が後列に魔物が後列に向かわないように牽制する、

後列二人も牽制、俺達がダメージを与えるのは、山下が一体倒してからだ」


今回も石川君がパーティ全員に聞こえるような、だけど他の魔物を呼び寄せない程度の声で、統率してくれている。


山下君の行動に呆れかえりながらも、きちんとパーティ全体のことを考えてくれる辺り、リーダーの素質があると思う。


僕は言われた通り、後列にラウディトードが向かわないよう、短刀で牽制することに集中する。


時には石川君が槍で僕をフォローしてくれて……後列二人も、蛙に接近しなくていいためか、

伸び伸びと動けている。


山下君の片手剣が、手近にいるラウディトードに振り下ろされる、

けれど、さすがに二階層と同じようにはいかない、一撃で倒せることはなく、

手間取っている様子だった。


【石川】

「久遠、三体の牽制は十秒間俺がやる、山下のフォローに回ってとりあえず一体数を減らしてくれ、

後列は俺のフォローに回ってくれ」


【彼方】

「わかった」


状況に応じて、石川君は統率内容を変えてくれた、言われた通り、僕は山下君が仕留めそこなったラウディトードを狙い……、

身をかがめ、接近する。


【彼方】

「ぁああああああああああっ!」


左手のナイフで邪魔な右腕を斬り弾き……開いた胴体……いや、急所の首元を狙って、僕は右手のナイフを一閃した。


【ラウディトード】

「odsd#nk%;fa9u9uanp&u90」


文字に出来ないような叫び声が、ラウディトードの口と気道から漏れる。


ただ……相変わらず臆病な性格の僕は、踏み込みが甘く……一撃では倒せなかった。


知識としては乱暴な蛙の急所は知ってる、だけど……実戦で実践するには度胸が足りてない。


手元に嫌な感触だけが残って……僕が狙った乱暴なラウディトードは、強い敵意ヘイトを僕に向けている。


【山下】

「へっ……それでいいぜ、久遠、最後の一撃ラストアタックは俺に譲れよ、いいな? ぉらぁっ!」


ただし……急所への斬撃ダメージで動きが鈍ったラウディトードは、次こそ山下君の力任せの一撃で、息絶えた。


僕が譲ったって勘違いされているけど……ただ、勇気がなくて踏み込めなかっただけだった。


本当に、自分の度胸のなさはどうにかしないといけないとは思ってる。

それはともかく、なんとか三体に減ってくれた、と思った瞬間……。


【山吹】

「きゃっ…………」


山吹さんの軽い悲鳴が聞こえ、振り向くと…………背後から敏捷なニンブルラットが現れた。


外観通り鼠、という種族の特性を受け継いでいるのか、彼らの動きはかなり素早い、

しかもグループで現れることが多い、厄介な存在だ。

彼らのせいで、三階層は単独ソロの探索者にとって、難易度が高いものとなってしまっている。


けれど……。


【小夜】

「――――灼熱の炎よ、我が魔力を媒介とし、世界を焼き尽くす力を示せ」


―――――――七瀬さんの綺麗なソプラノの声が、ダンジョン内に響き渡る。


直後……詠唱とともに放たれた火球が、次々に敏捷なニンブルラットを襲い、

断末魔とともに、彼らは一瞬にして「灰」へと変わった。


【小夜】

「背後は大丈夫ですっ、みんなは目の前の魔物に集中して下さいっ!」


目の前に四体のラウディトードとの戦闘の真っ只中に、

背後からニンブルラットの挟み撃ちは危険と判断したんだろう、七瀬さんのフォローが入る。


ちなみに七瀬さんのスキルは凄まじいことに……「四代元素」だったりする。


四代元素……「攻撃中心の火属性スキル」「攻撃スキルや回復効果スキルを持つ水属性スキル」

「地形変形スキル中心の土属性スキル」「攻撃スキルや幻惑効果スキルの風属性スキル」という、

エレメント要素、四代元素を指すんだけど……七瀬さんは、それ全部使えたりする。


しかもそのひとつひとつのスキルの練度も高い上に、後衛でありながら、身体能力も抜群、護身術のレベルも高く……、

なんというか……七瀬さんはもう、才能から僕とレベルが違うって感じだった。


というか強いのは知ってるけど……あっさりと特殊技能スキルでこれだけの敏捷なニンブルラットを倒せるなんて、

正直……凄まじいのひとことだし、僕との実力の差をまざまざと見せつけられて、落ち込みそうになってしまう。


さらに言えば……当たり前だけど、Aクラスということもあって、

スキルを使わなくても物理でも簡単に圧倒できるはずだ。


本当に……僕なんかとはレベルが違った(というか、比べるのもおこがましい話だけれど)。

それはともかく……。


【山下】

「へへ……がら空きだぜっ……おらぁっ!」


山下君が気合いとともに残ったラウディトードに斬りかかる。

…………当たり前だけど、必要以上に大きな声を出しながら魔物に斬りかかるのは推奨されていない。


他の魔物を呼び寄せる可能性が高いためだ。


そんな基本的なことを守るつもりが無い山下君に、パーティのみんなは、心の中でため息をついてしまっていた。


【石川】

「…………さっきと同じ方法でいい、久遠は山下と一体ずつ確実に倒せ、俺は残りを食い止める、後列二人は援護を頼む」


自分勝手な山下君に呆れながらも、石川君がフォローしてくれる。

いろいろ思うところはあるはずだけど、上手く統率してくれて……めちゃくちゃ助かる。


そして僕らは……三体になったラウディトードを、なんとか誰一人ケガなく撃退することが出来たのだった。











三階層も一度戦闘を経験した後は、それぞれニンブルラットラウディトードが二~三体のグループで迷い込んで来る程度だった。

そして、背後から魔物が来た場合は、七瀬さんが数を減らしてくれるから、その安心感で目の前の魔物に集中できる。


それに……魔物はいつも探索している階層より高レベルではあるものの、

パーティを組んで探索するのは正直かなり楽だったりして、

僕が単独で二階層を突破するより、パーティで三階層を突破するほうが、ずっと早かった。


そして今は、四階層の探索を前に、一度、三つのパーティが安全確認も兼ねて集まることになっているので、

階層移動できる場所で、僕らは待機していた。


【山下】

「へへ……三階層もマジ楽勝だな」


パーティ内での討伐数が飛びぬけて一位のため、得意気にそんなことを口にしていた。


そりゃあ、あれだけ自由気ままな行動を取っていれば、討伐数は一位にならないほうがおかしい。


ただ、今回は討伐数を競うわけじゃない、難なく五階層まで到達することが目的だ、

だから、協調性や安全性を重視するほうが、ずっと大切なんだけど……。


【山下】

「お前らも少しは俺の討伐数に近付けるように頑張れよな、へっ……」


僕らに向かって、山下君はそんなことを言った、だけど誰も反応しない。

もう、この段階になると僕以外の三人は山下君の言葉に肯定も否定もしない、

相手にしないことがいちばんいいって判断したみたいだ。


山下君も幸いなことに、そんな三人の様子に気を悪くした様子はない。

その分、僕に話しかけられるのは正直困るけど……これ以上トラブルを起こさないためにも、仕方ないと思う。


【彼方】

「それにしても……浅い階層でもこんなに苦労してるんだから、

中層、深層で探索するとか、僕にとっては夢のまた夢だよな…………」


つい、そんなひとりごとを口にしてしまうけれど……、

実際、どう考えても、僕が探索者として活躍できる未来は想像出来ない。


底辺探索者として低階層で細々と活動するか、もしくは途中で魔物に襲われて死んでしまうのか。

展開的には、そのどっちかだと思う。


七瀬さんとは、どう考えても釣り合いが取れていない、


残念ながら、どんなに努力しても、僕が憧れたような物語の英雄には、なれそうになかった。


鹿鳴館学園に入学してから、ずっと感じていたことが……ひしひしと僕の背中に重くのしかかってきていた。

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