入学式と迷い人
「はぁ…はぁ…間に合った!」
星空の街、星ノ森。
全国で最も天体観測に力を入れてる街として有名なこの街は、近年では観光客の数も増え続け、今では立派な観光地としても知られている。
そんな星ノ森の中心であり、最も栄えている星ノ森駅周辺から、少し街はずれへと出てきた辺りに、俺の目的とするその場所はあった。
本日の日付は四月七日、穏やかな陽気に包まれ、辺りには桜の咲き始めた今日この頃。
ここ、星ノ森学園では入学式が行われる。
そんな大切な今日という日に、俺――月島桜優という人間は愚かにも遅刻をしそうになっていた。
最寄り駅から全力で走ってきたおかげでまだ遅刻にはなっていないが、時間はかなりギリギリで油断はできない。
この学校は全寮制で事前入寮ができるため、既に入寮していたのなら遅刻の心配なんてなかったのだろう。
しかし俺は、諸事情で入学式である本日入寮することになっているので、こうして駅から走って来るような自体に陥ってしまったのだ。
まだ息は切れていて、久々の運動だったために足も小刻みに震えているが、だからと言ってここでもたもたしていてはわざわざ走ってきた意味がない。
そう考え、入学式の会場へと歩き始めようとしたその時だった。
「あ、あの~」
可愛らしくか細い声が聞こえると同時、制服の裾を何かに引っ張られる感覚がした。
声のした方へ目を向けてみると、俺と同じ星ノ森学園の制服を着た女の子が不安そうに俺を見上げている。
俺との身長差もあってか、その仕草は小動物のようだ。
一瞬知り合いだろうか、とも考えるが、いくら記憶を辿っても彼女のその顔に覚えは無い。
おそらく初対面だろうと結論づけてその子と接することにした。
「どうかした?」
俺がそう問いかけると、先程まで不安そうな顔をしていた少女は、一転安心したような顔に表情を変える。
「いえ、その…私新入生なんですけど入学式、というか体育館の場所が分からなくなってしまって……」
ここ、星ノ森学園はかなり広大な土地を有している。敷地内には校舎やグラウンド、体育館といった一般的なものに加え、学生寮や講堂、コンビニなどと様々な施設がある。
事前資料の中には敷地内の地図も入ってはいたが、それでも馴染みのない場所だ、迷う人がいるのも当然といえる。
「それなら、もし良ければ俺と一緒に来る?俺もこれから行くところなんだ」
そういうことなら、と思い俺はそんな提案をする。どちらにせよ体育館には行かないといけないのだから、人1人連れて行くことなど造作もない。
「いいんですか!?あ、でも迷惑じゃ……」
よっぽど困っていたのだろう、その子は俺の提案に対してかなりの反応を示したが、俺に迷惑をかけることを気にしているらしい。
「さっきも言ったけど、俺も行くところだから迷惑なんかじゃないよ。あ、ただ少し急ぐからそこは許してね」
「も、もちろんです!」
そうして彼女の返事を聞いた俺は、万が一に遅れることのないように、すぐにその場所から動き出した。
***
結果として俺はギリギリの時間で滑り込み、入学式を無事に終わらせることが出来た。
先程の彼女――そういえば名前を聞くのを忘れていた――とは体育館に入った時点で別れていて、今は自分のクラスへと移動してきたところである。
みんなクラスメイトとの接し方を探っているのか、教室を見回してみても賑やかに話しているような人はあまり居ない。
いたとして、せいぜい隣席の人と座って話しているくらいで、それだって小声でひそひそと話す程度だ。
「お隣さん、よろしくな!」
そんな中、例にもれず俺の隣の奴も声をかけてくる。
他と違うのはその声がかなり大きいものだったことで、そのせいかかなりの注目を浴びてしまっているようだ。
普段だったら気にしているところだが、今の俺にはそんなことを気にしているような余裕は無かった。
自分の目に映っているものが信じられず何度も目を擦ってみるが、そこに映るものが変わるようなこともない。
「...藍星?」
「桜優...だよな?」
視線がぶつかり、ほぼ同時に確認するかのように互いの名前を呼ぶ。
俺の目がおかしくなったのかと疑っていたのだが、どうやら正常だったらしい。
俺の隣の席に座っていたのは小学校低学年からの知り合いで、昔から一緒にやんちゃしてた芹澤藍星という男だった。
最近はあまり会っていなかったが、色素の薄い髪色に軽薄そうな顔なのは今でも変わっていない。
まあ、今この時に限って言えば、その顔も驚愕の顔に変わっているが。
「久しぶりだな、藍星もこの学校だったのか」
「そっちこそ随分と久しぶりじゃないか。心配...してたんだぞ」
あんなことがあってからはあまり話していなかったが、まさか同じ学園に来ているとは思いもしなかった。
できる限りこの学園に進学しようとしてる人は調べたつもりだったのだが、確実に調べ切るというのは難しかったようだ。
「その...元気してたか?」
「まぁ、それなりに?」
話すのが久しぶりなのもあってぎこちない話し方だったが、幸い話のネタには尽きず互いの近況をはじめとした様々な話をする。
だが、その中で一つだけ気になることがあった。
「なぁ藍星、その喋り方どうにかならないか?」
藍星は先程からこちらに気を遣うような話し方をしている。
昔から知っている奴が慣れない話し方をしていると少し...というかかなり気持ち悪い。
藍星がどうしてそんな話し方をしているのか心当たりはあるが、それでも気持ち悪いものは気持ち悪いのだ。
「いや、でも...」
「あのこと、俺ももう気にしてないからし、藍星がいいなら普通にしてくれないか?」
「そうか?まぁお前がそう言うなら...」
完全に元通りとは言えないが、藍星の態度が少しもとに戻ったように感じる。
ある程度態度がおかしいのはもはや仕方のないことなのだろう。
俺だって、本当にまったく気にしていないわけではないし、こればかりはどうしようもない。
「おう、同じクラスなんだ。これからまたよろしく」
「わかった、よろしくな。桜優」
そうして慣れない握手と挨拶を交わした俺たちは、教師が入ってきたのを見て自分の席に座り直す。
担任であるその教師の話を聞きながら、これからこの学園での生活が何事もなくうまくいくことを祈るのだった。