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どうしても憎いあなたへ  作者: 佐藤つかさ
第二章
87/104

3-31

 お父さん、お母さん。お元気ですか?

 私は今、常若とこわかの都ことティル・ナ・ノーグで取り調べを受けています。

 

「彼のこと好きになったきっかけは?」

「キュンときたエピソードとかある?」

 ミナーヴァとクレイアが嬉々として乗り込んでくる。ミナーヴァはどうもこの手の恋バナが好きなのか食いつきがすごい。なんというか、目がらんらんと輝いている。

 

「なんじゃあんたら騎士団(ケーサツ)か!」

「いえ、税理士です」

 キリッと伊達メガネを――どこから取り出したのやら――掛け直しながらミナーヴァが語る。

「我がラブリン王国では恋愛税を納める義務がありますので、確定申告をお願いします。あ、できる限り細かいストーリーで」

「今すぐ亡命を希望します」

 王国のネーミングセンスが壊滅的だが、そこは聞かなかったことにする。

 隣ではクレイアが呆れ交じりに引いていた。ストイックな彼女はこの手の話題には縁遠い。

 楽しいイベントには参加するけど熱心ではない、といったところか。

 一方ラブリン王国建国者兼国王兼税理士のミナーヴァはというと情熱に燃え上がっていた。

 エンジョイ勢ではなくガチ勢に入る部類なのだろう。

 

「…………」

 ふと、イオリは考える。

 ミナーヴァ・キス。

 成金ドラゴンと付き合っている善人。

 むしろ恋愛話を聞くならば……。

 

「じゃあ、ミナーヴァから教えてよ」

「あたし?」

 自分を指差し、キョトンとした顔になる。

「教えてくれたら、私も話すよ」

 それはいいねとクレイアがイオリの後押しをしてくる。どうやら彼女も興味があったらしい。そんな彼女はアップルパイを切り分ける準備をしていた。

 ミナーヴァはというと腕を組み、整った眉根に縦皺をいくつも刻んでいた。

 明らかに困っている。

「……え。ごめん。そんなに話したくなかった?」

「ん? あぁごめんごめん。そういうんじゃないの。どの彼氏とのエピだったか忘れちゃってさ。ほらよくあるじゃん? いざ聞かれると咄嗟に出てこないやつ」

 

 どの彼氏とのエピ……。

 どの彼氏とのエピ……。

 どの彼氏とのエピ……。

  

 …………。

 

 どの彼氏・・・・との?

 

「「待って待って待って!」」

 イオリとクレイアが同時に待ったをかけた。

「何々何々? 二人とも怖い怖い! どしたの?」

「どの彼氏って何?」

「あんた何人と付き合ってたの?!」

 

 同年代の少女二人に詰め寄られ、ミナーヴァ・キスが後じさる。

 怪物にすら啖呵を張れる、あの彼女が。

「付き合った数? あー……」

 戸惑いつつも、ミナーヴァなりに脳内の引き出しを片っ端から探って、そして答えた。 

「……十二からは数えてないかな」

 絶句した。

 あと宇宙が見えた。

 理解できない文化を知った時、人は宇宙が見えるのかもしれない。

 少なくとも、イオリとクレイアにとっては今がそうだった。

 

 とっかえひっかえじゃんとイオリがにらむ。

 そんなことないよとミナーヴァが否定した。

「人間関係に失敗した数でマウント取る気は無いよぉ……」 

 小さな皿に載せられたアップルパイを配りながらミナーヴァがつぶやいた。


「違う男と付き合うなんてどこの誰でもやってるでしょ。文科系とか、運動得意とか、ちょっとチャラい感じとか、何パターンか選んで付き合って、トライアンドエラーで自分に合った男選ぶの。とっかえひっかえって言ったって被ったことないし、フツーよフツー」

 そうでしょとミナーヴァが揺るがぬ視線を向ける。

 しかし、明らかに引いている二人の目に気づいて、その自信が揺らぎ始めた。

「……違うの?」

 蚊が泣くような弱弱しい声。常識だと思っていたものが非常識であると知ったような、そんな顔をしている。

 

 ふと、クレイアが無言になっていることに気づく。

 どうしたのとイオリが尋ねると、


「あたし……ミナーヴァみたいになった方がいいのかな……」

 

 思わぬ言葉に、イオリとクレイアの脊髄せきずいに戦慄が走った。

 本能に従って立ち上がる。

「絶対ダメ! クレイア! 地獄に落ちる⁉︎」

「そうだよ! あたしもイオリに賛成。地獄になんて……え、地獄?」

「こんな不潔な世界に足を突っ込むなんてどうかしてるよ!」

「ねえイオリ。いくらなんでも不潔は言いすぎじゃない? あと、一応食事中だし……」

 腰が引けているミナーヴァをイオリが一喝する。

 ミナーヴァの首輪をつかんで耳元でささやいた。

「クレイアがあんたと同じ道進んじゃってもいいの?」

 その言葉に、ミナーヴァはハッとする。

 雷が打たれたかのように見開いた眼で見やるは菓子職人の少女。

 道に迷い、今まさにミナーヴァと同じ茨の道を進もうとしている少女。

 まるで己が罪を悔いる罪人のように己の手を見つめ、握りなおす。

 そしてミナーヴァは意を決した。


「クレイア。絶対にあたしみたいになっちゃダメだよ」

「でも……」

「でもじゃない。いい? あたしは言ってみれば脱いだ靴下。トイレットペーパーの芯。その程度の価値しかない女なの。瞬きするだけでドブの匂いが香ってくるようなそんな惑星外生命体か何かなのよあたしなんてッッ!!!!!」

 熱弁するミナーヴァに、「いやそこまで言えとは……」とイオリも戸惑う。


「ええと、ミナーヴァ。アクチェとはどうやって出会ったのかな?」

「ん? あぁ、今のところ付き合ってる日にち最長記録更新中の?」

「いやそういうのいいから……」

 しばしミナーヴァは考える。

「どうしても言わなきゃダメ?」

「ダメ」

「言ったら怒ると思うよ?」

「そういうのいいから。ほら言って」

 渋面を作って悩むが、やがてミナーヴァは決意した。

「えーと、それじゃあ言うね。んー……」

 そして暴露する。


 

「元カレに振られて、ヤケ起こしてお持ち帰りされたらハマっちゃった」

  

 

「最っ低!」

 イオリのハリセンが側頭部に炸裂し、ミナーヴァははるか彼方に吹っ飛んでいった。

「ほらねー」とつぶやきながら。

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