3-30
太古の戦争において、敵将の首を打つことは誉と言われてきた。
敵に打ち勝つとはすなわち己に勝つということと同義である。
だからこそ、イオリも勝たねばならないのだ。
誉を勝ち取るために。
そう思っていたのに。
「美味しい。サクッとしてるけど、中の芋の柔らかさがマッチしてる」
「砂糖は少なめだけど芋の甘みが際立ってていいね」
なのにどうして敵にご飯をお出ししているのだろうかとイオリは思う。なぜかクレイアも参加しているし。
作っていた野菜の天ぷらを出しているのが、思いのほか絶賛されていた。
次の一品を出してみることにした。
平たい皿に乗せられた白。ピカピカに磨かれた銀の上に乗るそれは、皿の豪華さに比べるとやや質素であった。
四角に切り揃えられ、シミひとつない純白。
それは冷奴と呼ばれていた。
クレイアとミナーヴァがなんとも言えない面持ちで奇妙な物体を睨みつける。
「スライムにしては固いね?」
「豆腐」
「トーフ?」
会話みたいなイントネーションになっているが、気にせず話を続ける。
「豆を溶かして発酵させたの」
ミナーヴァが一口いれてみる。なんとも言えぬ神妙な顔だった。
咀嚼し嚥下して、答えは二言。
「この四角くて白くて味のしないやつ……どうやって食べるの?」
(これが文化の違いか)
「醤油。豆を煎じて作るの」
「豆に豆をかけて食べるの?」
「ミナーヴァはこないだ肉に肉を巻いて食ってたじゃん」
「あれ最高だった」
「肉と同じでね。好きに好きを重ねたくなるものなの」
ミナーヴァはしばし黙り込み、そして言った。
「確かに!」
受け入れたよこの人!
モノすっごい神妙な顔をして豆腐を食うミナーヴァ。
これが白花の味かとか言って五臓六腑に遠い異国文化を染み込ませている。なんだか申し訳ない気分になってきた。
「何これ?」
「蒟蒻」
「何それ?」
「毒性の高い球茎を砕いて灰と混ぜて、煮沸して固めたモノ」
「美味しいの?」
「全然」
「わかった! 栄養が高いとか?」
「ピクルスと同じでほとんと水分」
「手間暇かける価値ある?」
「毒をも喰らわなきゃいけないくらい飢える環境だったの!」
「あたしには理解できない」
「いや意外とあるよ? そーいう展開」
比較的食べるものに困らない生活に恵まれたクレイアに対して、農民上がりのミナーヴァは違う意見を持っていた。
「うちのひいじいちゃんとか粥に砂混ぜて食べてたこともあるってくらい飢えてたっぽいしね」
「それ大丈夫なの?」
「胃に石が溜まって穴開いて亡くなった。享年二十一歳」
「ひどいね」
「子供こさえてたから役割は果たしたよ。八人とも親バラバラだったけど」
「酷いね」
「とりあえずニンニク塗して、なんか臭うから塩振って揉んでみた。切れ目入れてステーキみたいに焼いて、味はその辺の調味料で誤魔化してみた」
「パパッと作るなぁ」
「名付けてこんにゃくステーキ。フィーチャリング・ティルナノーグ。リミックスヴァージョン」
「長い長い長い」
「確かに味が繊維っぽい」
「よくわかるね」
「クレイアはそういうの知ってそう」
「どういう意味よ。何? 菓子職人だからってこと?」
「? ご両親に美味しいものたくさん食べさせてもらってそうだなって」
「なーんか、大事にされてそうだなって思ってさ」
それは愛されているということで……
「ミナーヴァ、もしかしてあんたが審査員だったりする?」
「ん? ああ全然。遊びに来ただけ」
「帰れ。消え失せろ」
君は薄っぺらい。
ふと、あの男の言葉を思い出す。
正直顔も見たくないくらい不快だが、
不意にイオリは相方を見やる。
彼はまだ造形の国に在住している。
ユータス・アルテニカ。
才能の塊
簡単にチャンスを掴める。
でもその幸運にまるで気づいていない。
それがひどく、憎らしかった。
「こういうの、よく作ってたの?」
物思いに耽っていたせいで、クレイアのその言葉に反応するのが遅れてしまった。
「うちは梨とかさつまいもがよく取れたから、結構揚げ物多かったなぁ。あと煮物」
理由は簡単。日持ちするからだ。
「ふーん」
意味ありげなクレイアの目。
「ミナーヴァのシュトレンといい、日持ちするもの多いね」
「働いてると時間作れないもん」
それにしてもどれも新鮮そのものだ。
「このさつまいもどうしたの?」
「採ってきた」
(採った?)
「この小麦粉とてもいいね」
「ありがとう。今朝挽いた甲斐があったよ」
(挽いた?)
気のせいだろうか。小麦粉に至っては輝いて見える。
「この肉どうしたの?」
「秋の味覚を蹂躙したモノの末路だよ……」
(猪か……)
(狩ったのか……)
イオリは思い悩む。
このままではモチベーションが保てない。
これじゃ三時のティータイムだ。
「あの……もうちょっとさ。敵らしくせん?」
ミナーヴァが悩む。
「というと?」
「もっとこう、わたしを煽るとか、わたしの嫌がることするとか……」
クレイアと向き合い、そして前に出た。
「ユータスとはどういったご関係なの?」
「もう好きって言った?」
「目ェ輝かすんじゃなか!」