三話
焦げたようなにおいが鼻をくすぐる。ナグサの指先から放たれたビームはバケモノを貫通し、地面をえぐっていた。
情けないほど口をあんぐりと開けた僕を気にもとめずにナグサは僕が知りたいであろう情報を簡潔に説明していく。
「今出たのが魔物じゃな。で、その魔物を倒すのがメイドというわけじゃ」
「メイドって、あのメイド?」
「概ねおぬしが考えているそのメイドじゃ。まあ、戦闘を行うという時点でかなり違うともいえるが。ちなみにおぬしの学校にもたぶんいるぞ」
「えっ!?そうなの!?」
「たぶんな。そもそもわし、そこの卒業生じゃし。昔と変わらなければ今もいるんじゃないかのお」
そんなすごい人たちがいたなんて知らなかった。まあ、明らかにそんな組織、人前に出れるわけないしおそらく情報が秘匿されているのだろう。
「とはいってもメイドになれる才能の持ち主なんかそういるわけでもないし、せいぜい数名の女子生徒じゃろう。メイドになれるのは女子だけじゃしな。男じゃ魔物の姿すら捉えられん…………普通ならな」
なにか含みがあるような言い方でにんまりとこちらを見るナグサ。『普通なら』。僕は明らかにその魔物とやらを見れた。
「っま、理由はよくわからんが何事にも例外はあるものじゃ。ん?」
ナグサが横を振り向くと、物陰から先ほどと同じく異様な雰囲気を纏った魔物とやらがそこにはいた。ただし、子犬ほどの大きさの魔物たちが群れを成しているだけで僕でもあまり怖いとは感じなかった。
群れと化した魔物たちはこちらに猛スピードで向かってくる。顔という概念があるかどうかわからないが、こちらを襲い掛かるというよりもなんとなく死に物狂いでなにかから逃げているように思えた。
「なんじゃ、今日はよく魔物と会う日じゃな」
が。ナグサが指を突き出すと同時に魔物たちは消滅していく。先程と同じく、レーザーのようなものが寸分たがわず魔物を貫いていた。
だが魔物の体躯が灰のように霧散していく中、俺の心中に生じたのは命の危機が去ったことに対する安堵ではなくむしろなにかが得体のしれないものが迫ってくるかのような焦燥だった。
「そ、その、今の魔物ちょっとおかしかった気がする……」
「ん?おかしいとはなんじゃ?」
「なんというか、ネズミがライオンから逃げている感じというかなんというか……」
「んん~、言いたいことは何となくわかるが……そうかの?」
ナグサはいまいち首肯していないようだったが、僕はなぜか確信めいたものを得ていた。
先ほどの魔物たちは僕たちを視認したのかそれとも視認したが気にも留めなかったのかは知らない。が、その様子はなにか鬼気迫ったものを感じさせた。
―――まるでなにか恐ろしいものに追われていたかのように。
その時、地が揺れた。
天災。天変地異。そんな言葉でも言い表せないほどの空気の重さ。なにかが迫ってくる。だが、僕は一歩たりとも動けずにいた。それこそ蛇に呑まれる蛙のごとく。
なにかが自身の存在を示すかのように地を踏む。そして幾何の時間もなくそれは姿を見せる。
丸太のように二足足で立つそれは恐竜のような肉体を有していた。が、体の至るところに真紅の眼が点在していた。黒く光る皮膚と相まってなおさら不気味に映る。
「なっ、ジャイアントレックス……ッ!?」
隣ではジャイアントレックスという魔物の大きさにナグサも唖然としていた。先ほどの魔物たちはこの魔物から逃げていたのだ。
恐竜のような魔物は体を反らすと、ワニのような口を直角に開き膨大な量の空気を体内へと吸引。みるみる腹部が膨れ上がっていく。
―――逃げなきゃ。
さっきの魔物みたいに?
―――逃げきれない。
こんなやつ巨大なやつ相手に逃げれるわけがない。そもそも歩幅が比べようもないのだ。
意味のない問答を繰り返すこちらの意などしらず、ジャイアントレックスは限界まで反らした背をばねのごとく前面に顔面を突き出す。それと同時にジャイアントレックスは体内に吸引したありったけの空気を吐き出す。
竜の吐息。ミサイルのような空気の弾丸は辺りを半壊させながらこちらに迫る。
―――あっ、死んだ。
横からなにかに突き飛ばされたような気がした。そこで意識の糸は途切れた。