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九話




「ここまでくればもう大丈夫かな?」


 息を切らしながら、膝に手をつく。



 メグさんがあのベッケンバンカーと名乗る魔物を足止めしてくれてるおかげで無事にさらわれてた人たちを外に送り出すことはできた。



「本当にありがとうございます。あなたたちがいなかったら私たちは限界でした。本当にありがとうございます」


「いえ、別にそんな」


 さらわれてた人たちに感謝されるも、僕はあまり気が浮かなかった。この人たちを助けたのはメグさんだ。僕はなにもしてない。


「そ、それで私たちはこれからどうすればいいのでしょうか?」


「…………」


 外に連れ出した後のことはメグさんから特に言われていない。




 だとすると選択肢は三つ。


 シノンさんを見つけて、メグさんもとに行かせる。


 悪くない。シノンさんがメグさんと実力が同じと仮定するとメグさんとシノンさん二人がかりならあのベッケンバンカーに勝てる可能性は格段に上がると思う。

 が、ここは工場地帯。広いからこそ東西に二手に分かれたわけでシノンさんのことを見つけられる保証はない。スマホの電話番号もお互いに知らないし。


 二つ目はこのままさらわれてた人とともに遠くへ逃げること。


 たぶんこれが一番ベター。僕にはなにもできるはずがないし、避難するのが一番だろう。


 けど、


『メグさん、死なないよね?』 


 あの時、僕の質問に彼女は笑って答えた。


 けど、その表情は今にも崩れてしまいそうな建物みたいに脆そうで。


 たぶん、彼女を犠牲にしてでも僕たちを逃がそうと思ったんだ。彼女とあの人型との実力の差を彼女はわかっていたのだろう。だからそう選択した。


 それは正しいのかもしれない。けど、そういう正しい人だからこそ僕なんかのために命を懸けてほしくはない。

 

 さらわれてた人たちに避難するようにと指示を出し、僕は来た道を戻っていく。


 三つ目の選択。ナグサをどうにか起こして、あいつと戦う。


 ナグサを起こす方法は正直思いつかない。


 けど、根性でも気合でも使ってたたき起こす。


 尾花たちから僕のことをかばってくれたような人に死んでほしくない。けど、この人たちをこのままにするわけには――


「心配しなくても大丈夫ですよ。外に出れたんですもの。あとは私たちでなんとかします。あなたはあなたのしたいことをしてください」


 僕の心を読んだように高齢の女性が優しく微笑む。それに同意するかのように、周りの人たちもうなずく。自分たちは大丈夫だと。


「…………っ」


 そっと頭を下げると、僕はすぐに来た道を戻っていった。


 怖くはある。あの怪物を相手取るのが。けど、メグさんが死んでしまったときの方がもっと怖くて、そして悲しい。


 走り出す。後悔しないために。





 ――




 同級生がさらわれてた人を外に連れ出すのを確認すると同時に、比志野江メグは目の前のベッケンバンカーと名乗る人型の魔物との戦闘を開始した。


 張りつめた弓が解き放たれたかのようにとびかかってきた敵の突進を冷静にモップで受け流す。


 隙ができた体に水弾を弾丸のごとくぶつけ、魔物を後方へと吹き飛ばす。


「ふ~ん、なかなかやるねん君」


 口ではメグをほめていた人型。だが、体には傷一つついていなかった。


 そのことに内心、舌打ちするも彼女に焦りはなかった。


 もとより力量の差はわかり切っていた。おそらく自分がどれだけ命を削ろうとも目の前の存在にかなわないということは。そんなことは目の前の魔物からあふれ出る洪水のような力の奔流を見れば嫌でも理解させられる。


 であるならばやるべきことは一つ。


(織田君たちが逃げ切るまで時間を稼ぐ…………!)


 守りに徹しての時間稼ぎ。もしこれでシノンが助力に来ればベスト。それがだめでも彼らが逃げ切れればそれでいい。


 モップを再び構えなおし、極限まで集中力を研ぎすませる。勝つ必要はない。守りに徹して時間を稼ぐだけでいい。格上相手でもそれぐらいならできる――



――次の瞬間、その考えは甘すぎたと一瞬で自覚させられる。


「ふ~ん。君だったらちょっとは全力を出してもいいかもねん」


 人型の姿が消えたと思ったときには、拳が腹部を振りぬいていた。


「がっ…………!」


 綿のように軽々と吹き飛んでいく自分の体。消し飛びそうになる意識に鞭打ちなんとか地面に着地するも人型はまったく攻め手を緩めるどころかむしろ加速させていった。


 先ほどまでとは比べ物にならない速さ。瞬き一つでもしてしまえば自分は死ぬだろうと確信させてしまうほど。


 加えて、本気を出されてなかったということに彼女の心に少なくない衝撃を与えていた。


 守りに徹しているというのに恐ろしいほどの衝撃がメグの体を貫く。口からは鉄の味がし、視界もだんだんとおぼろになっていく。


 それでもまだ立てるのは彼女がなんとか受けてはならない攻撃だけは避けているからである。


 しかしダメージは徐々に蓄積していき、メグの体は確実に動きが鈍くなっていく。


(せめて、こいつが織田君たちに追いつけないぐらいの時間は…………!)


 もとより半端な覚悟でメイドになったわけではなかった。服がかわいい、メイドっていいな、などと周りから見れば軽い理由でメイドになりはした。

けれど困っている人を助けたい。それもまた自分の本心。自分にメイドという才能があると理解した時から死を漠然とながらも覚悟はしていた。

 

 いよいよ限界かと判断したところで最後の力を振り絞り、水弾を生成する。しかしその大きさは先ほどまでとは桁違い。超高速回転を加え、水弾が発射される。


捻じり撃つ螺旋(ダイダロススクリュー)ッ!!」


 正真正銘、最後の切り札。人型も回避に移るがもう遅い。


 高速回転を加えられた水弾は人型に命中。轟音とともに人型を彼方へと吹き飛ばす。


 完全に力を使い果たし、メイドの変身も解けてしまい地面に座り込む。最後の力を振り絞った一撃は――


「ああ~、痛っ。まさかこんな威力の攻撃があったなんて、ちみマジですごいね。久しぶりにヒリヒリしたよん」


 人型を消し去るには至らなかった。ダメージこそ与えたが、致命傷には至ってない。


「楽しませてくれたお礼だよん。君は家畜になんかしないで楽に殺してあげるよん」


 目の前で拳を上段に構える人型。


(ここまでかな。織田君がどこまで逃げれてるかわからないけど、無事だといいな)


 連れ添った同級生のことを思い、拳が振り下ろされるのを視界に捉える――





「来いっ!ナグサッッッ!」


 少年の声が耳を聾するのは同時だった。




――






 メイドは他者を思いやることが大事なんだと。


 逆に言えば他者を思いやることができさえすればメイドの力を発揮できるのではないかと僕は推測した。


 ずいぶんと強引な解釈だなと我ながら思う。けどそんな解釈にすがりつきでもしなければ可能性はゼロだ。


 目の前ではまさにメグさんにベッケンバンカーという魔物の拳が振り下ろされようとしていた。


 だから、叫んだ。考えもなく。ただ僕のことをいじめからかばってくれた人を助けたいと願って。


「来いっ!ナグサッッッ!」



 打算も計画性なんかまるでない行為。ただ無力な自分が人を助けたいと願いを込めただけの叫び。


 けれど、彼女は応えてくれた。


「もちろんじゃっ!さっ、蹴散らすぞ!」


 一瞬で女の子の体へと性転換、メイドへと変身するとベッケンバンカーがこちらに気づいたと同時に蹴り飛ばす。


「――――!?」


 いきなりの奇襲に対応できなかったのか、僕のつま先はもろにベッケンバンカーの腹部に突き刺さる。そのままベッケンバンカーを遠くに蹴り飛ばし、近くにいたメグさんを確認する。メイド化も解けて、けっこうひどく傷つけられたかのように感じた。


「まあ、ダメージはひどいが死ぬほどでもない。心配せんでもこの程度ならしばらく休めば大丈夫じゃよ」


 ナグサがそういうならそうなのだろう。


「えっ?君もしかして織田君!?」


 メグさんが僕のことを確認すると驚愕の声を上げた。まあ、男がいきなり女の子になってさらにメイドになんてなってたらそりゃそんな反応にもなるよね。というか僕のことよくわかったな。


「えっと、まあいちようそんな感じです。メグさんはそこにいて。あとは僕たちがやるから」


 メグさんへの返答を軽く済ますと正面を見やる。


 正直、僕は暴力は好きじゃないし苦手だ。けど、そんなことを言ってられる状況じゃない。そうじゃなければメグさんも僕も死んでしまう。それだけはイヤだ。


 土煙が晴れていくと、コンクリートの山に埋まったベッケンバンカーが鬼神のごと殺気を纏わせながら飛び出たところだった。


「いきなり現れてきてひどい奴だねん、ちみ。そこのやつの増援ってわけかい」


 口調では平静を装っているが、今にもこちらに喰ってこんばかりの雰囲気だ。


「人型か。まさかこんなところで会うとはのう」


「知ってるの?」


「ああ。まあ簡単に言えば、人間並みの知能を有した魔物といったところじゃ。単純に強いし、魔物たちを率いることのできる知能もある。まあ、魔物たちの王みたいなやつらじゃよ」


 なんか聞いてみた感じ、めちゃくちゃやばい奴らみたいだ。ぶっちゃけ今すぐ逃げたい。


「まっ、心配せんでもわしらにとっては雑魚じゃ雑魚。あんな奴ら数秒で終わるわい」


 自信たっぷりに言うナグサだが、なぜか最後のセリフだけ周りに聞こえるように発言したらしい。特に雑魚の部分はナグサがしっかりと強調して発音したためベッケンバンカーにしっかりと届いただろう。


 僕の考えてる通り、ベッケンバンカーは今まで以上の殺気を纏わせていた。


「まぐれで一発あてただけでずいぶんと調子に乗ってるね。君むかつくよ―――殺すっ!」


 踏み込みと同時にベッケンバンカーはこちらに急接近していた。気がつけば目の前には拳があった。


 僕はそれを――


「!?」


 手のひらで受け流す。受け止めるのではなく力の方向を少し変える。


「ッ!」


 想定外の事態に焦ったのかベッケンバンカーは防御を捨て、拳のラッシュがこちらに襲いかかる。


 あまりの速さに拳が四つに増えたかのようだ。あまりの速さに対処しきれず、拳が頬をかすめる。


 それに勢いがついたのかますますベッケンバンカーの拳に磨きがかかる。


 だったらこっちは――


「もっと速くするだけだ」


 相手が音速ならばこちらは光速になればいいだけ。


 迫る拳を上、下、左右へと流し拳を正中線から逃し、防御を捨てた相手に次々に攻撃を当てていく。


「ガッ…………ッ!」


 もとより相手はやれかぶれの攻撃。少しのほころびさえ見せれば瞬く間に崩れていく。


 ()()()


 さっきまでとは攻守が打って変わって、こちらがひたすらに拳のラッシュをかます。もちろん、もう攻守交替などはさせない。


 執拗なまでに首から上を狙い続ける。魔物も人と同じで顔面は急所なのか必死に顔を腕でガードする。


 意識が完全に顔に言ったおかげでベッケンバンカーの腕は完全に顔面の前に置かれていた。


 であるならば――


「ふっ!」


 みぞおちを一閃。魔物もみぞおちは弱点だったらしく体が『く』の字へと曲がる。


 体を右回転させ、勢いそのまま渾身の回し蹴りがこめかみに吸い込まれる。回転の威力そのまま、ベッケンバンカーの頭を地面に叩きつける。


 局所的とはいえ地面が割れる威力。なんとなくこれで終わりだな、ということがわかった。


「すごい…………!」


 後ろのメグさんが思わず息を漏らしていた。


 僕もすごいと思う。これは自慢ではなく、ナグサへの素直な尊敬だ。


 僕のメイドの力なんかほぼ全部ナグサによるものだ。僕はただナグサに憑依してもらってるだけ。

 僕がやりたいと思ったことは全部できるのだから、やっぱりナグサはメイドとしてすさまじい実力の持ち主なんだろう。

 

「いや、いくらわしの力があると言ってもメイドになって初日でここまでできるおぬしもなかなかやばいと思うぞ」


「そうなの?よくわかんないけど」


 ナグサはそうほめてくれるがやっぱりそこまで実感はない。


「くっそ。殺す、殺してやる…………っ!」


 声のした方向を見るとベッケンバンカーがこちらをにらみつけていた。先ほどまでの余裕は完全に消え、獣のような目つきだ。


 とはいっても魔物にも脳震盪というものはあるのか、先ほどのこめかみへの一撃でまともに立てずに苦しんでいるようだった。


「あれではもう立てまい。おぬしの勝ちじゃな。よくやったな、りん」


 朗らかな声でほめてくれたナグサだったが、まだ油断はできない。火事場の馬鹿力もあり得る。慎重すぎてダメなことはないはずだ。


「ふざけるな、僕がこんなところで――――」


 ベッケンバンカーが震える足でこちらに向かおうとしたその瞬間。爆発音が耳を聾する。


 するとそれを契機に連鎖的に爆発音が鳴り、建物が崩れていく。天井からがれきが滝のように流れ落ちていく。


「これは…………?」


「あいつの仲間の仕業のようじゃの。建物を爆発させて、あいつを逃がす時間を稼ぐといったところかの」


 上から落ちてくるがれきは無視できない量となっており、下手に身動きが取れない。


 するとベッケンバンカーは立ち上がり、そろそろと闇の中へと消えていく。


「今日のところは引き分けにしておくよん。次会った時がちみの命日だ。覚悟しとけよん」


「いや、どう考えてもわしらの勝ちじゃったろ。ぼろ負けしといてよくそんなセリフはけるのう」


「…………お前たちは絶対に殺す」


 鋭い殺気をこちらに残した後、バッケンバンカーは今度こそ消えていった。


「えっと、追った方がいいかな?」


「いや、いい。どのみちわしらの力ももうもたん。それよりはやくあのおなごのところにいったほうがよい」


 ナグサが言うと視界が光で覆われたともうと、元の体に戻ってしまった。メイド化が解けてしまったらしい。ナグサが言った通り、僕のメイド状態はあまり長続きしないらしい。


 そんなことよりメグさんだ。ベッケンバンカーから受けた傷のせいでうまく歩けないはずだ。すぐさまメグさんの元へと行き、体を僕の前方で持ち上げる。


「ちょ、まって、へっ!?」


 お姫様抱っこになってしまい、メグさんが恥ずかしさからか顔を赤らめる。まあ、僕なんかにそんなことされてるのは末代までの恥というものだ。ましてや他人に見られたら僕でも死ぬ。とはいっても命には変えられないのでそのまま外まで逃げていく。


「おぬしはなんというか、女心をわかってないというか、ヘンにネガティブな奴じゃな」


 ナグサがなにを言ったかもわからないほど全速力でメグさんを抱えて僕たちは工場を後にした。




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