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どうしても憎いあなたへ  作者: 佐藤つかさ
第二章
93/104

3-37

「イオリはそのままでいいと思う」

「イオリはそのままで可愛いよ」

「何で私慰められてる!?」

 

 お父さん、お母さん。

 イオリはこのティル・ナ・ノーグで敵から励ましをもらっています。

 ちなみに今も絶賛試合中。

 別のステージで別のキャストが演舞の最中らしく、時間がかかっても特に問題はないらしい。

 

「トモエさんもそうなんだけど、シラハナってそういう奥ゆかしさが女性らしさなの?」

 そう問うのはクレイアだ。

 どうだろうかとイオリは思いあぐねる。

 確かに男の一歩後ろをついて歩くのが白花撫子シラハナナデシコの良いところだと聞いたことがある。

 パートナーを盛り立てて支え、気を配る。それが白花の女なのだと。

 しかしイオリはそういう考えは苦手だった。

 別に主導権を握るのが好みであるとか、そういうわけでは断じてない。

 ただ一緒に悩みを打ち明けたいし、一緒に悩みたい。楽しいことも辛いことも分け合いたい。


 後ろを歩きたくなんてない。でも前を歩きたいわけでもない。

 ただ隣にいたい。そばにいたい。

 そう望んでいるだけだ。


 ちなみにクレイアは別の考えだった。

「あたしは菓子作りの道をもっときわめたい。学びたいスキルがあるし、若いうちにもっと覚えたいレシピもある。今までの職人が悩んできたこと、開発してきたこと。作り方。売り方。新しいことだってチャレンジしたい。宅配のビジネスやイベントの参入。今後作る予定の三号店に入れるスタッフへの接客マニュアル……。やりたいことがたくさんあるの。だから別の物事にリソースを取られるのは……なんか嫌」

 要は自分の道を突き進みたいから、余計なことを考えたくないということだ。

 ミナーヴァも「わかるなぁ。その気持ち」と同意している。さすがはサキュバス。ロマンを追いかける女。

 なんだかなとイオリは思う。

 ストイックだとは思っていたけどまさかここまでとは。知り合いの天馬騎士団の騎士アイリス・リベルテを思い出した。

 自分とは全然考え方が違う。

 

「私は奥ゆかしい感じじゃないと思うんだけど......変かな?」

 クレイアの答えは、無言の指さしだった。

「この人は変」

「え、あたし!?」

 ミナーヴァが心外だとばかりに抗議を始めた。


「あー、確かにミナーヴァとは違うかな」

「そうでしょそうでしょ」

 頷きあう二人の間でミナーヴァが泣く。

「お二人とも、あたしが奥ゆかしくないとおっしゃる?」

「奥ゆかしい人はグールの巣をナパームで焼かないよ」

「そうだよミナーヴァ。家を帰してあげなよ」

「ひどいなぁ。ちゃんと還したよ。土に」

「還すな」


 ちなみにミナーヴァの女性観もまた変わったものだった。

 自分が男にとって強すぎて、脅威を与える存在なのではという印象をよく与えていたそうだ。

 ゆえに、うまくいってなかった。白花撫子とは真逆の存在だと言っていいだろう。

 男女関係で支配権を与えると、決まって彼女が癇癪を破裂させて相手の自尊心を傷つける結果となっていたそうだ。

 ちなみにミナーヴァ自身は気づいていなかったが、破裂させるきっかけは決まって“彼氏がミナーヴァの親友までちょっかいを出そうとした時、もしくは悪口を言った時”だった。


「恋愛って要するに、自分の理想をお互いに押し付けてるようなもんだから……そりゃうまくいかないんだよ」

 言いながらミナーヴァはため息をつく。心なしか、鉄よりも重そうな吐息だった。

「その割には化粧バッチリ決めてるよね」

 クレイアの意見に、確かにとイオリは同意する。

 肌にはおしろい・・・・。天然の染料で作ったゴールドのアイシャドウで目元を強調させているし、唇には蜜を濡らして潤いを持たせている。まるでもぎたての林檎のようだった。

 今こそ料理の最中だから落としているけれど、出会ったときには確かマニキュアもしていたはずだ。

 なんというか、自分の飾り方を熟知している。

「ケンカのあとで痣とか隠してたらいつの間にか上手くなってさ」

 訂正。隠し方を熟知している。


「クレイアにも学んでほしいんだけどな。これ」

「何で? パティシエに化粧なんていらないじゃない」

「厨房にいるだけならね。でもクレイアは売り子もやるでしょ? アフェールって今クレイア一人で切り盛りしてるんだから」

「う。」

 痛いところを突かれたのか、クレイアが退いた。

 すかさずミナーヴァが前のめりに迫る。少し面白いことになってきたとイオリは思った。

「聞きますけどね? クレイア大先生。目の前に素敵なパイがあったとします。素敵な焦げ目。つやつやの果実。ふたを開ければ香るパイ生地の焼けた匂い。だけど顔を上げて店員の顔を見た途端ぎょっとする。なぜなら店員の顔には目やに・・・がついてて肌はボロボロで唇もかっさかさ。それ見たらどうなる? どんなに美味しそうなパイでも遠慮しちゃうよ?」

「……あたし目やになんかついてない」

 クレイアは拗ねた。

「隈は出来かけてるよ」

 ミナーヴァは攻めた。

「あたしレインじゃないし」

「寝なかったらああなる・・・・よ? ストイックに走りすぎなんだって。全速力で突っ走って、盛大にすっころんで、擦り傷が化膿したって知らないよ」

 図星を突かれたのか、クレイアは呻くばかり。

 さすがに可哀想だとイオリは助け舟を出すことにした。

「そういえば、クレイアってどこから来たの? それともティル・ナ・ノーグ生まれ?」

 それはふとした好奇心のつもりだった。

 クレイアは菓子職人でコンテストにも出たことがある実力者だ。

 だけど彼女はあまり自分のことを話さない。

 知ってみるにはいい機会だと思ったのだ。

 それなのに。


「あぁ、それは、ちょっと、ね」

 

 目に見えて歯切れが悪くなる。

 言いたくないというより、打ち明けることに怯えている様子だった。

 明らかに何か隠している。


「…………」

 不意にミナーヴァと目が合った。

 友達の思わぬ様子にうろたえている――だけど決して表に出さないようにしている。そんな色をしていた。

 何かをつかみかねた指をくっと固く握りしめる。

 イオリが目配せをすると、彼女はこくりとうなずいた。

 

「ねえ聞いて。あたし、キルシュブリューテの生まれなの」

 打合せ通りに・・・・・・ミナーヴァが話題と空気を入れ替える。

「へえ、あの花の都? そういえばさ。アウラってどんなことするの、ミナーヴァの住んでたとこだとさ? 教えてよ」

 わざと明るいトーンでイオリが話しかける。

 変え方としては強引すぎるだろうかと思ったけれど、特にクレイアは何も問わなかった。

 ちょっとホッとした様子のクレイアを見ながら、イオリは思う。

 それは万人の共通点。

 誰しも秘密を抱えてる。


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