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1.図書委員

「なー、知ってる?」


 坂上さかがみ喜一きいちは自分の隣でそう言った友人の言葉に、曖昧に相槌を打った。

 そもそも内容を言っていないのに、そのことについて知っているのか問われても答えようがない。しかしそんな文法やルール無視のしゃべり方は喜一の友人、近藤草太(そうた)にとってはいつものことで、あえて指摘する程のことでもなかった。


「5組の会田って、お前のこと好きらしいよ」

「あっそ」


 喜一と草太は市内の中学に通う男子生徒だ。学年は現在二年。まさに思春期真っ盛りの年頃なのだが、喜一は友人の恋バナには興味を示さなかった。

 何故か草太は女子のようにこの手の話を好む。それとは反対に、喜一はいつもそれには乗ってこなかった。

 草太は不満そうに口を尖らせる。


「なんだよ。気になんねぇの?」

「会ったことのない奴の事なんか知らないよ」


 素っ気無く言うと、喜一は食べかけのアンパンに齧り付いた。草太はその横で大袈裟に溜息をつく。


「勿体ねぇなぁ。会田って可愛いし、結構男子に人気あるんだぜ? お前ってホント、女子に興味ないのな」

「…………」

「もしかしてホモ?」

「バーカ」


 ジロリと草太を睨むと、ズズッと音を立てながらパックの牛乳を飲み干す。それを器用に潰してパンの袋と共にビニール製の買い物袋の中に入れた。


 喜一は女性自体に興味が無いわけではない。当然魅力的な女性を見て思うところもあるし、興奮もする。ただ、特別に想う相手が今はいないだけだ。以前にも草太にそのことを告げたことがあるのだが、未だ彼はこんな風に喜一のことをからかった。


「そういうお前はどうなワケ?」

「ん? どうって?」

「花田詩織」

「あぁ、別に」


 もうすぐ昼休みも終わるというのに、草太はのんびりとおにぎりを頬張りながらそう答えた。このやり取りもいつものことだ。


 草太は同じクラスの花田詩織という女子生徒のことが好きなのだが、特に進展無くとうとう一年が経ってしまっていた。

 花田は顔も可愛いし、明るい。男子も女子も関係なく声をかける生徒で、男子の人気もかなり高い。しかしその事が草太が中々告白に踏み出せない理由でもあった。草太にとって花田は仲の良い女子だが、花田にとってはしゃべれる男子の中の一人に過ぎない。それを草太自身もよく分かっているし、彼女に人気があるのも悩みの種の一つだ。


 顔が良いのは認めるが、喜一は今ひとつ花田を好きになれなかった。喜一も花田とは話す方だが、女子特有の声の高さや誰にでも振りまかれるあの笑顔は喜一の好むものではなかった。


 恋バナは女子の特権だと思われがちだが、そうじゃない。当然男子だけが集まればそんな話もする。二人の周りでもそんな話が出ることは多く、喜一も友人達の恋愛話に耳を傾けている。

 だが、未だ喜一にはそんな風に思えるような相手が出来なかった。「隠すなよ」とか言われるがそうじゃない。その事に対して焦りもない。

 「ジジ臭い」と言われた事もあるが、むしろ逆なのではないだろうか。年齢は達していても、まだ心の中の成長は思春期まで辿り着いていないのかもしれない。時々、そんな風に思うことがあった。


「あ、やベ」


 昼休み終了のチャイムが校舎内に鳴り響く。草太は慌てておにぎりを口の中に放り込み、それをお茶で流し込んだ。それを見届けてから喜一は立ち上がり、草太と共に空き教室を後にした。





 * * *


 2年5組 小森晶


 手元の貸出カードに書かれた名前を、喜一は頭の中で反芻した。


(こもり、しょう?)


 何と読むのか自信が無いまま、なんとなく目に留まったそのカードの裏を捲る。そこにはびっしりと貸出日と返却日が書かれていた。

 小森、という生徒は熱心に図書室に通っているようで、一週間に二度は本を借りている。喜一はそれを生徒が返却した本と確認すると、クラスごとに分かれているカードの棚に戻した。


 喜一はクラスの図書委員だ。放課後、同じ委員の窪坂と共に、現在返却された本の処理をしている。

 チェックが終わり積み重ねられた本を持つと、喜一はそれを棚に戻す為に立ち上がった。一度に持つのは十冊程度。種類別に分けられた本の山の中から小説を取った。窪坂も同様に本を持ち上げるとそれぞれ本棚に向かう。


 喜一は図書委員の仕事の中でこの作業が一番好きだ。乱雑に重ねられた本を整理して元の場所に戻す。背表紙に張られたシールの順に棚に並べていく。在るべき所へ本を戻すと妙にすっきりして心地良い。

 喜一は特に潔癖症でもなければ、整理整頓が好きなわけでもない。自分の部屋は十四歳の男子らしくいつも散らかっているし、掃除は面倒なので好きじゃない。

 けれど図書室という数え切れないほどの本が並んでいるこの場所ではそれも違った。真っ直ぐに立てられた本達を見ていると、自分達はこうでなければならないのだ、と言われている気分になる。喜一自身は本達にとって従者のようなもので、喜んで喜一は彼らが凛と立つのを手伝うのだ。


 手際よく次々と本を返却していると、「すいません」と控えめな声が掛けられた。


「はい」


 反射的に返事をして振りえると、そこには自分より少し背の低い女子生徒が立っている。長い髪は二つに結んで前に垂らされ、彼女の手には本が一冊握られていた。


「これ借りたいんですけど」

「あぁ」


 ふとカウンターを見ると、窪坂もまだ返却作業をしているようで誰も居ない。「どうぞ」と言って、喜一は彼女と共にカウンターに向かった。

 喜一は中に入り、本を受け取る。それは何年か前に映画化された長編小説だった。喜一は映画も見ていないし、小説も読んだことが無かったがCMなどで目にしたことがあるタイトルだ。

 背表紙裏の貸出カードを抜き取り、彼女が差し出した個人の貸出カードを受け取った。本のカードには貸出日と生徒の名前を、個人のカードには貸出日と本のタイトルを記入するのだ。

 そこで彼女のカードを見ると、一瞬喜一の手が止まった。カードには小森晶と書かれていた。


(さっき、返却したばっかりのカード。もう借りるのか……)


 そんなに本が好きなんだろうか。

 チラリと顔を見ようとしたが、彼女が自分の手元を見ている事に気付いて止めた。見られていることで少し居心地の悪さを感じながら、貸出の処理を終える。本を彼女に渡して「返却日は一週間後五月十四日です」と言うと、彼女は小さく「はい」と返事をした。


 彼女の目元が少し細くなる。微笑んだのだ。

 別に図書委員なんかに愛想を振りまかなくてもいいのに。そう思った瞬間、明るい声が飛び込んできた。


「アキラ!!」


 それが知っている声だったので、思わず声の方を見た。するとそこには花田が立っている。


「詩織ちゃん」


 呼ばれて、返事をしたのは小森だった。


(あきら?)


 思わず手元のカードに目を落す。確かに『晶』はアキラとも読む。


(女子なのに、アキラか……。変わってんな)


 改めて彼女を見る。すると名前を知らなかった最初の印象とは違って見えた。何処にでもいる地味な生徒だと思っていたのに、今は白い肌や二重の大きな瞳が目に付く。本を握る手は細く、指が綺麗だ。

 喜一の目には、彼が並べた図書室の本達の様に凛とした姿に見えた。





 * * *


「なぁ~にが、ミステリアスだよ」


 自分の机に頬杖をついて、草太はふてくされた表情をしている。


「それを俺に言われても……」


 その態度に、困ったように喜一は溜息をついた。

 どうやら先程花田に『坂上君はミステリアスでかっこいい』と言われたらしい。ミステリアス、と言われても自分自身そんなつもりは毛頭ないし、大した秘密もありはしない。


「喜一なんかただのムッツリじゃんか」

「八つ当たりすんなよ……」

「だってさぁ~」

「そもそもなんでそんな話になったんだよ」

「俺とお前が仲良いのが不思議だって言うから、何でか訊いたんだよ。そしたら『近藤君は子犬みたいで可愛いけど、坂上君はミステリアスな感じじゃん。全然雰囲気違う』って……」


 花田の声真似なのか、声を高くしてセリフを言う草太に思わず笑ってしまう。すると「何笑ってんだよ」と草太は喜一を睨んだ。


「声、全然似てない」

「今重要なのはそこじゃないだろ!」

「別に、花田が俺のこと好きなわけじゃないだろ?」

「……分かんねぇじゃん、そんな事。可愛いよりカッコイイの方が確率は高いだろ?」


 声が低くなっているのを考えると、自分で言って落ち込んでしまったようだ。花田の一言に一喜一憂しているのを見ると、さっさと告白してしまえばいいのに、と思う。草太の前で口にはしないけれど。

 喜一は話題を変えようと明るい声を出した。


「なっ。そう言えば小森って知らね?」

「はぁ? 誰それ。知らねぇ」

「五組の小森こもりあきらだよ。俺よりお前の方が知ってると思ったんだけどなぁ」

「さぁ? 五組にそんな奴いたかぁ? そいつが何なの?」


 面倒くさそうに見上げる草太に、喜一はほんの少し緊張しながら思い切って口を開く。


「一目惚れした」

「…………」


 草太は先程までの落ち込みなどどこかにふっとんでしまったかのように、唖然とした顔で喜一を見返した。その口は半開きのまま止まってしまっている。


「……なんだよ」


 恐る恐る聞き返してみると、草太は寄り掛かっていた机から体を離した。まるで喜一から少しでも離れようとするかのように椅子の背もたれに体重を預ける。


「……お前、やっぱりホモだったのか?」

「は?」


 草太が何を言っているのか分からず、喜一も言葉を失った。顔を引きつらせる草太をまじまじと見て、ようやく彼の誤解に辿り着く。


「あ、あぁ! 違う違う。小森は女子だよ。名前はアキラだけど、正真正銘女だから。女子の制服も着てたから安心しろ」

「……は? そうなの?」


 まだ喜一の事を信じきれないのか、草太の背中は背もたれに張り付いたままだ。喜一は溜息をついて「お前な……」と漏らした。


「ははははっ。ゴメンゴメン。だってアキラって聞いたら、誰だって男だと思うだろ?」

「まぁな……」


 ようやく誤解が解けたところで、今度は草太の顔にニヤニヤとした笑みが浮かぶ。それを見て、喜一も自分が先程言った言葉を思い出し、耳が熱くなるのを感じた。


「いや~、今まで女子に興味なかったお前が一目惚れなんてなぁ。もしかして、すげー可愛い子? どこで知り合ったんだよ」


 水を得た魚、とはこの事だ。急に調子付き始めた友人の言葉に、「うっ」と息を飲む。

 彼女とは昨日の放課後に初めて会ったばかりだ。それどころか彼女にとって自分は図書委員の中の一人で、つまり坂上喜一としてはまだ出会ってもいない。

 それを説明すると、草太は偉そうに腕を組んで大仰に溜息をついた。


「なんだよ、喜一~。ダメダメじゃん。そんなの始まってもないぜ」

「……分かってるよ」


 今度ふてくされるのは自分の番だった。正直に言えばこの歳にしてやっと初恋を迎えたのだ。女性との出会いを上手く乗り越えられなくても勘弁して欲しいと思う。


 その後も、草太にダメだしされながら喜一は休み時間を過ごした。





 * * *


「地味だな」

「花田に比べれば大抵の女子は地味だ」


 小森晶を見て言った草太の一言にムカッときて、喜一はそう口にしていた。


 現在は体育の授業中。小森の五組と喜一達六組は合同でサッカーを行っている。女子と男子とでチームは別れているが、自分達の休憩中に喜一は草太に小森晶の事を教えていた。

 彼女は今六組のチームと試合中で、慣れない仕草でサッカーボールを追っている。その様子を見ると少なくともサッカーが得意ではないようだ。だが、走り方を見れば運動自体が苦手ではないように見える。

 彼女のチームが点を入れると、クラスメイトに汗の滲んだ顔で笑顔を見せた。その表情に思わず目が釘付けになる。


「き~い~ちっ!」

「うわっ、バカ! やめろ!!」


 ぼーっと彼女の事を見ていたのが面白かったのか、からかうように草太は喜一の頬を人差し指でつついた。するとそれを見ていた一部の女子からクスクスを笑い声が漏れる。草太は喜一の肩を抱くとこっそりと囁いた。


「そんなに見てると周りにバレちゃうんじゃ~ん?」

「うっ……。俺そんなに見てた?」

「チョー熱い視線送ってた」


 顔が赤くなりそうになって両手で覆う。いつもはクールな喜一が見せた事のない反応に、草太のテンションは高くなるばかりだ。


「赤い!!! 喜一赤いよ!!」

「うるさいっ!! ちょっと黙れ!」


 今度は喜一が草太をヘッドロックする。ピーッとグラウンドに笛が鳴り響いて、今度は喜一達の試合の番だった。


「ほら、行くぞ、草太」

「へいへい~。彼女にいいトコ見せなきゃねぇ~」

「……うるさい」


 試合が始まっても周りの視線が気になって、喜一は試合に集中する事が出来ないでいた。当然良い所を見せる事など出来ず、授業が終わる頃には汗だくの体で落胆の溜息をつく羽目になった。






「坂上君!!」


 廊下で呼ばれた名前に振り返ると、喜一に声を掛けてきたのは知らない女子生徒だ。背が高く、ショートカットの髪が良く似合っている。見ただけで運動部だろうと分かる快活そうな彼女を見て、喜一は戸惑った。


「……何?」


 なんと言えば良いのか分からずそれだけ口にすると、それを気にした様子もなく彼女は話を続ける。


「さっきの体育の時間、うちのクラス見てなかった?」


 うちのクラス、と言われても……。そう思ったが、自分が知らない生徒なのだから、きっと彼女は五組なのだろうと思い立つ。すると同時に小森を見ていたことを思い出した。周りには見ていたことがバレてしまったのだろうか。


 動揺するのを隠す為に顔に力を入れて、喜一はそっけなく言葉を返した。


「別に。……見てないけど」

「そう? 残念」

「…………。もういい?」

「あ、うん。ごめんね。じゃあね~」


 それだけ言うと、彼女は手を振って廊下を走って行ってしまった。その先で待っていた女子の塊と合流するとキャーッと小さな悲鳴だか歓声だか分からない声を上げていなくなる。


「何だあれ……」


 呆気にとられていると、ずっと隣でそれを見ていた草太が喜一の脇腹を肘で突付いた。


「あれが五組の会田だよ」

「……あぁ」


 先日草太から聞いた、自分の事を好きらしい女子。まさか知り合いでもないのに突然声を掛けてくるなんて思いもしなかった。


「お前、ああいうのに対してはクールだよな」

「いや、クールって言うか……。何しゃべったらいいのか分かんないだけなんだけど」

「それが顔に出ないからクールなんだと勘違いされるんだよ」

「そんなこと言われてもな……」

「お前モテるんだから自覚持てば?」

「俺のこと勘違いしてる奴からモテても嬉しくない」

「おぉ~、言うねぇ~。でもモテない奴からすればその発言がムカつく!」

「バカ! よせっ!」


 不意打ちで脇腹をくすぐられて思わず体をくの字に曲げる。その隙に足の速い草太は教室へと走り出した。


「草太!!」


 追いかけても無駄だと分かっているので、仕方なく歩いて教室へ向かう。


 すると、思わぬ所で草太に追いつくことが出来た。廊下から階段を上がった所で、草太が立ち止まっていたのだ。


「おい、どうした?」


 声をかけて草太を見ると、前には女子生徒が一人階段にしゃがみこんでいた。

 どうやら走っていた草太が彼女にぶつかってしまったらしく、「ごめん、大丈夫だった?」と謝っている。女子生徒も怪我などはしていないようですぐに立ち上がった。

 ほっと胸を撫で下ろしている草太に、喜一は軽くその短髪の頭をペシッと叩いた。


「バカ。気をつけろ」

「ゴメンて」

「あ、あの。大丈夫だから……」


 そう言って顔を上げた生徒の顔を見て、喜一は固まった。控えめに草太に微笑んでいるのは小森晶だったのだ。草太も今気が付いたようで、隣で息を飲んでいる。


 あまりの突然の出来事に、喜一の心臓は別の生き物のように暴れ出した。去年の弁論大会に出た時だってこんな風に緊張したりはしなかった。急激に体が熱くなり、手に汗が滲む。

 草太は喜一の様子をちらりと見ると、小森に話しかけた。


「ゴメンなぁ。こいつが後ろから俺のこと追いかけてくるもんだから、ついつい全力疾走しちゃって~」


 笑いながら言った草太の言葉がなんとか耳に届いて、喜一は慌てて口を開く。


「な、何言ってんだよ! お前が、勝手に……その、走り出したんだろ……」


 何とか搾り出した言葉も、しどろもどろになってしまってかっこ悪い。それが益々喜一を焦らせた。だが、小森は喜一のおかしな様子に気付かないのか、のんびりとした声で笑った。


「そうなんだ。私もね、本を読みながら歩いてたから前方不注意だったの。だから気にしないで?」


 彼女の声を聞くと昨日の事が蘇る。あの図書室の風景を思い出すと、喜一は少し心が落ち着くのを感じた。


「そっかぁ。じゃ、お互い様ってことで」

「何がお互い様だ。99パーお前が悪い」

「えぇ!! せめて97にして?」

「大して変わんないだろ、ソレ」


 二人のやり取りに小森の笑みも深くなる。クスクスと小鳥のように小さく笑う彼女の笑顔を見ていると、段々と心臓が落ち着きながらも温かくなってくのを喜一は感じていた。

 すると、再び草太が脇を突いてくる。


(うっ……)


 その意図がすぐに分かって、喜一は再度緊張しながらもなんとか口を開いた。


「あの……、小森さん、だよね?」


 それを聞いて、ぱっと彼女が顔を上げる。真っ直ぐに彼女の目に見つめられ、喜一は心臓が止まりそうだ。


「あ、えと……、俺図書委員なんだけど、昨日本借りに来てたから、カード見て、名前、なんとなく覚えてて……」

「あ、そっか」


 彼女は大きな目を何度か瞬かせた後、柔らかい笑みを見せる。その笑顔に勇気付けられ、喜一は名のりを上げた。


「あ、俺は……」

「坂上君」

「え……」

「だよね?」


 あまりの驚きに一瞬言葉を失ったが、首を傾げる彼女に慌てて首を縦に振る。


「あと、近藤君」

「お、俺の事も知ってんの? やりぃ~」

「だって、二人とも有名人だもん」


 この言葉には喜一も草太もお互いの顔を見て首を傾げた。


「喜一、俺らって有名だったんだ?」

「……初耳」


 すると今度は小森が驚いた顔を見せた。


「有名だよ! あ、でも、もしかしたら女子の間だけなのかな?」

「はぁ?」


と、草太が眉根を寄せた所で予鈴のチャイムが鳴った。小森とはそこで別れ、二人は急いで教室へ向かう。


 喜一の胸には彼女が自分の事を知っていてくれた事の喜びがジワジワと広がってきて、教室に入るまでの間にニヤけてしまう表情をどうにかしようと顔に力を入れた。

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