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『お前たち、もはや許さん! これでもくらえ!』
子供じみた怒りを契機にして、部屋全体が揺さぶられる。
車いすに乗っているユータスはともかくとして、イオリは手近な壁に捕まって体を支えた。
その拍子にイオリの袖の中から、金属のわっかがちらりと見える。
手枷ではない。糸のように細い鎖が複雑に編み込まれた円状の飾り。繋ぎ目に当たる部分には水底のように深い蒼が閉じ込められた宝石があしらわれている。
それがイオリの細い腕を飾り立てていた。
しかしながら“それ”が活躍するのは少し後である。
その前に壁を突き破ってきたものに、イオリたちは目を奪われていた。
「巨人……?」
イオリが形容した通り、姿を現したのはまさに巨人だった。
熊か何かを二回りも大きくしたような巨躯。背中を折り曲げたその姿は人というより太古の原始人か何かのよう。
しかし形は確かに霊長類そのものであった。
『私が作ったゴーレムだ! ウーホァン様のものと比べれば出来は悪いが、お前たちを倒すには十分すぎる!』
相手の勝ち誇ったような声が響き渡る。
イオリとユータスを顔を寄せ合ってこうつぶやいた。
「ユータ。もう強引になってる感じしない?」
「ネタ切れなんじゃないか? 作る側としてはゴリ押しの方が楽だし」
『聞こえてるぞ!』
相手の怒りに呼応するかのようにゴーレムが咆哮を上げる。
まるでおとぎ話に出てくる魔物のようだ。
『どんなに足掻こうとここは越えられない! 武器でも隠し持ってない限りはな!』
相手は勝ち誇ったように笑いだす。
やぶれかぶれにも見える力技だが、ある意味有効だとイオリは考える。
なにせ仕掛けがない。
ユータスでは成す術がないのだから。
そのユータスが口を開く。
「イオリ、いけるか?」
「……たぶん」
答えるイオリの足取りは重い。ユータスが乗っている車いすから手を離して。
当然だ。
彼女は医学の道を極めるために単身でティル・ナ・ノーグに乗り込んだのだ。
こんな怪物を倒すためでは断じてない。
ではなぜ彼女はゴーレムに立ちはだかるべくまっすぐ突き進んでいるのだろうか?
なぜ腕輪がはめられた左腕を握り締めているのか。
簡単だ。
戦えるのが彼女しかいないからである。
指の隙間からこぼれる光。
光はいくつもの束になってイオリの右手に収まると、ある物の形を取り始める。
長方形に折りたたまれたそれが扇子状に広がる。
白花の演劇舞台に使われる小道具。
通称――特大張扇と呼ばれるものであった。
「何とかやってみるっちゃね!!」
故郷の訛りと共にイオリは思いっきり振りかぶった――