3-10
そんなこんなで本番に至る。
キッチンは二つ。争い合うのは二人。
やることは至ってシンプル。
クレイアとイオリが美味しい料理を作って、審査員の舌を唸らせた方が勝ち。
割烹着の紐を締め直して、イオリはあたりを見回した。
少しだけでも状況を把握したくて。
審査員はミナーヴァがその辺で拾ってきたアベック一組と、ミナーヴァのお隣にお住まいのヘンリー・クプタさん九十二歳。
ちなみに寝たきりでベッドごと運んできているし医師が付き添いだし常に魔法をかけていないと死ぬくらいの重体ですどうして連れてきた。
別のスタッフがお爺さんにインタビューを試みる。意外にも気さくに対応してくれた。
「わしグラタンしゅき」
このお爺さんは一度死ぬ目にあった方がいい気がする。
次は隣のステージを見てみる。
反対側の厨房――ウエストエリア。
対戦者ことクレイア・イーズナルが視界に入った。それから、ユッカ・ヘンティネンも。
二人ともコックコートに身を包んでいる。正直言って、仮装よりもずっと上手く着こなしていた。
勝負を前にしてクレイアがユッカに話しかける。
「よろしくお願いします」
声が上ずっている。緊張しているのだ。それから――少し浮かれていた。
「クレイアさんは、シェフの意味をご存じですか?」
ユッカの問いに彼女は言いよどんだ。意味をはかりかねたのだ。
「いえ……あんまり」
ユッカが微笑む。
「料理長という意味です。この場では、あなたがシェフだ」
言われてクレイアは戸惑いを隠せなかった。
憧れている人に君がボスだと言われたら驚くだろう。
「あの……あたしはパティシエです」
「菓子は貴女の領分だ。菓子を作るのなら、貴女に従います」
それはさながら、姫に傅く騎士のようである。
この場において、味方とは魂の支えだ。
クレイアにとって、その立場に当たるものは親でもなく、きっとユッカなのだろう。
「わかりました。なら材料を取ってください」
「お任せを」
ふいに、ユッカはテーブルに置かれたものに気付く。
オーブンから出された鉄皿。上には碁盤に乗せられた駒のように整然とパンが並べられている。
それなりに時間がたっているからか、程よく熱が逃げていた。
ユッカが素手で触っても平気なくらいには。
「貴女にはパン屋になる才能もありそうだ」
一つもらいますと言って準備にとりかかる。
その様子を見ていたイオリはまずいなと思う。
クレイアの菓子は有名で、お受け御用達だ。
さらにユッカは海竜亭の料理人で人々の腹を満たしている。
しかもいま彼女のモチベーションは絶好調だ。
まさに最高の配役だ。
対してイオリは医者である。
このところまともに口にしたのは硬くなったパンくらいである。
そしてサポートは――
「イオリ。この包丁って木も彫れるか? やってみていいか?」
ユータス・アルテニカ。
食事という概念すらぶっ壊れているような細工師である。
まさに最悪の配役であった。




