迷い人との再会
HRが終わり、ほとんどの生徒が寮や学外に出て行く中、俺はその逆方向へと足を運んでいた。
藍星含めクラスメイトの何人かに遊びに行かないかと誘われはしたが、部屋の荷解きもしないといけないためそちらは遠慮しておいた。
今は、早めに施設の位置関係を覚えておこうと学園内の敷地を軽く見て回っているところだ。この学園は施設の数が多いから敷地内を散歩しているだけでもなかなか面白いものがある。
ある程度の場所を回り終え、そろそろ寮に向かおうと考え始めたその時、ふと見覚えのある顔が近くのベンチに座っているのが目に入った。
少しして、向こうも俺がいることに気がついたのか顔を上げてこちらを向き、そうして目が合うかと思うと勢いよく立ち上がって小走りでこちらに駆けてくる。
「あの!今朝はありがとうございました!」
近くまで来た少女は、そう言って深々と頭を下げる。どうやら朝のお礼を言うためにわざわざこっちまで来てくれたみたいだ。
「気にしなくていいよ、お礼を言われる程のことでもないし」
朝のことは本当についでみたいなものだったし、気にされるようなことでも無いと思っている。
実際、それによって俺が遅刻するようなこともなかったわけだし、不利を被ったわけでもないので、そもそも気にする要素がない。
「それでも助かったのは事実なので、ありがとうございます」
俺がお礼はいらないと言っても、それでもと彼女は頭を下げる。どうやらかなり律儀な子らしい。
気にしなくていいとは言ったが、お礼を言われて困ることもないのでその言葉は素直に受けとっておくことにした。
「まぁ、どういたしまして。そういえば、こんなところでどうしたんだ?」
「いえ、それは、ですね……」
頭を下げられ続けるのも気分がいいものでは無いので、話を変えるようにそう聞いてみたのだが、途端に彼女の歯切れが悪くなり俺から目をそらすようになる。
この場所は寮や校門とはほぼ真逆の位置にあるし、用事がなければ来るような場所でもないはずだ。
だから彼女がここにいることが気になって聞いたのだが…聞かない方が良かっただろうか?
「えー、と聞かない方が良かった?」
「い、いえ!別に聞かれて問題のあることでもないんですけど、その...恥ずかしくて」
恥ずかしい?こんな場所にいて恥ずかしがるような内容、それに彼女のこの態度はもしかして...
「……迷子?」
彼女の態度が朝と少し似ているような気がして、思わずそう呟く。
その予想は図星だったのか、彼女の顔はみるみるうちに赤くなっていき、わたわたと手を振りながら弁明を始めた。
「こ、この学校が広すぎるのが悪いんです!どこへ行っても同じような景色ばかりですし、目印になりそうなものが全然ないんですもん」
「そうは言っても道の分岐点のところには立て札がなかったか?」
彼女の言う通り似たような景色の場所が多いのは確かだが、学園側だって馬鹿じゃない。そのくらいの対策はされていたはずだ。
とはいえ、その対策も気が付かなければないものと同じなわけで…。
「立て札……?」
人によってはその対策も無意味なものとなるらしい。
「まあいいや、とりあえずどこ行きたいか教えてくれる?道案内くらいならするよ」
「あ、えと…それじゃあ寮棟まで」
***
「それじゃあ雨夜さんも今日から寮入りなんだ?」
寮棟まで歩いていく途中、自己紹介も兼ねて互いについて軽く話をする。
彼女の名前は“雨夜 綾”さんといって、俺と同じく今日から寮入りするらしい。
「はい、家の事情もあって今日までここに来れなくて…。あれ?私もってことは月島君もですか?」
「うん、もっと早く入っていれば今朝も遅刻ギリギリになることなかったんだろうなって、ちょっと後悔してる」
「そういえば、学校までは迷わずに来れたんだ?こう言っちゃ悪いけど雨夜さん方向音痴でしょ?」
今朝、今と短期間で二度も迷子になっているところを見るとそれは間違いないだろう。
駅から学校まで距離はそう遠くないものの、一本道という訳でもない。
学園の敷地内ですら迷うほどなら、ここにたどり着くためにそれなりの時間を要しそうなものだけど。
「うぅ…はい。親もそれがわかってるから、学校までは車で送ってくれたんです。けど、まさか私も敷地内で迷うことになるとは思ってなくて…」
「だから今朝はほんとに助かりました。ありがとうございました!」
「どういたしまして…っと、着いたな。ここが寮棟みたいだ」
話しながらも歩くこと数分、似たような建物が12棟並ぶ場所にたどり着く。ここがこの学園における寮棟のエリアだ。
星ノ森学園では全ての生徒が全12寮のどこかに住むことになっており、学校行事の中には寮対抗で行うものもあるそうだ。
ちなみにだが、各寮には12星座にちなんだ名前がつけられていて、それぞれ外壁の色やモニュメントにも若干の違いが現れている。
「そういえば、雨夜さんはどの寮なの?」
話の流れで、なんとなく気になったことを聞いてみる
「えっと確か、天秤座寮…だったと思います」
天秤座寮――壁が薄黄色で天秤の石像がモニュメントとして飾られている寮だ。
ちなみに俺も天秤座寮である。
「お、それなら俺と同じだ。念の為寮の入口までは送っていこうと思ってたんだけど、その必要もなくなるな」
「そうですね。私もこの距離で迷うとは思いたくないですけど自信はあまりないですから」
学園の敷地で迷子になるという前科のある雨夜さんは苦笑気味にそう答える。
「それじゃあまぁ、同じ寮なら何かと関わることも多いだろうし改めて、よろしく」
そう言った俺は、同じく「よろしくお願いします」と丁寧に返事をした雨夜さんと軽めの握手を交わした。
***
「ふぅ…」
与えられた自分の部屋に入って必要な分の荷解きをした俺は、出したばかりの布団の上で小さく息を吐く。
思い返してみるとなんだか忙しい一日だった。
朝から遅刻しかけて、その流れで雨夜さんと知り合って、一日で何かと縁のあった彼女だがまさか寮まで同じだったというのは驚きだ。
藍星が同じ学校に入学してて、その上同じクラスだという想定外もあったが、この調子ならなんとかうまくやっていけるだろう。
いくつか心配なこともあるが、こうして俺の新しい学園生活が幕を開けた。