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体力テストと猫

「っしゃあ!」


身長計の上に立った藍星が突然ガッツポーズをして叫ぶ。


本日は新体力テストの日。テスト内容には1部めんどくさいものがあるものの、丸一日通常授業がないというのはなんとも楽だ。


「伸びてたのか?」

「おうよ!去年よりも5cm伸びて今年は174だ!」


身長が伸びていたことがよほど嬉しいのか満面の笑みでサムズアップしながら俺にそう伝える。

昔の藍星は背が低くて自分の身長のことをかなり気にしていたのだが、今ではクラスでも後半の方に位置する高さだ。

明らかに伸び始めたのは中2の半ばあたりだったはずだから、この一年半でとてつもなく成長したことになる。


「桜優はどうだったんだよ」

「俺は175cmだ。勝ったな」


1cm差なんてほぼ誤差だけど、それでもデータ上勝ちは勝ち。藍星に敗北感を味わわせるにはそれだけで十分だった。


とはいえ、俺はそろそろ身長が伸びなくなってきているし来年には抜かされている可能性が…というか、今の藍星の成長具合からしてまず間違いなく抜かされるだろう。


「そういえば、この後時間空くけど藍星はどうする?」


たった一センチでもやはり悔しいのか、恨めしそうに俺を睨む藍星に声をかける。


検査機器の都合上、検査と検査の間には暇な時間が生まれることがあり、身長体重を測り終えた俺たちはこの後30分近く暇な時間ができてしまう。

その間に何かやることが用意されているわけでもないで自分たちで時間のつぶし方を考えなくてはならないのだ。


「ん?いや、俺はこの後体育委員の仕事が…ってやば!悪い桜優、俺もう行かないといけないから」


時計を確認した藍星は、焦った様子で俺に一言声をかけどこかに駆けていく。よっぽど焦っていたのか、教室を出ていく時には扉に足をぶつけていた。


話から察するに、体育委員である藍星は運動能力検査の方で手伝わなければいけないことがあるのだろう。


そうなると俺は1人で時間を潰さないといけない訳だが…さて、どうしようか。


「ん?あれは……」


***


「どうかした?」


校舎から外に出てきた俺は、知り合いの後ろ姿に声をかける。


廊下の窓からその姿を見つけて気になった俺は、時間が空いていたこともあって中庭へと降りてきたのだ。


「っ!つ、月島君…」


いきなり声をかけられたことに驚いたのか、しゃがんでいた状態から勢いよく立ち上がってこちらに振り向く。

驚きの顔を浮かべはていたが、それに反して声はかなり小さいもので、大きい声を出しそうになっているのを必死に抑えているような様子だった。


「ごめん、驚かせた?」

「いえ、大丈夫です。それよりもしー、ですよ」


人差し指を口の前に持って行ってしー、とジェスチャーをする雨夜さん。

理由はよく分からないが、なにか静かにしなければならない理由があるようだ。


「それで、どうしたの?」


特に断る理由もないので、雨夜さんの要望に応えてヒソヒソ話をするように小声で問いかける。


「これ、見てください」

「これは…猫?」


雨夜さんがこれ、と指を指した先を見ると陽の当たるところで丸くなっている真っ黒い毛並みの猫が目に入る。

学園の敷地内のどこかに野良猫が住み着いているという話を聞いたことがあるのでおそらくそれと同じ猫だろう。


どうやら猫は眠っているようで、それを見てようやく雨夜さんが静かに話すよう言ってきた理由を理解した。


「はい、私検査時間に空きができちゃって…どうしようか悩んでいたらこの猫さんがいたので眺めていたんです。桜優君はどうしてここに?」

「俺も似たような感じかな、時間に空きができてどうしようか考えてたら廊下の窓から雨夜さんの姿が見えたから」


猫にさんをつける雨夜さんの姿がかわいらしいな、と頬が緩みそうになるのをこらえつつ、俺がここに来た理由を話す。


俺の場合は猫ではなく雨夜さんを見つけて来た訳だが、やっていることは大体同じことだ。


「猫、好きなの?」

「はい、大好きです!」


猫を見る視線がなんだかうっとりしているのでそうなのだろうと思っていたが、それがあっていたのか雨夜さんは目をキラキラさせて大きくうなずく。


『大好き』というその言葉は、自分に対してではないとわかっていても自分に言われているかと錯覚するほど真っすぐで、一瞬ドキッとさせられてしまった。


「桜優君は、嫌いですか?」


彼女の言葉に一瞬固まってしまいその様子がそう見えてしまったのか、心配そうな顔で尋ねられる。


「うーん、嫌いではないよ。好きって程でもないけど…犬か猫で言ったら猫派だな」


家で飼うという点で考えると、散歩に行く手間が省ける猫は犬よりも飼いやすくていいと思う。

それに、猫と一緒に暮らすと健康効果があると科学的に立証されているらしいからそういった点でも猫のほうが好みではある。あとは単純に猫のほうがかわいい。


俺がそんなくだらないことを考えていると、途端に猫がむくりと体を起こす。


「あ、起きちゃいました…」

「ちょっとうるさくしすぎちゃったかも、悪い」


このタイミングで起きてしまったのなら原因は俺が来たことによるものだと思うので、残念そうな顔をしている雨夜さんにそう謝罪をする。


「いえ、大丈夫ですよ。猫さんはもともと気まぐれなので…って、あれ?」


言葉の途中で雨夜さんが驚いたような声を上げる。

それもそのはずで、立ち上がってどこかに行ってしまうかに思われた猫がこちらまで歩いてきて、雨夜さんの目の前で再び丸くなったのだ。


「もしかして、撫でてほしいってことなんじゃないの?」


学園内に住み着いている猫だと考えると人にも慣れているだろうし、撫でてもらいに来るのもおかしな話ではない。

実際、整備員の人が定期的に餌をあげているようだしその時に撫でてもらうこともあるのだろう。


ちなみに、猫の健康のために生徒は許可なく餌を与えてはいけないというルールがあったりもする。


「ほ、ほんとにいいんでしょうか?」


口ではためらいながらも、撫でみたいという欲求には勝てなかったのか恐る恐るその手を伸ばす。

撫でられるのが気持ちいいのか猫もゴロゴロと声を漏らしていた。


猫と触れ合えていることが楽しいのか雨夜さんはうっとりした顔をしている。

そんな幸せそうな顔をしているところに声をかけるのは申し訳ないのだが、俺はそろそろ次の検査に行かなければならない。

というか、俺より先に来ていたことを考えると雨夜さんも次の検査が迫っているのではないだろうか?


「俺はそろそろ次の検査に行かないといけないんだけど、雨夜さんは時間大丈夫?」

「あ、それもそうですね…バイバイ猫ちゃん」


雨夜さんが撫でるのを止めると猫もこの場を去っていく。

まるで自分が構ってやっていたんだぞ、と言いたげな後ろ姿ではあったが、実際に構っている人がいたのを見るとあながち間違いではないかもしれない。


「あの、月島君…いつも申し訳ないとは思っているんですが、場所がですね?」

「あぁ、そっか、それじゃあ検査の場所を教えてくれる?」


一瞬なんのことか分からず考えてしまったが、いつも通り道が分からないのだろう。

そうなるとここまでの検査はどうしていたんだ、と思わなくもないがこれまではクラスの人と一緒にいたのかもしれない。


「次は50m走なので第1グラウンドです」

「了解!俺も同じだし一緒に行こうか」

「お手数おかけします…」


いつものごとく深々と頭を下げる雨夜さん。わざわざ謝ってもらうようなことでもないのだが、こればかりは性分のようで言っても変わることはなかった。

俺としては謝るよりもお礼を言ってくれたほうが嬉しいのだが、そこに関してはいつか変わってくれることを願おう。

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