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八話


 メイドにはメイド武器なるものがある。その名の通りメイドが使う武器。本人のクセ、戦い方、実力によって本人に適する武器は異なる。それこそ十人十色。


 比志野江(ひしのえ)メグにとってはそれがモップ、というわけだった。


「うわあああああああああああああああああぁああああああああ!」


「あっはは!どんどんとばしていくよ!」


 

 僕は振り落とされないようにメグさんの体に必死にしがみつく。現在、僕たちはメグさんのモップで全力滑走中だ。

 

 メグさんのモップは一見ただの掃除用のモノにしか見えない。が、全然そんなことない。触れば鉄よりも固く、曲げればゴムよりもしなやか。加えて、メイドと武器の力でモップから水を生成できるらしく、生み出した水を潤滑油のごとく使用し、地面の上をモップで滑っているのだ。ちなみにこのモップの名前は『溌水箒(ハイドロブルーム)』というらしい。



 早すぎて思わず、大声を挙げそうになるがなんとか小声で悲鳴を上げるにとどめる。


 メグさんもメグさんで僕が泣きそうになるたびにますます速度を上げるからたちが悪い。


 ――まあ、そんな爆速で敵陣を突っ切ってたらばれないわけがないわけで。


「ギギッ!?」


 前方に小鬼のような魔物が群れてこちらを目視していた。が、メグさんはそんなのお構いなしとでも言うようにますます速度を上げる。


「このまま突っ切るよ~っ!」


 トラックに突っ込まれたかのように小鬼は超特急モップに吹っ飛ばされ、一瞬で塵とかす。


 その後も巡回中の魔物が出てきてもメグさんがモップでひき殺したり、生み出した水の塊で頭を吹き飛ばしたりと速度を落とすことは一切なかったのでした。


「いや~、どうだった?こんなにスピードに乗れることなんてめったになくて楽しかったでしょ」


「ソ、ソウデスネ」


 ようやくモップの高速移動が止まり、モップから降りることができた。言葉では平静を何とか装うも体はかなりグロッキー状態。人目がなければ絶対吐いてた。


 というか今のところ僕はなに一つしてない。このままじゃ処罰確定。頼みの綱のナグサもいまだ目覚めず。

 いや、ナグサが悪いんじゃなくて僕が自分一人だと何一つできないのが問題なんだけど。


 お先真っ暗な事態に思わず、下を向いているとメグさんから声がかかる。


「大丈夫?なんか顔色悪いよ」


「えっ?いや、そうかな?」


「悪いね~。ああそっか、シノンから何の罰受けるか不安になってるって感じ?」


 その通りだと情けなくもうなずく。


「ああ、そんな心配ないでもいいよ。シノンもあの時はカッとなってただけだし。シノンは怒りやすいだけでヤバいうやつでもないしね。あってもちょっとパシリに使われるとかぐらいじゃない?」


「えっ?その程度?」


「うん、その程度」


 そのことを聞いて僕の心にのしかかった重荷は下ろせたかのように感じた。てっきり尾花たちみたいに人間サッカーボールになれだとかひき肉にされるとかは覚悟してた。


「まあ、シノンが信じられないのもわかるんだけどね~。さっきも言ってたけどジャイアントレックスってそんなメイドになってすぐの人間に倒せる強さじゃないし、男の子がメイドになれるって聞いたこともないんだよね~」


「…………そっか」


「そんなしょんぼりしないでいいよ。たしかに私も信じられないのは一緒だけど、織田君が嘘をついてないこともわかるから」


 その言葉は僕には意外だった。なぜなら僕の言ったことはなんの証拠もない。手厳しくはあるがシノンさんの言い分の方が客観的に見れば正しいだろう。根拠のない証言を信じるのは優しさでもなんでもない、ただの考えなしだ。


「織田君が嘘をつかない、いやつけないのかな?ともかくそんな人をだますような人じゃないことぐらいわかるよ。だから、もし織田君がシノンになんか言われても私が守ってあげるよ。この子は悪い人じゃないよ~って」


「そっか…………ありがとう」


「ふふっ、どういたしまして」



 それからしばらく工場跡に林立している工場をしらみつぶしに調べていくと、一か所怪しげな場所があった。

 丁寧に調べると床に地下への隠し階段があった。本来ならいくつかの隠されたレバーを順番に引いたりと、特定の手順を踏まないと開けられない仕組みになっていたようだが、メグさんが普通に水弾で地面をえぐってこじ開けた。メグさん半端ないっす。


 光の届かない地下の中、進んでいく。


「どうやら当たりみたいだね」


 最奥まで進んだ先にあったのは粗雑な牢屋だった。その中には老若男女、関係なく様々な人がいた。

 

 彼らに共通する点はただ一つ、全員が体を痛めつけられていたことだった。子供にも容赦なかったようで肌にびっしりと痛々しいまでの線が刻まれていた。


 魔物は人間の負のエネルギーを食らって強くなる。そうだとしてもこれはひどすぎる。


「とりあえずこの人たちを外に運び出そう」


「…………うん」


 てきぱきとメグさんは行動に移していく。衰弱している人を優先して外に運び出す。僕も自分にできる範囲でメグさんを助ける。


 幸い、歩けないほど負傷をしている人はいなかったので移動は思いのほかスムーズだった。

 

 魔物もメグさんとここにはいないシノンさんがほとんど壊滅させたようで、特に問題なくこのまま脱出できる――




「おおっと、そいつらを持ちだされるのは困るんだヨン」




 ――はずだった。



 枯葉が地面に落ちるかのように音もなくソレ(てんてん)は現れた。


 体はほこりでまみれたかのような色合いをしており、背丈、体躯も人間と変わずほっそりしている。唯一違うのは眼球がないぐらいだろうか。


 が、素人目からでも分かった。


 ――こいつ、やばいッ!


 前に見たジャイアントレックスとは比較にならないレベルの強さ。それはメグさんも感じてたようで先ほどまでの明るさは消え完全に臨戦態勢に入っている。


「人型…………っ!なんでこんなところに?」


「ああ、人間はそうやって僕たちのことを呼んでるのねん。そんな無機質な呼び方じゃなくて、僕のことはベッヘンバンカーって呼んでほしんだヨン。ちなみにさっきの質問の答えだけど、飼ってた家畜が逃げそうになったら主人が来ることは当然に決まってるよねん?」


 人型の魔物、ベッケンバンカーはおちゃらけた物言いだが、その存在感は恐怖と言うほかなかった。


 そして先ほどの疑念も明かされた。おそらく目の前のこの人型が人間を攫って痛めつけ、人間から負のエネルギーを採取するなんて非道的なことを考えたのだろう。


 魔物に知能はないというが、こいつは別なのだろう。実際、人語を流暢にしゃべっている。


 魔物に関して僕はよくわかっていないがこの人型という存在は別格なのだろう。


 恐怖心で嫌な汗が背中をなでる中、メグさんは振り返り状況に似つかわしくもないほどきれいな笑みでこちらを見た。


「私がこいつを時間稼ぎしておくから織田君はこの人たちを外に逃がしておいてくれるかな。ごめんね、いろいろと押し付けちゃって」


 その笑みは普段通りのメグさんの笑顔、さっきみたいに楽しそうに笑っているような笑み。けど、同時になにか、覚悟が決まっているようにも見えた。


「いいですけど……メグさん、死にませんよね?」


「ヘンなこと考えないでよ。こんな相手に後れを取るほどメイドやってないよ」


 メグさんは振り向き、モップを構え、周りに水の塊を展開する。その背中からは早く行って、とこちらに語っているようだった。


「ちょっとちょっと、なにぼくから逃げようとしてるのかに?きみたちメイドもここで僕の家畜になるんだよん」


 言葉を言い切る前にベッケンバンカーの姿が消える。


 次の瞬間には拳を突き出したベッケンバンカーがいて――


 ――メグさんが僕の前に立って、拳をモップで止めていた。


「行ってっ!」


 こっくり人形のようにうなずくと同時に僕は捕まってた人たちを連れて外へと逃げていった。


 後方ですさまじい戦闘音が鳴りながら。


 


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