月島桜優と朝のひと時
「知らない天井だ……」
目が覚めて開口一番、そんな定番の言葉を口から漏らす。
どこかに泊まったり引越しをしたりという経験は少ないから不思議な感覚だ。
昨日は雨夜さんと別れた後、基本的な寮の説明を受け、最低限の荷解きを行った。
疲れを残さないために敷布団を最優先で出したのが幸いしたのか、目覚めはかなりスッキリとしている。
ベット自体は備え付けのものなので準備もだいぶ楽ができた。
「しかしまあ、一人部屋ってのもすごい話だよな」
学園直属の寮と聞いて最低でも二人一部屋を想像していたのだが、全くそんなことは無かった。
一人部屋だからといって狭いなどということも無く、そこそこの広さが確保されている上に防音もしっかりしている。生活環境としてはこれ以上ないレベルだと言える。
これだけの設備があるのだから、この学園の人気具合も頷ける話だ。
「さて、これからどうしようか」
枕元に設置した時計を見てみると時刻は5時過ぎ、朝食を摂るにはまだ少し早い時間だ。
こんなに早い時間に体が起きてくれることはなかなか無いので、どう時間を潰すべきか少し悩む。
「ま、荷解きの続きでもして時間を潰すか」
昨日少し作業をしたとはいえ、まだ空いていないダンボールがいくつか余っている。どうせいつかはやらないといけない作業だし、時間が空いているなら早めに片付けておくべきだ。
そうして、1箱目に手をかけた俺は作業を開始した。
***
「よし、こんなものか」
作業開始から約1時間、きりよくダンボールを数個空けたところで手を動かすのを止める。
先程までシンプルだった部屋は、ほんの少し生活感を出す部屋へと生まれ変わった。
こうして見てみると、実際に必要なものはそこまで多くない。
むしろ本や雑貨など趣味的なものがほとんどだ。
「あと必要なのはカーテンくらいか…」
備え付けの半透明のカーテンしかつけられていない窓の方を見やると、眩しいくらいに朝日が差し込んでいる。
引っ越す時に遮光カーテンを捨ててしまったため新しく用意しないといけないのだが、それはまた今度買いに行くとしよう。
「そろそろ行くか」
時間的に食堂も開いた頃だろうし、朝食を食べてゆっくり準備すれば登校にはちょうどいい時間になるだろう。
そうして俺が自分の部屋を出るのと同時、示し合わせたかのように隣室の扉が開いた。
「あ、おはようございます月島君」
開いた扉から少し眠たそうにしながら出てきたのは、雨夜さんだった。
言い忘れていたが、俺と雨夜さんは部屋が隣同士だったのだ。
昨日管理人さんに鍵を渡された時は驚いたが、よくよく考えてみれば特段不思議な話でもない。
男女のエリアが分かれていないということには少々驚いたが、空いた部屋の端から順に埋めていったと考えれば、あとから寮入りしてる俺らが隣同士になるのも頷ける話だ。
「おはよう雨夜さん」
雨夜さんの挨拶に対して俺も挨拶を返す。
自室から出てすぐに知り合いに会うというのはなんだか不思議な感覚があるが、こういうのも悪くないと思ってしまった。
「雨夜さんは今から朝食?」
「はい。もしかして月島君も?」
「うん。そろそろ食堂も空いた頃かと思って」
朝の挨拶を交わし、なんでもない雑談をしながら食堂へと向かうその途中、雨夜さんがとある提案を持ちかけてきた。
「あの、もし良かったらなんですけど…一緒に食べませんか?」
「一緒にって、朝食を?」
「はい、えっと、特に理由があるわけでもないんですけど一人で食べるよりはいいかなと」
それはよく分かる。経験上一人で食べるのと誰かと食べるのとでは食事の楽しさにかなりの違いがある。
雨夜さんからの思いもよらない提案に若干の驚きはあったものの、特に断るような理由もない俺は、すぐにその提案を受け入れた。
***
視線を感じる。
雨夜さんと対面になるように座り朝食を食べ始めてからしばらく、周りの席が少しずつ埋まっていくのに比例してこちらを見る視線の数も多くなった。
どこか寝癖でもついているだろうか、とも思ったがそうでは無い。単に俺たちが珍しいのだ。
俺たちは昨日この寮に来たばかりだが、ほかの人たちはそうでは無い。
入居時期の差は1週間ほどしかないもののそれだけあればある程度顔ぶれは覚えてくるものだ。
そんな中、見覚えのない顔が二人も揃っていれば気になるというものだろう。
とはいえ、それだけが理由という訳でもなく本命はおそらく彼女、雨夜さんだ。
全体的に男子からの視線が多いことから、何となくそういうことなんだろうと察することが出来た。
これまであまり気にしていなかったが、客観的に見て彼女はかなり可愛い。
手入れの行き届いた長く艶のある黒髪、幼さは残っているが目鼻立ちの整ったその顔、そして何より彼女の品のある所作には自然と目が吸い寄せられてしまう。
「あの、月島君」
「うん?」
「私、寝癖とかついているでしょうか?なんだかさっきから視線を感じる気がするんですが」
そう言った雨夜さんは辺りをキョロキョロと見回す。てっきり俺が見ていたことに気がついたのかと思ったが、どうやらそうではなく周りからの視線が気になったようだ。
「寝癖とかは大丈夫。見られてるのは多分、俺達が珍しいんじゃないか?」
「珍しい…ですか?」
珍しがられている、ということにピンと来ていないのか、不思議そうな表情で顔を傾ける。
「うん。ほら、俺たちって昨日まではここにいなかったわけじゃない」
「あ、なるほど。確かに見慣れない人が居れば気になってしまいますね」
馬鹿正直に“あなたが可愛からです”なんて言う度胸を持ち合わせてなかった俺はそう言って誤魔化したが、それだけでも理由としては十分だったのかなるほどと納得した様子だ。
「話は変わりますが月島君、もし良ければこの後一緒に登校しませんか?」
視線の話を切り上げた雨夜さんは、朝食の誘い同様そんな提案を持ちかけてくる。
「もちろんいいけど、どうして……ってもしかして?」
「はい、昨日のこともあって校舎までたどり着ける自信がありません…」
昨日のことを思い出しているのか、雨夜さんはしょんぼりと肩を落とす。
昨日一日で2回も迷子になっていたところをみると、確かに一人で登校させるは俺も少し不安だ。
「そういうことならもちろんいいよ。なんなら慣れるまでは一緒に登校するようにしようか」
「助かります…」
朝食、登校とどちらも突然の話ではあったが、そうして一緒に登校する約束をした俺たちは、若干周りの視線を気にしつつも問題なく朝食を食べ終えた。
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