月島桜優と学園の保険医
前書きとかって空いてるとなにか書きたくなるけど、何書けばいいかわかんないよね
今朝の約束通り雨夜さんと一緒に登校してきた俺は、教室前で彼女と別れ昨日割り振られたばかりの自分の教室に入る。
余裕を持って寮を出たため、教室にはまだ数人しか来ていないようだ。
「おはよう藍星」
そんな中既に登校していて、俺がクラス内で唯一話せる奴に声をかける。
「おう!おはよう桜優。お前いつの間に彼女なんて作ったんだよ」
元気に挨拶を返してきた藍星は、ニヤニヤ顔でそんなことを言ってくる。
もちろん現在俺に彼女なんていないし、それどころか今までできたことも無い訳なのだが、まぁ心当たりがない訳でもない。
「もしかして雨夜さんのことか?」
雨夜さんとは昨日出会ったばかりだけど、昨日今日と一緒にいた時間がかなり長い。
さっきも一緒に登校してきたばかりだし、見られていたならそう勘繰られるのも無理のない話だ。
「そうそう、噂になってるぜ」
「噂?」
「おう、俺はうちの寮の奴らが話してたのを聞いただけだけど、3組に可愛い子がいるけど彼氏持ちだったってな」
噂とは随分大袈裟なものだと思ったけど、まぁ確かにあれだけ可愛ければ男の影があるだけで噂にもなるかと1人納得する。
というか、雨夜さんは3組だったのか。
「それで、実際のとこどうなんだ?」
「別に付き合ってるとかそういうのじゃないよ。ただちょっと縁があって昨日からよく話すってだけだ」
特に言い訳をする理由もなくありのままを伝えると、藍星は途端につまらなそうな顔をする。
「そんなこったろうとは思ったけど…つまんねぇの」
「なんだよ、わかってて聞いたのか?」
「ま、お前は入学初日から好んで目立つようなことするやつじゃないしな」
「よくわかっていらっしゃる」
さすがは昔馴染みと言うべきか、俺の性格をよく理解しているようだ。
「それはそうと桜優、お前が来るちょっと前に狭霧?っていう先生が教室に来て、お前が来たら後で顔を出すように伝えろって言ってたぜ。お前何やらかしたんだよ」
そういう話は最初にしろ、と言いたいところだが、まぁあの人の用事なら大したことはないだろうし多少遅くなったところで文句を言われることもないだろう。
「なんでやらかした前提なんだよ…まぁいいや、時間もあるし今から行ってくるわ」
「おう、いってら」
***
俺を呼び出した人の名前は狭霧夕、この学園で教師をやっている人で俺にとっては従姉妹でもある。
実の所、彼女という親戚が働いているのも、俺がこの学園に来た理由の1つなのだ。
コンコン
「失礼しまーす」
開きっぱなしの扉を2回ノックし保健室に足を踏み入れる。
昔から保健室や病室にはそれなりに縁があるが、部屋に入った瞬間に薬品のような匂いが漂ってくるのは未だに慣れることがない。
誰もいない室内を見て不在なのかと思ったのもつかの間、隣の保健教諭室へと繋がっている扉から背の高い1人の女性が出て来た。
「はいはーい、どうしましたか…ってなんだ桜優じゃん」
「なんだ…って、呼ばれたから来たんだけど?」
「ごめんごめん、利用者かと思って」
白衣を纏ったその女性は子供のような笑みを浮かべながらそう言う。
彼女こそこの学園の保険教諭で、俺の従姉妹でもある狭霧夕、通称夕ねぇだ。
「それで、なんの御用で?」
挨拶がわりのじゃれ合いもそこそこに、本題の俺が呼ばれた理由について尋ねる。
「別に特別何かあるって訳でもないんだけど……最近の調子はどうですか?っていう挨拶みたいなものかな」
「それだけ?」
「うん」
昔から一緒で俺の事もよく知っているから心配してくれたのだろう。
てっきり何か手伝いをさせられるのかと思ってたから若干拍子抜けしたけど、なんとも夕ねぇらしい用件だ。
「そういうことなら、別に問題ないかな。ここ最近は好調って程でもないけどそれなりに安定してるよ」
「そう?それなら良かった」
「……」
「……」
「え、ほんとにそれだけなの?もう戻っていい?」
もうちょっと何かあると思っていた俺は、その場を支配する沈黙に耐えられずに言葉を漏らす。
「あ、うん。いや…もう一個あったわ、ちょっとまってて貰える?」
俺の言葉に肯定した直後、何かを思い出したのか俺を引き止めて、さっきまでいた教諭室に戻っていく。
何かを取りに行っていたのだろう、戻ってきたときには桜色の封筒を手に持っていて、すぐにそれを渡してきた。
「はい、これ」
よく分からないまま夕ねぇから封筒を受け取った俺は、何となく蛍光灯に透かしてみようとするものの、それだけでは中身が何なのかは分からなかった。
「…なにこれ?」
「うちの母親から、入学祝いだってさ」
夕ねぇの母親、つまるところ俺の伯母である狭霧小夜さんとは、俺の父親の姉ということもあって昔から付き合いがある。
ことある事にお祝いやプレゼントをくれるから、今回の入学祝いも言ってしまえばいつもの事だ。
「しっかし母さん、ほんとに桜優のこと気に入ってるよね」
「そうかもね、俺としては嬉しい限りだよ」
昔からよく世話を焼いてもらっているし、俺が遊びに行った時にはかなり喜んでいる印象もあるので、それなりに気に入られているという自覚はある。
うちの母親は俺が小さい頃に亡くなっていて、その影響で母方の親戚とはあまり関わりがないし、父親のほうもつい最近亡くなったばかりなので、いまだにこうして世話を焼いてくれる人がいるのは嬉しいことだ。
「何かお礼したいけど…しばらく会う機会もないだろうしなぁ」
伯母さんが住んでる場所に行くにはひとつ県を跨がないといけないから、行こうと思って気軽に行ける訳でもない。
本当だったら今日の入学式も来るつもりでその時に会える予定だったのだが、仕事が入ってそれは出来なくなってしまったらしい。
「んー、そういうことなら後でメールかなんかしてあげてよ」
「そんなんでいいの?」
俺としては楽なのでもちろん構わないのだが、むしろそんなことで大丈夫なのか、という心配はある。
「うん。桜優本人からの連絡なら母さんも喜ぶと思うから」
「それくらいなら、うん。わかったよ」
本当にそんなことでいいのかとも思うが、他でもない伯母さんの娘がそう言っているのだからまあいいのだろう。
「それじゃ、これはありがたく頂いておくよ。俺、教室戻るから」
「はいはーい、新しい学校生活を楽しんでね」
こうして、夕ねぇへの挨拶を終えた俺は自分の教室へと引き返した。
ちなみに、伯母さんから頂いた封筒の中にはなんとびっくり諭吉さんが5人も入っていたのだった。