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「血が繋がってるんだよ?」
「タンパク質でできた汁に何が出来んの? あとその理屈でいくと自分の家族か兄弟と結婚しなくちゃならないことになるけど、それでもいーわけ? あたしお兄ちゃん三人いるけど、誰とも結婚したくないよ?」
まだ食い下がろうとするクレイをミナーヴァが止める。
「いい? クレイア? この世において血はどんな結束よりも硬いって言われてるけど、あたしに言わせてもらえばそんなものは戯言よ。18年間ほったらかしにしておいて今更来る奴なんてのはね、クレイアのこと利用しように決まってる、自分のことしか考えてない糞野郎なの。そんな腐った縁抱えるくらいなら、こっちから断ち切ってやる! 二度と結ばれないくらいにね」
“二度と”のくだりから妙に恨みのこもった声色でミナーヴァが吐き捨てた。
クレイアは理解した。
ミナーヴァは溶岩だ。
彼女はきっと止まらない。
逆境だろうが苦難だろうが何もかもを飲み込んで前に突き進む。
そもそも思い悩むタイプではないのだ。
だから他人のことで悩める余裕がある。
「他人だって愛せるよ。あたしは証明できる」
「どうやって?」
クレイアは訝しんでしまう。
いったいミナーヴァが何をするつもりなのかわからなかったのだ。
迷ったことを後悔したのはその数秒後のことだった。
いきなりミナーヴァが声を張り上げたのだ。
「ユッカさーん! クレイアがあなたのこと大大だーい好――」
ミナーヴァの言葉が途切れる。
クレイアが肉じゃがをすくった匙を突っ込んだのだ。
涙目でえづきながらミナーヴァは口に埋もれた匙を引っこぬく。そして誰にも聞こえない声でこうつぶやいた。砂糖が足りない、と。
お料理の指摘は無視されたまま、クレイアも呟いていた。
「……な、何言おうとしてるかわからないけど、ユッカさんはそういうんじゃないから!」
(そういうんじゃない人は否定しようとはしないんだよなぁ……。普通は無視するか「は?」って言うもんだし)
いい兆候ではあるとミナーヴァは思う。
親友から相談を持ち掛けられたことがあった。
――クレイアが悩んでいる、と。
自分には菓子職人の料理の才能がないのではないか、と。
しかし見ている感じ職人のプライドをひけらかすようなこともしない。もちろん卑下するわけでもない。ユッカの得意分野に合わせ、挑戦しようとする余裕すら見受けられる。
過去ではなく未来を見ているのなら、少なくともクレイアの心にはきっと光が射す。
十二人から先は忘れたけど数多の男と付き合ってきたミナーヴァとしては何かしらアドバイスをしたいところだけれど、それこそ野暮というものだろう。
それに、最後は必ず別れてるので参考にならないだろうし。
喧嘩したり殴ったり、埋めたり、ロクな思い出がない。そういえば前に海に叩き落としたジョナサンはあの後どうしただろうか? 助けた気がするが、そうでない気もする。動転していたから全く記憶にない。落とした後で肉食魚を三十匹ほど解き放ったのはよく覚えている。そういえば別の女とデートしているのを目撃したリックを家ごと川に流してやったときも、あとのことを全く覚えていない。まずい。ひょっとしたら二、三人殺っちゃってるかもしれない。
まぁ死んでもいいやつらだからいっかとミナーヴァは忘れることにした。
クレイアの腹を探るのもこれくらいにしておこう。
作っておいたシュトレンを虫よけのかごに入れて、ミナーヴァは歩き始める。
「どこ行くの?」
「粉砂糖取りに行ってくるね。ついでに……イオリに謝ってくる」
そっちがメインじゃないのとクレイアに見抜かれる。
「イオリに余計なおせっかい焼かないでよ?」
「しないしない」
「ミナーヴァ」
「?」
ありがとうとクレイアはつぶやいた。
とても小さな声だったけど、それでも確かにミナーヴァの心に響いたのだ。




