六話
「んっ?目が覚めたか!」
騒々しい声で僕は目を開ける。
視界には小柄な女性がお高そうな椅子に座って、笑みを浮かべていた。
たしか、この人はこの学校の校長だったけ。なんでこの人が僕の前に?あたりを見ると、どうやらここは校長室らしい。どうして僕はここに?
先ほどまでの出来事を思い出す。
さっきはナグサと会って、なぜかメイドになって恐竜みたいなやつを倒した?
ん~、自分で言っても意味不明だ。が、それが夢じゃないのだけはわかる。
意味不明なのはこの状況もだ。なぜか僕は椅子の上で縛り付けられ、手も足も動かせない。
「ああ、すまない!念のため、安全のために体の自由を制限させてもらってる!」
「ええっと、すみません。その、状況がよくわかってないので説明してもらえませんか?」
「うむ!では今から説明する!」
「いや説明の必要なんかないでしょ」
ぴしゃりと、背後から鋭い声が耳に届いた。後ろを振り向くと、なんと昼間に会ったあの田室・ラーシェン・シノンと比志野江メグが立っていた。普段なら二人が並んでいたらその見栄えの良さに拍手でも送ってあげたいところだが、今はそんな流れはみじんもない。
二人とも警戒した様子、とくにシノンの方はあからさまに僕に敵意むき出しだ。
「ジャイアントレックスがいきなり町の中に出る。そのレベルの魔物ならあらかじめ反応があるのに今回はなかった。そうなると誰かしらの協力があったに決まってる。最近、魔物に協力する人間もいるっていう噂もある」
きっ、とシノンがこちらをにらみつける。
昼間から思っていたけどやっぱりこの人、ちょっと苦手だ。普通に怖い。
「そいつがジャイアントレックスを引き連れて、町を壊滅させた。それでいいでしょ」
「ん~、ちょっと強引すぎない?」
シノンの言葉を遮ったのは隣にいたメグだった。
「確かに織田君はあの現場に居合わせてたみたいだけど、ジャイアントレックスを引き連れた証拠もないよ。さすがに織田君が悪者だとは決めつけられないよ」
「けどっ……!」
「まあ、なにはともあれ織田君に聞いてみないとね。というわけで、織田君。いろいろと頭が追い付かないかもだけど何があったか教えてくれないかな?」
「は、はい」
先ほどの会話から思ったが、校長とこの二人、ジャイアントレックスや魔物の存在など当然のように知っている。
昼間、ナグサが言っていたことを思い出した。おぬしの学校にもメイドがいると。
校長はどうかわからないが、この二人がメイドなんだ。二人から僕がさっき感じた力と同じものを感じる。
であるならば下手に嘘をつくのはよくないだろう。余計に話がこじれかねない。シノンさんの方はともかくメグさんはしっかり話を聞いてくれそうだ。
実際に昼間、僕を尾花たちのいじめから助けてくれたし。
言われた通り、僕に何があったか一つづつ説明していく。
ナグサとの出会い。いきなり、魔物とやらに襲われて死にかけたこと。ナグサが僕の体に憑依してメイドになってジャイアントレックスとやらを倒したこと。
ナグサの名前を出した時、一瞬だけ校長先生がすごい驚いたような気がしたが、すぐに元の笑顔に戻った。まあ、今は特に関係ない話だ。
結論として僕の説明はますます疑惑が強まっただけだった。それもよくない方向に。
「ほら。やっぱり嘘ついてんじゃない」
「え、いや。嘘はついてないです……」
「じゃあなによ?男のあんたがメイドになっていきなりジャイアントレックスを倒したっていうの?男がメイドになるだけでもおかしいのに、素人がジャイアントレックスを倒せるわけないでしょ。私たちでさえ油断できる相手じゃないってのに」
「まあまあ、実際にメイドになってもらえばいいんじゃないかな。私達もあの場所からメイドの反応は感知できたわし、もし織田君が本当にメイドになれるなら全部つじつまは会うでしょ」
「…………やたらこいつの肩を持つのね」
「シノンが疑いすぎなだけな気がするけど。ってなわけで織田君には再三で申し訳ないけど、やってもらえるかな?」
「まあ、それはもちろんいいですけど」
と言いつつも自分一人ではできる気がしない。まだ一回しかなったことないし。
(ナグサ、お願いできる?)
心の中でナグサに力を求める。
が、いつまで経ってもうんともすんとも反応がない。思えば目が覚めてから一度もナグサの反応がない。
感覚的に僕の中にナグサがいるのはわかるが、意識がないというか。疲れて眠ってしまっているかのように感じる。
「ちょっと、早くメイドになってみなさいよ。できるならね」
シノンさんが勝ち誇ったかのようにほほ笑む。ヤバい、変身できないのがばれてる。隣にいるメグさんもなんだか微妙な表情だ。
やばい、このまま何もできないと完全に僕はおかしなやつ判定だ。けど、頼みの綱のナグサもなぜか反応なし。
なんやかんやで僕のことをかばおうとしてくれてる(?)メグさんもこれ以上は味方してくれなさそうだし。シノンさんは言うまでもなし。
いよいよ僕の証言が嘘だと断定される、そう覚悟し瞳を閉じる、その直前。
「うむ!であるならば一度メイドとして働いてもらえばいいのだ!」
校長の快活な声が場を一掃する。
あまりにも突然の発言、突飛な内容に三者全員、頭にハテナマークを浮かべていた。
静まり返った校長室で落ち着き払って口を開いたのは褐色肌のギャルっぽいメグさんだった。
「任務って織田君をですか?」
「うむ!もし働いてメイドの才能があったのなら実際にメイド部に入ってもらえばいいのだ!」
「ちょっと待ってよ!」
校長先生の話にシノンさんが割って入る。
「どうしてそういう話になるのよ!こいつは今メイドになれなかったでしょ。じゃあメイドの才能なんてあるはずないし、こいつがジャイアントレックスを倒したのだって嘘っぱちだってことぐらいわかるでしょ」
「どうしてそうなるのだ?いきなりメイドの才能を扱いきれる人間なんていないのだ!素人にいきなり自由自在に変身しろと言っても無理難題すぎるのだ!それにいいではないか!ちょうどメイド部も欠員が出たところだし」
「そういう問題じゃなくて……」
「それともシノン君は――」
校長先生が含みのある笑みを浮かべ、
「怖いのか?自分よりも優秀な人材がいるかもしれないことに」
シノンさんの顔が真っ赤になる。それこそトマトみたいに。
図星だったのか、それとも校長の挑発に耐えれなかったのか、完全に沸点を越えたかのように怒り散らかしている。普段は完全ハーフ美少女とまで言われる彼女にこんな側面があったなんて。
「いいわよ!その考えに乗ってあげようじゃないの!ただし、もしこいつにメイドの才能がなかったらこいつの処置は私の自由にさせてもらうわよ」
「うむ!それでいいのだ!」
『それでいいのだ!』ではないです。全然よくない。なぜ僕の意思に関係なく話が進んでいくのか。
というか失敗したら絶対にろくな目に合わない。任務がどういったものなのか知らないが、ナグサの助けなしでは絶対に失敗する。どうにかしなければ。
「えっと、それ僕が辞退したらどうなるんでしょうか?」
「うむ!死刑ッ!」
……どうやら僕に人権というものはないようだ。
こうして僕はなにがなんだかわからないまま、メイド部に協力させられることになったのだった。