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どうしても憎いあなたへ  作者: 佐藤つかさ
第二章
75/104

3-19

 静寂を恐れるのは人間だけ。

 そんな話を聞いたことがある。

 犬や猫は静かな場所でものらりくらり。

 だけど人間は苛立ち、恐れ、気まずさを感じるのだという。


 それはなぜか。

 答えは知性があるからだ。


 静かだとかえって思考がクリアになる。

 思い出したくもないことを考えたり、意味もなく落ち込んだりしてしまう。

 気まずい相手と一緒にいるなら尚更だ。


 そう、今のイオリのような。


(胃がキリキリする……)

 どうしたものかとイオリは思い悩んでいた。

「その視線なんとかならない? 見られすぎて穴が開きそう」

 隣を歩く元凶が話しかける。

「白花の“男”は勇猛だと聞いていたんだけどね」

 澄み渡っているのに、含みを込めた耳に残る陰湿な声。

 しかしそれ以上に気に障ったのは“男”というワードだった。

 それはイオリのことを指している、

 確かに第一印象で女と見られることはごく稀だ。

 だからその度にこう言うのだ。

「私、女なんだけど」

「だから?」

 この返しは初めてだった。

「いいかい? イオリ・ミヤモト。この際はっきり言っておこう。僕は人間が嫌いだ。興味もない。君がこの先どんな人生を歩もうが、のたれ死のうが構わない。だから男だろうか女だろうがカバだろうが宇宙レベルでどうでもいい・・・・・・。わかったらその平べったい顔と胸を僕に見せるな。安い板きれみたいに貧相だな君は」


「…………」

 人を殺したいと思ったことはあるだろうか?

 まさに今!


 アクチェ・ヴァルカ。

 貿易会社のオーナーでその他いくつかの事業にも手を出している若き実業家。要は金持ち。

 見ての通り性格はかなり・・・悪い。

 そんな彼がご機嫌斜めなのは、ある理由があった。


 

 ミナーヴァ・キス。

 植物と結合した新人類ことサキュバスで、この闘技場でイベントを開いている剣闘士。

 

 ファックを含む乱暴な口の悪さ。

 悪党に中指を立てるガラの悪さ。

 何があっても折れぬ諦めの悪さ。 

 

 人情に篤く仁義を重んじる女。

 驚くべきことに彼女とアクチェは恋人同士らしい。

 で、そのミナーヴァが――どういうわけだか知らないが――イオリのことを買っているらしい。

 さらに言うならアクチェはそれが気に食わない。

 はやい話が嫉妬である。


 なぜ異性から嫉妬の目を向けられなくてはならないのか。

 さっきから歩幅が広いだの、気が利かないだの足音がうるさいだのと、ことあるごとに小言をぶつけられているのだ。ぶつかったところが赤く腫れそうである。

 

「クレイアって知ってるでしょ? あなたがお金出してるお店の子。あそこのアップルパイって美味しいよね?」

 媚を売るわけではないが、そんなことを言ってみる。

 しかし反応は軽蔑だった。笑っているが明らかにバカにしている。

「アップルパイってリンゴがみっちり詰まってるあの糖分と炭水化物の塊のこと? ――ところで……」

 アクチェの視線が一瞬だけ下に動く。その先にはイオリの鎖骨から下――より詳しく言うなら胸があった。

「君のペチャパイには何が詰まっているのかな?」

 

 空 っ ぽ だ よ こ の 畜 生 が 。

 

 はっ倒してやろうかという思いを飲み込み、なけなしの理性を総動員してどうにか堪える。

 

 アクチェは彼と似ている。

 性格はともかく、その生きざまが。

 若くして、自分の居場所を作った男。

 才能が認められた人。

 名前は――

 

「ユータス・アルテニカと仲がいいのかい?」

 

 不意に、アクチェがそんなことを呟いた。


「おねえさ……ミナーヴァがよく話してくれたよ。彼は優秀らしいね」

 そんなことをアクチェは呟く。まさか彼が褒めるとは思わなかった。

 

「家族がいて、確か弟さんと妹さんの三人兄弟。工房には頼りになる先輩方もいるんだとか」

 何が言いたいのだろう。

 嫌味にしては周りくどいなとイオリは思う。

 

「彼のこと好きなんだね」

 直球がイオリに炸裂した。

 特に、鳩尾のあたりに。


「は、何言ってんの」

「そうかな? 君と違って才能に恵まれていて、近くには家族もいて、同じ志を持った仲間にも囲まれている。君よりもよっぽど幸せそうだ。君は・・こんなにも・・・・・惨めなのに・・・・・。だって僕が君の立場なら、きっとこう思っちゃうよ」


 不意にアクチェの笑みが消える。

 唯一生身の右目から生気が消え失せ、一切の感情が鳴りを潜めている。

 怒りを押し殺しているような、はたまた世界の全てを呪うような、そんな顔。

 そして彼はこう言ったのだ。



「アイツ、死ねばいいのに」



 人を殺したいと思ったことはあるだろうか。

 まさに今。


 冷ややかな空気が辺り一帯を包む。

 息すら白く凍りつきそうな殺意を浴びていながら、竜の子の態度は実に涼しげであった。

 

「ほら」


 歯を見せて、道化師のようにアクチェは笑う。

 見透かしたようなその顔が、実に不愉快だった。


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