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悪魔(少女)とファストフード

学園からの帰り道……僕はファストフード店に立ち寄っていた。


少しでも七瀬さんにみっともない姿を見せなくていいように、一週間後の再試験で探索する階層を調べるため、

学内のデータベースにアクセスする。


どうしてファストフード店かというと……、

図書室でいろいろ調べものとかをしていると、「あいつ、Eランクの癖になんで図書室で頑張ってんのw」とか思われそうで(被害妄想だけど)、

学園から少し離れたファストフード店を利用することにして、コーラとポテト片手に、携帯端末をいじっていた。


僕の経済状況だったら安いメニューしか頼めないけど、

それでもダンジョン探索の報酬で、貧乏学生ながらこうして週一でファストフード店に来ることくらいは出来たりする。


ちなみに今の時代、大衆向けのファストフード店でもこうして美味しい飲み物が出てくるし、安めのメニューでもぜんぜん美味しい、

というか高いお店なんかに行ったことがない僕は、これで十分だったりする。


ただ……ちらり、と他のテーブルを見ると、放課後ということもあって、

他の席では同年代くらいのカップルが、何組か楽しそうに話しながら軽食してる。


…………もしテーブルの向かい側に七瀬さんが座ってくれたら、それこそ安っぽいコーラじゃなくて泥水でも僕は美味しく感じるだろうけど。


なーんて、そんなありもしない妄想をするより、

来るべき再試験で七瀬さんに少しでもみっともないところ見せないように、

探索階層のダンジョンについて一生懸命調べたほうがよっぽど建設的だと思う。


七瀬 小夜さん。

僕と同じ鹿鳴館学園の一年C組のクラスメイトで、現在、一年生で唯一のBランクの探索者だ。

成績は筆記、実技含め学年でトップクラス。


容姿端麗で文武両道、さらには性格までよくて、誰とでも分け隔てなく接する優しい性格で、

交友関係も幅広くて、なんというか……欠点なんてあるのって言いたくなるほどに、完璧な女の子だった。


大きな瞳、さらさらの長い髪、身長は平均より少し高めで、スタイルも抜群に良くて……学校生活で何回七瀬さんに見惚れたか、僕は数えきれない。


さっき「もしテーブルの向こう側に七瀬さんが座ってくれたら」なんて考えたけど……。

もし実際にそういうシチュエーションがあったら、チキンな僕は緊張が止まらなくなって、

ファストフードが喉を通らないことは間違いないと思う。


それはともかく……携帯端末で出現するモンスターの傾向、マッピングとかを見ているうちに、なんというか……集中力がない僕は、十分だけ休憩することにして、

その間になんとなく見ていた「まとめサイト」のネットの噂話がなんとなく気になってしまい、読みふけっているうちにあっという間に20分くらい時間が経過していた。


ちなみに、僕が見ていたネットの噂は、「悪魔について」だ。

もちろん、悪魔なんて現実にはいないって頭ではわかってるけど、

ついつい集中力が欠けたときは、そういう噂話とかのサイトを見てしまう(他人の噂はどうでもいいけど、都市伝説とかネットの噂は、割と好きだったりするから)。


…………目の前の物事に集中できなかったり、意識が横道にそれるのは悪い癖だと思う、

悪魔なんて余計な噂に左右される前に、きっちり集中しよう。


なんてことを考えた瞬間…………ファストフード店に、一人の女の子が入ってきて。


【彼方】

「あ、れ………………?」


――――――――携帯端末に向けられていた僕の視線は……入ってきた女の子に釘付けになってしまった。


長く綺麗な絹のような黒髪、そして、店内に入ってきた瞬間から、きょろきょろと元気に動く大きな瞳は……カラーコンタクトなのか、紅く美しく光っている。

明らかに高級だってわかる黒いドレスは、ところどころきらきらと光っていて、

その女の子の魅力を一層光らせるように、際立ってる。


年齢は僕より少し下、中学生くらいだろうか……?

だけど、容姿が整っているため大人っぽくて、距離がある僕の席でも圧倒されてしまいそうになる。


七瀬さん以外だと、こんな綺麗な子、初めて見た、なんて……そんなことを思ってしまうくらい、その子は綺麗だった。


――――――――恐ろしいくらい綺麗という言葉が、これくらい似合う女の子はいないってレベルだと思う。


ただ……不思議なことがあった。


……まるでその女の子の姿は、僕にしか見えていないように、店中の誰からも視線を受けていない。

これだけ綺麗な子だったら、店中の注目を集めてもおかしくないと思うけど……なんてことを思っていると。


【??】

「あ、いたいた♪ ふふふ~♪」


あろうことかその子はまっすぐに僕がいるテーブルに向かってきて……すとん、と……向かい側に座った。


【彼方】

「え? あ、いや……あれ…………?」


女の子の行動にあっけに取られて、僕はよくわからない反応をしてしまう。


【??】

「携帯端末借りるね~♪ ここまで歩いて来たから、お腹ぺっこぺっこだったんだよね~♪」


いつの間にか僕の携帯は、気付かないうちにその子の手に握られていて……かなりの速度で操作を始めてた。


あまりにも遠慮がなさすぎて、思わず知り合いなのか、どこかで会ったのかって思ってしまうけど。

こんな綺麗な子、一度会ったら忘れないし……初対面なのは間違いないと思う。


なんてことを考えていたら……携帯端末から「モバイルオーダーを受け付けました」なんて声が聞こえてくる。


【??】

「彼方、ありがと♪」


……どうやら僕の携帯端末で、勝手に注文したらしい。


【彼方】

「…………いやいやいや、あのさいや、ちょっと待って、いろいろ待って欲しい」


勝手に注文したのはいいけど(よくないけど)、目の前の女の子は、何故か僕の名前を知っていて。

その事実に、思わず戸惑ってしまう。


【??】

「こんな可愛くて綺麗な女の子が席に座ってあげたんだし~、

ハンバーガーとドリンク代くらい、安いモノだと思うけどな~♪」


女の子の行動に突っ込もうとしたら、先に言葉で遮られてしまった。


【彼方】

「…………………はぁ」


まぁ……いいや……探索者としての収入はたかが知れてるけど、幸か不幸か友達がいない僕は、

特にお金を使うことなんてあんまりない訳だし。


だけど一応、ちらり、と携帯端末に表示された合計金額を見る。

アボカドエビバーガーとコーラ、合計960円くらいは……まぁ、そこまで困ったことにならないと思う。


前もってストックが用意してあったみたいで、オーダー後、あっという間にメニューが用意されて、

携帯端末のアプリが、注文が出来上がったことを軽いアラーム音で告げる。


【??】

「出来たみたいだよ、彼方♪」


【彼方】

「…………えと?」


【??】

「もう、気が利かないなぁ、こういう時は男の子が取りにいかないといけないんだってば♪

ボクみたいな可愛い女の子がせっかく彼方に時間を割いてあげてるんだから、

こういうとこで得点稼がないと♪」


…………初対面の女の子が食べるメニューのお金を払ったのは僕で、

トレイを取りに行ったのも僕とか、何の罰ゲームなんだろうと思ったけど、

反論しても無駄そうだから、仕方なく取りに行くことにした。








【??】

「うんうん♪ ファストフード店でこれだけクオリティ高いメニュー食べられるのって、日本のいいとこだよねー」


僕が取りに行ったアボカドエビバーガーをコーラで流し込みながら、目の前の女の子はゴキゲンそうだ。


勢いよく食べているにも関わらず、どこか品があるのは育ちがいいんだろうか、

それともこれだけ容姿が整っているからだろうか。


あと…………これだけいい笑顔で食べられたら、960円は惜しくないって思わされるあたり、

可愛い女の子とか美少女とかって、得だと思う。


それはともかく……。


【彼方】

「あのさ……僕たちって、どこかで会ったことある? 名前、聞いてもいい?」


僕のほうには覚えがないけど、女の子は僕の名前を知っている上に、親し気に接してくる。

……どこかで会ったことがあるとしか思えない状況だった。


【??】

「ふふー、もしかしてそれ、ボクのことナンパしてる~?」


【彼方】

「いや、そういうのじゃなくてさ……」


人のテーブルに勝手に座っておいて、ナンパも何もあったものじゃないと思うけど。


【彼方】

「僕の名前知ってるみたいだし、携帯端末のパスワードも知ってるみたいだし……単純に、どこかで会ったことあったかなって思って」


【??】

「もちろんどこかで会ってるってば♪ でもさぁ、そういうのって男の子のほうに思い出してほしいよね~、ということでぇ、名前だけ教えちゃおっかな♪」


そして、紅い瞳で僕の顔をイタズラっぽく覗き込みながら……。


【マリア】

「ボクの名前はマリア、どこで会ったのかは内緒だよ♪」


マリアと名乗った目の前の少女は、そんなことを口にしていた。


…………彼女の名前に、僕は聞き覚えはなかった。


というか、容姿も内面も、あらゆる意味でこんな非凡な子と会った経験があったら、忘れたりするだろうか?

いくら何でも忘れないと思うけど……。


【マリア】

「それよりさぁ、今度の補習は大丈夫なのかにゃ~、彼方ってチキンだからさぁ、小夜ちゃんが引率役だったら、

ただでさえ実力が足りてない彼方だったら、さらに緊張で酷いことになりそうだけど~?」


【彼方】

「……………………、えと…………鹿鳴館の関係者……? じゃないよね……?」


いきなり補習のことを言われて戸惑いながらも、的外れなことを聞いてしまった。

高校生って感じの年齢じゃないし、これだけ綺麗だったら学内で有名にならないほうがおかしいレベルだと思うから、違うだろう。


【マリア】

「そんな細かいことより~、小夜ちゃんにみっともない姿見せないかどうか心配したほうがいいと思うよ~」


その通りだと思う、補習を受けるだけでもみっともないのに、その補習でさらにみっともない姿を見せてしまったら、

きっと僕は、情けなさ過ぎて死にたくなってしまうと思う。


それはともかく……どうしてこの子が、七瀬さんの名前を出したんだろう、

確かに彼女は、まだ学生でありながら新進気鋭の探索者ってことで有名だとは思うけれど。


僕のこと、再試験のこと、彼女が引率者だってことを知っているかのような口ぶりに、

さっきからずっと戸惑いっぱなしだ。


【マリア】

「彼方の閲覧履歴は、どれどれ…………」


【彼方】

「っ……うわっ……待ってっ……それは見ないでっ……」


【マリア】

「なになに~♪ 高嶺の花のあの子の振り向かせ方~、ダンジョンに悪魔は存在するのか~?

あはっ♪ 再試験に全然関係ないじゃん♪」


……………………他人のサイトの閲覧履歴を見るなんて、反則にも程があるっ!


【??】

「もうちょっと集中して再試験のこと調べないと♪

ダンジョンの中なんて、低階層でもいつ、どんな危険が待ち受けてるのかわからないし♪

もしかしたら、低階層でもすっごい強い魔物が出てくるかもしれないじゃん」


【彼方】

「さすがにそういうことは無いと思うけど……」


今回、探索するのは二階層から五階層だ、ダンジョンの中は広大だけど、五階層までは完全にマッピングしてある、

その上、七瀬さんをはじめとした引率役が先導してくれるわけだし……。


確かに単独ソロだと二階層ならともかく、三階層以降は僕一人でが太刀打ち出来る魔物じゃないけれど、

今回はパーティでの探索だ、なんとかなると思う。


…………なんて、僕みたいなEランクの探索者が油断していいことじゃないよな、うん、

確かにマリアの言う通り、不測の事態なんていつでも起こりうることだし。


ともかく、一度落ち着こうと思って、飲みかけのコーラを手にして喉に流し込…………。


【マリア】

「んでさぁ、彼方っていつ小夜ちゃんに告白するの~?」


【彼方】

「っ…………げほっ……げほごほっ……………いやいや、あのさ……」


次から次へと話題がころころと変わり、突然、七瀬さんの名前が出てきたことと、「告白」なんてキーワードが出てきたことで、

まるで漫画みたいに、飲んでいたコーラを思わず吐き出してしまいそうな反応を見せてしまった。


【マリア】

「でもさぁ、ボクを除けば小夜ちゃんみたいなパーフェクトで綺麗な子って、そうそういないと思うよ~?

このチャンス逃したら、あんな大物とは近付けないと思うにゃ~」


ボクを除けばって……まぁ、確かに目の前の女の子は外見だけは文句がつけようがなく可愛いと思う。

ただ、初対面の相手のスマホを奪って、勝手にモバイルオーダーするような女の子と付き合いたいって思う男が、

この世界にどれくらいいるのかって感じだけれど。


【マリア】

「同じクラスでチャンスがある今のうちに、なんとか頑張って口説いてラブラブになったほうがいいってば、

彼方の探索者の実力だったらさぁ、卒業しちゃったら本当に疎遠になっちゃうよ?」


【彼方】

「…………それはそうかもしれないけど」


僕と七瀬さん……明らかに格差が大きすぎて、正直そういう気は起きない。


遠くから見てるだけで満足だし、連絡先を聞いたり、デートに誘ったりとか、正直チキンな僕には無理だ。


というか……心が弱い僕はもし下手に下心を出して七瀬さんに嫌われてしまったら、

なんてことを考えて、身動きが取れなくなってしまっている。

というか、告白とか呼び出しとかした時点で、絶対に周囲から身の程知らずって思われること間違いないと思う。

もちろん百パーセント振られるのは、言うまでもなかったりする。


だから、僕はこの感情を胸の内に留めておくのが、いちばんいいと思う。


【マリア】

「後ろ向きなこと考えてるなぁ、学生時代のちょっとくらい痛い思い出とか、身の程知らずな思い出とかって、

卒業して何年も経っちゃったら、どんなことでもいい思い出になるんだってば♪」


確かにそれはそうかもしれないけど、目の前の女の子は明らかに僕より年下な訳で。

そんな年下の女の子が悟ったようなこと言うのはどうなんだろう、と思わざるをえなかったりする。


【マリア】

「んでさぁ、さっきサイトの履歴に『ダンジョンと悪魔』って載ってたけど~、彼方、悪魔がいるって信じてるの~?

この二十一世紀にさぁ、悪魔とかってかなり時代遅れじゃん♪」


【彼方】

「…………それはそうかもしれないけどさ」


どうやらこの女の子も「悪魔」についての噂、知っているみたいだ、

割と有名な話だし、ネットや探索者ハンター、ダンジョンについてある程度詳しかったら、

当たり前かもしれない。




――――――――悪魔。


神に仕え、裏切った者達の総称、悪の代名詞、概念……そして、有史以来人々のそばに隠れ住み、誘惑し続ける存在……。


さっき見たネットのページの「悪魔」の解説には、そう書かれていた。


ただ、神や悪魔は実際に存在してるかどうか疑問だし、この二十一世紀、いろんなことが科学で分析された時代に、

時代遅れなキーワードだと思う。


けれど……何故かネットとかSNS、まとめサイトとかで噂されているキーワードがあって。

それは…………「ダンジョン内でいきなり悪魔が目の前に現れて、願いをかなえてくれる」という噂だった。


ただ……それは噂話にしか過ぎなくて、「自分の知り合いが悪魔に会った」とか「親戚が悪魔に契約を持ち掛けられた」とか、

そういう伝聞系のキーワードが必ずついていて、正直、どれもこれもかなり怪しい。


というか、さすがに「ダンジョン内に悪魔が現れて、願いを叶えてくれる」なんて、

アニメやゲームの中でしか、そんな展開はあり得ないと思う。

けど…………。





【マリア】

「ちなみにさぁ、彼方は悪魔について信じてる~? この世界に存在すると思う~?」


【彼方】

「…………………んー、僕は半分半分かな」


悪魔が願いを叶えてくれるなんて、怖くもありロマンティックでもあるし、面白いと思う。


けど……そんな風に誰も彼もの願いを叶えているとすれば、この世界は滅茶苦茶になってしまうと思う、

そのことから考えれば、この世界には悪魔なんていない、そんな風に結論付けるのが妥当な気がする。


だから、実際は信じてないけれど、期待を込めて半分半分だって答えた。


【マリア】

「そっかそっかぁ、じゃあ、悪魔がこの世界にいるって仮定してさぁ、

何の目的で、どういう理由で人間の願いなんて叶えるのかってさぁ、彼方はどう思う~?」


悪魔が人間の願を叶える理由、か…………。


【彼方】

「想像だけど、永遠に生きる存在って退屈してるんじゃないかな? あらゆる娯楽とか、そういうのも飽きてるだろうし……、

そういう存在が最後に興味を持つのって、やっぱり『人間』だと思うんだけど……」


【マリア】

「それでそれで~?」


【彼方】

「だから、願いを叶えて……それに四苦八苦する『人間』を観察する……、

悪魔にとって、それが娯楽になるんじゃないかな?」


…………的外れなこと言ってる気がするけど。

それくらいしか思いつかない。


【彼方】

「人間の欲望とか、多種多様だし……悪魔みたいな超越した存在からすれば、その欲望に夢中になってる人間は、

観察するだけで面白いんじゃないかな……なんて……」


自分の願いを叶えるために一生懸命な人間を、からかい、弄び、破滅させる。


それは……悪魔にとってはとてつもなく面白い娯楽になると思う。

昔話にも、そういう「悪魔」は数多く存在してると思う。


【マリア】

「にゃるほどね♪ じゃあ、そんな日常を退屈してる悪魔に、彼方クンは何かお願いごととかあるの~?」


【彼方】

「…………」


正直に言うと、僕の脳裏に「七瀬さんと両想いになれますように」なんてキーワードが思い浮かんでしまった、

だけど……そんな手を使っても、あまり意味がないと思う。


たとえ恋人になれたとしても……僕と七瀬さんじゃあ、人としての価値に差がありすぎると思う。

いずれ早いうちに見限られると思うし……何より僕自身が、七瀬さんの心を操作することに、

気が進まない。


というかそもそも僕みたいな何の取り柄もない奴が、七瀬さんみたいな女の子と両想いになれるとしたら、

一体どれだけの代償を要求されるか、想像もつかないし。


【マリア】

「うんうん、確かに彼方みたいに冴えない男の子が、小夜ちゃんみたいな可愛い子と両想いにしちゃうとしたら、

すっごい代償要求しないと、釣り合わないかもね♪」


【彼方】

「っ…………」


僕の心の声に、勝手にマリアが反応してることに、今更気付いた。


【彼方】

「……もしかして、僕の心の声とか読めたりする?」


非現実的だけど、紅く光る眼に見られたら、心の声くらい読まれたとしてもおかしくないような気がしてならない。


【マリア】

「そんなわけないじゃん♪ 彼方がわかりやすいだけだし~、夢は起きたまま見ないほうがいいよ♪」


【彼方】

「…………」


まぁ、確かに……正直、非現実的なこと言ったかも。


【彼方】

「でもさ、もし悪魔が目の前にいて、願いを叶えてくれるとして……、

他の人は、どういうことを願うのかな……」


【マリア】

「ん~、ほとんどの人間が悪魔に願うことは、『時間を巻き戻して欲しい』『やり直したいことがある』にゃんだよね~、

やっぱり人間って間違えちゃう生き物だからさぁ」


【彼方】

「時間を巻き戻して欲しい…………」


【マリア】

「そうそう、同じ時間をやり直すことができるって、いちばんのチート能力だし~、

何が起こるか知ってるから、ある程度無双できるじゃん♪」


まぁ……何が起こるかわかってたら、ある程度上手く対処することは可能だと思う。

不器用な僕は、時間をループしたとしても、上手くやる自信なんてないけれど。


【マリア】

「それはそうと~、彼方は後悔してることとか、やり直したいこととかある~?」


【彼方】

「後悔してること、か…………」


今の高校、『鹿鳴館学園』での毎日がお世辞にも上手く行っているとは言い難い、

細かい失敗をして、「あああ、やり直したいっ! お願いだから時間が巻き戻されて欲しいっ!」なんて思うことは、

日常茶飯事ではあるけど。


ただ……深刻に、悪魔に代償を支払ってまで「時間を巻き戻して欲しい」なんて考えるほどの失敗は無かったりする。

それは僕がまだ何の責任もない学生で、大きな失敗をしていないからなのかもしれない。


【彼方】

「僕は……今のところはそういうのはないかな、もちろん、失敗することなんて日常茶飯事だけどさ……、

あと実際、悪魔なんていないからさ、『悪魔に魂を売ってでもやり直したいこと』なんて、

出てこないように毎日頑張ることにする」


劣等生で、留年すれすれだけど、自分なりに一応頑張ってるつもりだし。


【彼方】

「それに、さっきは半々だって言ったけど、やっぱり悪魔なんてこの世界に存在しないと思うからさ」


【マリア】

「わかんないってば、ダンジョンも存在してるんだしさぁ、この世界はちょっと前だったらアニメとかゲームの中でしかなかったことが、

現実になってるしー、それにぃ」


【彼方】

「それに……?」


【マリア】

「『悪魔は存在してる』って思ったほうがロマンティックじゃん♪」


【彼方】

「ロマンティック、かな…………?」


どちらかと言うと、怖い気がするけど……。


【彼方】

「怖い? なんで~?」


……やっぱりこの子、僕の心を読んでる気がする。

まぁ、他人の心なんて読めるわけがないから、単純に僕の表情から内心を読んでいるんだろうけれど。


【彼方】

「いや、だって……『何でも願いを叶える』ってことは、それだけの力がある存在ってことだし、

そんな強い相手に出会ったら、僕は普通に委縮すると思う」


他人の願いを叶えることが出来るんだ、いわんや悪魔自身の願いなんて簡単に叶えることが出来るのは間違いないと思う。


【彼方】

「あとは単純に、誰かがこの世界が嫌になって、世界の破滅とかを願ったら単純にヤバいと思うし、

そのあたりの恐怖心は普通にあると思う」


【マリア】

「にゃるほど、『よくわからなくて、強い存在』だから、彼方は悪魔が怖いーってことだよね~」


【彼方】

「まぁ、そうなるかな……それに、『なんでも願いを叶える』っていうのも怖いと思う、

だって、世界の崩壊を願う人がいたら、その悪魔は世界を壊しちゃうし……、

願った人も、重すぎる代償を要求されて、破滅するんじゃないかな」


【マリア】

「そだね、どんな昔話でも、悪魔に魂を売った人間はだいたい破滅しちゃってるし~、

関わらない方が身のため人のためかもね♪」


…………その通りだと思う、過ぎた力、自分に手に負えない力は、僕みたいな不器用な人間がコントロールできるなんて、はっきり言って思えないし。


【マリア】

「でもさぁ、世界の崩壊を願う人なんてめったにいないってば、

ほとんどの人間の願いは、さっきも言ったけど~、、『過去に戻って、後悔してることをやり直したい』って願いだもん♪」


…………まぁ、大人になればなるほど、後悔することが多くなるのは、

頭が悪い僕でも、簡単にわかることだけど。

だけど…………マリアは、まるで「いろいろな人間の願い」を聞いたような口ぶりだった。


【マリア】

「ね、追加でアップルパイも頼んでいーい?」


マリアは笑顔で同意を求めてるけど、携帯端末は「ご注文を承りました」と、すでに機械音を放っていた。

…………本当にずうずうしい。


【彼方】

「……………………いや、まぁいいけどさ」


【マリア】

「さっすが彼方、優しい上に太っ腹だね~♪ ということで、カウンターまで取りに行ってね♪」


マリアがカウンターを指さすと、もうトレイの上に乗ったアップルパイが用意されていた。

早いことが売りのファストフード店だけあって、アップルパイ単品くらいだったら、

待ち時間もなくすぐに用意されたようだった。


…………………素直に取りに行くことにしよう。


それはともかく……僕は少しだけ、この女の子……マリアの正体について、考えることにした。


これがもし、ゲームやアニメだったら……目の前の女の子が「悪魔」だっていうのが、定番中の定番の展開なんだろうけど。


さすがに現実でそんな展開があるなんて思えない。


そもそも何の取り柄もない、どこにでもいる学生の僕の前に悪魔が現れたとして。


どういう理由で、何のために僕の前に現れて願いを叶えようとするのか。


だとすると……悪戯好きな女の子が、何らかの理由でたまたま僕の名前を知って。

そして……僕のことをからかっている、そんなところだと思う。


……僕より年下な訳だし、今日は素直にからかわれておくとしよう。


本来ならたとえ年下でも、マリアみたいな可愛い子と会話するのって、すごく緊張すると思うけど、

彼女はずうずうしい+コミュニケーション能力が高いから、特に緊張することなく、

スムーズに会話することが出来て。


…………はっきり言って、楽しいし。

そんなことを考えながら、アップルパイを受け取って席に戻ろうとしたら……。


【彼方】

「あ、れ…………?」


いつの間にかマリアは僕の席から消えていた。

僕との話がつまらなくて帰ったのかな、とか、トイレに行ってるのかな、とか思ったけど……、

どっちに行くにしても、僕の横を通らないと行けないはずだ。


まるでどこかに消えたかのように、マリアの姿は見えない。


…………全部、僕の想像の中の出来事で、あまりにもモテないから脳内でエア彼女を作っていた、とかなんだろうか?


だけど、もしそうだとしたら、もう少し自分に都合がいい女の子を作り出すはずだし、

少なくとも携帯端末を勝手に奪い取って、勝手に注文して、トレイを片付けることなくさっさと帰るような女の子は、

いくら可愛くても僕の好みとはかけ離れてる。


ついでにさっき頼んだアップルパイも食べないままだし……いや、まぁ、これは僕が食べれば済むだけの話だけど。

そう考えて、僕はアップルパイを自分で食べて、次こそ再試験に備えて調べものに集中することにした。


…………だけど、マリアとの出会いが、僕の人生を変えることになるなんて、その時は全く想像していなかった。



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