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どうしても憎いあなたへ  作者: 佐藤つかさ
第二章
82/104

3-26

 かつて、悪魔儀式というものがあったらしい。

 それは悪魔の遺骸を解体する錬金術師の行為であるとされている。

 この世あらざる者の皮膚を剝ぎ、体毛を剃り、検分する。

 そうすることで未知そのものをくだらない現実に引きずり下ろし、奇跡を人為的に運用する。そういう目論見があったとされている。

 

 最初に悪魔を目撃した人間は、さぞ驚いたことだろう。

 それはどのような姿だったのだろう。

 例えば、目の前で倒れているミナーヴァのような――

 

 ステージはとても静かだった。静寂に包まれた騒然。

 その中心にいるミナーヴァは、まるで石のようにピクリとも動かない。 

 天井を見つめるその目は白目を剥いていた。

 スタッフたちは総出で話し合っている様子だった。耳を澄ませてみるとミナーヴァの追悼式やろうとか、そうすればグッズの売り上げがアップするとかそういう内容だった。鬼か。

 

 ちなみに思ったほど観客にざわついた様子はない。

 伺ってみると、ミナーヴァは割と頻繁に死んでいるので問題ないらしい。

 …………。

 割と頻繁に死んでる?

 

「アクチェ、あんた行きなよ?」

 イオリに声をかけられた少年は、こいつ正気かという顔をした。

「三千人収容してるステージで? 世界の中心で愛を叫べっていうの?」

「結婚式みたいなもんでしょ。パパッとやっちゃいなよ」

 文句を言いつつも、他に方法が浮かばなかったのだろう。渋々とアクチェはステージの中心に向かっていった。


「大変なことになってるな」

 人ごとのようにつぶやく声があった。

 ユータスだった。

 どうやら厨房で黙々と料理に勤しんでいたらしい。

 イオリが悩んでいる間もずっと。

 おそらく隣で爆発があっても彼は自分の人生を続けていくのだろう。彼はそういう人なのだ。

 

 ほんの少しだけ、思う。

 気持ちを分かってもらえないというのは、思ったよりもキツい。

 

「あんた料理できるの?」

 苛立つ心を押し殺して、イオリが問いかける。

「リンゴ剥くくらいならできるぞ」

 確かに彼は黄金林檎を剥いているだけだった。今はウサギを彫っている。

 ただし子供のお弁当に乗せるようなデフォルメされたものではない。動物園でスケッチしたような精巧な代物であった。

 縁やつぶらな瞳を皮でうまく作っているし、周りには餌である人参も転がっている。葉にあたる部分はやはり皮をうまく切って再現してのけていた。葉のしなり・・・も実に上手く表現している。

 

 細かく切った切屑はおそらく藁なのだろう。

 餌を乗せた皿や仲間のうさぎも用意されていて、今は暮らす小屋を作っている最中だった。

「たいしたことできないけどな」

「いや国宝が仕上がってますよ!?」

 

 ここでイオリは見慣れないカゴに気づく。

 山盛りの黄金りんごの――多分材料だろう――横に積まれていた、同じく山盛りの食材。

 それはキノコだった。

 食材を取ってきたのだろう。なんというかどれも――かなり個性的な色をしている。


「ユータ、これ食べれるん?」

「さっぱりだ」

 でしょうねとイオリはつぶやいた。

 暢気にモノ作りに励んでいるのがなんだか不快で、胃の奥がむず痒い。ひどくイライラした。

 だから彼がこんなこと言うなんて思いもしなかった。

 

 

「オレに何か言いたいことあるんじゃないのか?」

 

 

 遠くで黄色い歓声が響き渡る。

 どうやらアクチェが“治療”をしている最中らしい。

 さながら眠り姫のもとに訪れた王子様といったところだろう。

 王子というより魔王の方が似合うくらい腹は黒いけど。

 それが全部消し飛ぶくらいには、イオリの頭の中は真っ白に塗りつぶされていた。


「……へ?」

 思わず間の抜けた声が出る。

 ユータスは作業の手を止めて、眼鏡を机に載せた。

「何か知らないけど、あんたさっきから悩んでるだろ? いつ言うのかと思って時間潰してたけど、全然言わないしな。多分オレ関連で、しかも迷惑かけてるんだろ? 先に言うけどさっぱり心当たりがないから覚悟してる。――だから教えてくれないか?」

 変な汗が出る。

 喉の奥が熱い。

 心臓の音がうるさかった。

 お願いだから。

 お願いだから――


 そんな何もかも見透かした目で見ないでほしい。

 

 悩んでいる自分が馬鹿みたいに思えてくる。

 なんで憎んでる相手に優しくされているのだろう。

 どうして――ちょっと期待しているのだろう。

 

 うろたえながら、それでもイオリは口にした。


「何でミナーヴァが倒れてるの? ユータ、何か知ってる?」

 この時ほど、自分の度胸のなさを恨めしく思った日はないだろう。

 見当外れもいいところだ。ユータスは何の関係もないのに。

 しかしユータスは途端に気まずそうな顔をした。

「キノコ食わせたら倒れた」











 …………。

「は?」


 今なんて言った?

「キノコ食わせたら倒れた」

「もう一度って意味じゃない、っていうか心を読むな。ってかあんた、ミナーヴァに食べさせたの? あの毒々しいキノコを? 生で?」

「おかげで触っちゃいけないとわかった。大収穫だ」

 能天気に言い放つユータスの頭を掴み、イオリは睨みつけた。罪人を裁く閻魔のようだったと、のちの観客は語る。

「あんたの命を収穫してやろうか?」

「……? 何で怒ってるんだ?」

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