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どうしても憎いあなたへ  作者: 佐藤つかさ
第二章
83/104

3-27

 前回までのあらすじ。

 ミナーヴァが死にました。

 犯人はユータスでした。

 

「何でそんなことしたん?」

 当然とも言える疑問をイオリは問い詰める。

「いいもの作るために決まってるだろ」

「生贄を作んな」

 

 イオリの背後で生贄が息を吹き返す。

 アクチェが何かと世話を焼き、ミナーヴァは力無い笑みを浮かべて謝っている。なぜ彼女は身内に対してこうも腰が低いのか。

 

 その間もユータスは芸術の国にいた。

「黄金林檎単品じゃ出せる色に限界がある。だから他の食材に手を出すのが理に適ってる。ルール的に問題ない」

「倫理的に問題あるわ!」

 

 イオリの背後で足音が響く。しかもその音は明らかに近くなってきていた。

 振り向かずとも誰だかわかる。

 ミナーヴァだ。

 ちらりと肩越しに見やると、彼女の目線は一点に向けられている。相手はユータス。

 毒を盛った張本人を見つけたのだ。さぞや怒っているに違いない。

 気づいたイオリがユータスを庇うように前に出る。

「ここは私が何とかするから、ユータはしばらく隠れてて」

「何でだよ? オレに用があるっぽいし」

「そりゃそうでしょうよ! いいから早く隠れ……ああもう! あんたがもたもたしとるから!」

 

 イオリは振り向きざまに、ミナーヴァの前に立ちはだかる。

「…………?」

 ミナーヴァが呆気にとられて、手の力を緩めた。

 それもそうだろう。

 イオリは手を広げて通せんぼをしていたのだ。なんでこんな子供っぽい方法をとったのだと思うかもしれないが、そう強く思っているのはイオリ本人に他ならない。

 ミナーヴァはイオリと同じ身長なのだが、今はヒールの分だけ彼女の方がやや高い。

 彼女は背筋もきっちり伸ばすタイプなので、余計に威圧感があった。

 鋭い視線を正面から受け止める形になって、イオリは泣きたい気持ちになった。ミナーヴァは腰こそ低いが、正直いって外見だけはめちゃくちゃ怖いのだ。

「ええと、ごめんね。イオリ。ユータスさんに話があるんだけど、いいかな?」

 動揺しているイオリを気遣ったのか、子供に話しかけるような優しい口調でミナーヴァが尋ねる。

 どうすればいいんだと固まるイオリの気遣いを無視して、身長180オーバーの針金野郎はあっさりとイオリの肩を抜けてミナーヴァと視線を合わせていた。

「何か用か?」

「あ、ちょっと話があって――」

 話しかけようとするミナーヴァを遮るように、イオリはずいと前に出る。

「あのミナーヴァ? 私も話があるの。ユータは忙しいから何なら私が代わりに――」

「オレなら暇だぞ?」

「あんたは黙っとき!」

 針金の土手っ腹に肘鉄を喰らわせる。それもノールックで。

「ユータは調子が悪いから」

「いや、なんか研ぎたての刃みたいな殺意が輝いて見えたんだけど......てゆーかユータスさん、顔青くない?」

 ミナーヴァが歩み寄ろうとするも、イオリが前にいるので動けないでいた。

「……どうしたの?」

 訝しむ、というよりも純粋に気に掛けるような口調でミナーヴァが話しかけてくる。基本的に喧嘩相手以外には穏やかなのだ。

 なおさら喧嘩相手になりうる男に会わせるわけにはいかない。


「ミナーヴァ、話」

 簡潔にユータスが話を促す。

「あんたは! せっかくフォローしとるっちゅうんに……」

 イオリが目を逸らす。

 それが良くなかった。

 隙を見たミナーヴァが手を伸ばしたのだ。それはイオリの死角になって気づけない。

 ゆっくりと、しかし確実にユータスへと近づいていく。

 ミナーヴァの膂力りょりょくの前では、針金のように細いユータスの肉体など紙細工だ。折れるどころか、飛び散ってしまうかもしれない。

 せめて前にと身を乗り出したその時だった。

 

「……は?」

 間の抜けた声が響く。

 それがイオリ自身のものだと気づくのにしばしかかった。

 それはミナーヴァが手にしているものを見たからだ。

 それはカゴだった。中にはキノコがどっさりと詰められている。

「一通り食べて分類しました。毒が入ってるもの。触れたら痺れるものは取り除いています」

 

 …………真面目に食べたの?

 

 ユータスは言葉を吟味し、渡されたカゴを検分する。さながら鑑定人のような面構えである。

「信用できるのか?」

「人体実験は済ませてます」

「誰でやった?」

 ミナーヴァは自信満々に親指を指す。それは自分に向けられていた。妙に凛々しい顔なのが腹立たしい。

「なら良し」

「恐縮です」

 

 ミナーヴァが咳き込む。

 覆った手の隙間から唾が漏れる。

 かすかに香る鉄の匂い。

 漏れた唾には、なぜか赤が混じっていた。

「どうした?」

「大丈夫です。ちょっと内臓が溶けてるだけなんで」

 口端に滲んだ血を拳で拭う。

 どう見ても致命傷である。

 まだアクチェの治癒が追いついていないのだ。

「…………」

 ユータスはしばし考えて、そして言った。

「こっちのキノコもいけるか?」

 それは勇猛果敢に戦ってようやく帰還した兵士に自爆して来いと命令するような残酷な発言だった。

 ここが戦場なら、ユータスはよほど馬鹿な上官であろう。

 そして悲しいかな、ミナーヴァもまた同じ部類のサキュバスであった。


「期待以上の成果を持ち帰ります」

 使命感に燃えるミナーヴァの後頭部に、イオリのハリセンが炸裂した。


「よし止まった」

 ぴくりとも動かなくなったミナーヴァをつつきながらユータスが「息の根が?」と呟いた。

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