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階段を降りた先の洞窟には風が吹いており、土と岩の中間のような床、壁、天井には木の根とも枝ともつかない物が這っていた。
マナに満ち、風の庭程ではないが、粒子の発光現象が見て取れた。
壁面にはもう1つ特徴があった。
「壁画か・・風の牙ダンジョンでも見た」
それは古いことは古く、ダンジョンによる変質も見られるが、どこか子供の落書きじみた物で、風の牙ダンジョンでもしばしば見掛けた。
「洞窟全体としては元から谷まで繋がっていたようなんだけど、わたくしの先祖が何かの拍子にここを見付けた時点ではね、ここは崩落によって閉じられた僅かな空洞しかなかった」
ニャッハは懐かしむように言い、地下への階段の側にあった台座の上の宝珠にワンドでマナを付与した。
オーブは光り、宙に当時の様子? を映しだした。
確かに、そこはただの平たい壺型の空洞に過ぎなかった。床の1部は小川になっており、水は空洞の端の穴に消えていた。
小さくとも今とは形状が違い、天然の洞窟その物で、つらら石や石筍の先にマナが籠って発光していた。
そこに神話のような古風な装束のワースクワール等の獣人種の子供らが入り込んで壁に落書きをしたりして、遊んでいた。
「資料を元に魔法で創作して物か?」
「いや、多くはダンジョン化した洞窟自体の記憶を利用している」
「特殊だな・・」
「凄い魔法ですね。ヨカ朝の頃でしょう?」
「特別ナ家ノ魔法ナノダ!」
ニャッハは壁画に触れた。壁画は連鎖的に反応して画をなぞってマナの光が拡がる。
「ここは、フェアリーガーデン家の子供達の秘密の隠れ家に過ぎなかった。だが、洞窟その物は長い年月の中で土地のマナを蓄え、ダンジョン化の兆候があった。ダンジョンは、待っていたんだ。自分が誕生する、切っ掛けを」
「それを先祖が?」
「そう。規模の大きな天然のダンジョンは、余程好条件は重ならないと発生しない。この洞窟もそれにつらなる風の牙の谷も、もう一押し、発生の要素が足りなかった。それを、補ったんだ。自分の中で遊ぶ、何代にも渡る子供達のまだ見ぬ世界への空想で」
壁画の光の拡がったダンジョンは脈打つようだった。
オーブの映像で映し出される空洞の様子がすっかり加工された古風な集会所のようになり、出てくる獣人の子供達の服装も古風であっても神話という程の格好ではなくなっていた。
「ちょうどヨカ朝が終わる頃、閾値に達した。地下洞窟は完全にダンジョン化し、その隠れ家で遊んでいた、わたくしの直系の先祖を除く子供達は最初の迷宮の主としてダンジョンに取り込まれたんだ」
オーブの中の空洞の谷側の外壁が突然崩れ、マナでできた半透明の巨人の腕に捕えられてゆく子供達。唯一、ワースクワールの子供だけが既成品と見た目が違うが現代で言う所の魔法道具、脱出の鏡、を使ってテレポートで離脱に成功していた。
「子供達は想像力のまま巨大な風の牙ダンジョンを発生させた」
捕えられた子供達は道化のような魔物に存在を作り替えられ、楽しさと好奇心と空想だけで、生き生きと洞窟を拡張し、繋げ、谷までの道を開通し、谷を巨大迷宮へ変貌させていた。
確かに最初期に討たれた風の牙ダンジョンの主は、風の道化、呼ばれる子供のような魔人達であったと記録にはあった。
「その後、一定の鎮圧が成される数年の間に、この周辺の地域にどれだけ被害が出たことか・・唯一逃れたわたくしの先祖はせめて風の牙ダンジョンの発生源である地下洞窟だけはどうにか封じようと、生涯を掛けて洞窟に干渉する風の庭のある家を造ったんだよ」
1人逃れ、絶望し、難民キャンプに流れ着いたワースクワールの子供は、出自を偽って、痩せた、質の悪いパンを売る職人になったが、ある日、リーテ私兵団によって、風の牙ダンジョンの道化の主達が多数討たれ、探索が容易になったが、ダンジョンの形状が不安定化もしていると噂を聞き、行動を起こすことを決意。
なけなしの私財を持ち込み、とある魔法使いに弟子入りしていた。
それから続いた、修行、初代モリオの製造、1度滅びたラメント郷への再訪、地下空洞への入り口の発見、風、地、植物の精霊との契約、
魔物化した入り口を倒し鎮めるだけで初代は老い、それから4代かけて谷までの変動し続けていた洞窟は鎮められた。
一族はそのまま土地の守り手としてラメントの地に定着したが、やがて復興し、町へと発展してゆく中でフェアリーガーデン氏の役割は町の人々から忘れられ、保護林に住まう薬師の家系と認識されるようになっていった・・
ここで、映像は終わる。
「子供の夢に罪は無い。ダンジョンも、ただ産まれたかっただけだ。1つ摂理に現れに立ち会ってしまった。ということだろうね・・」
ニャッハは涙を拭って振り返った。
「ここから先の手入れには準備がいる。一旦、引き上げよう。それから明日から作業を終えるまで数日は地下に潜ることになる。ドゥテ君も良ければ今日は家に泊まらないかい? 妻が珍しく、手料理を作ってくれるらしい」
夜、ニャッハの妻の手料理はワースクワール族らしく木の実尽くしの料理だった。
夕飯の後、予定より1日早く庭の始末がついたこともあって、洞窟の手入れに必要らしい、魔法薬の類いの製薬を私とドゥテとルッハで手伝うことになった。
アトリエで、ニャッハやルッハの指示で材料を運んだり、下処理したり、不要部や汁を手順を踏んで廃棄をする。
「ようやく薬師の助手らしい仕事になったな」
「助手だったのか?」
「・・まぁな」
ギルドを通した正規の依頼で来てないから、どうも噛み合わないな。
「アズム! 大雑把に汁を捨てるなよっ、ヤバいガスが出たりすんのもあんだかんなっ!」
「この幼児が隙あらば私を下っ端扱いするのはどうにも解せないことだ。評価しない」
「だからさっ、幼児じゃないっつーのっ!!」
対人における多少の齟齬もありつつ、無事、必要な魔法薬が完成した。
ルッハはアトリエのソファで毛布を掛けられて眠り、ニャッハは道具や残った材料の処理を「あとは1人で問題無いよ」と単独でやっていた。
ややこしいから触るな、と翻訳しておく。
私とドゥテは2組あるソファのルッハが寝ていない方のソファの両端に座り、メープルシロップ入りのココアを飲んでいた。
忘れがちだが後衛職のドゥテはもう疲れているらしく、目をショボつかせている。
「この私は回復魔法が使えるぞ?」
「どの私か知らないが、結構。あとで眠りが浅くなる。寝る前にスリープポーションを飲むつもりだ」
「あれは常飲すると依存する。山羊とお話する前に、治療院の精神科を勧める」
「アズム、あんたは嫌なことを言わずにいられないのか?」
「私の発言は常に的確。それに最近丸くなったと、私は私を評価し始めている」
「・・わかった。そういう生き物、とあんたを認識するっ」
「最善だな」
私は機嫌好く、ポーチから未開封の封筒を取り出した。どうした物か? だが、開けよう。ペンナイフが手近に見当たらないのでマナーが悪いが手で開けた。




