3-8
「あんた、ここで何しとん?」
思わず故郷の訛りが出てしまう。
「ジャガイモ剥いてる」
ユータスは逆さにしたバケツを椅子代わりに腰を下ろしていて、足の前にはバケツ一杯のジャガイモが詰まっている。
「あんた細工師やろ?」
「細工師は手で魔法を刻む。金属でも野菜でもやることは変わらないさ」
できれば刀なら言うことなしだったんだけどなと無茶を言う。
刀は腕の長さほどもある。野菜を切るのには向かないだろう。
「白花の刀はいいぞ。あの独特のカーブが切れ味を増してる。酸素を叩いて吐き出させて、極限まで純粋を保つ」
細工師はいいねと皮肉めいたつぶやき。
「私は紙に書くだけ。薄っぺらいよ」
ユータスは視線だけイオリを見やる。
手は変わらずジャガイモを剥き続けていた。機械のように。
「紙は月に届くって知ってるか?」
「え?」
「ある錬金術師の言葉なんだけど、紙をたたむ回数は限られている。だけどその限りを無視して折りたたむとどんどん分厚くなる。そうすれば月まで届く高さになるんだそうだ」
剥いたジャガイモが重力に引かれ――バケツに積まれた山の一部となった。
「27」
「は?」
「クロワッサンの生地は27層重ねて焼くらしい。それが一番美味い。重ねたものには力がある。重ねれば重ねるほどに」
重ねたものには力がある。
まさしくクレイアそのものではないか。
日々の積み重ねで己を練り上げていく。
怠惰な者は脂肪を身につけるが、クレイアがつけるのは実力だ。
自分の店舗を任せてもらえるほどに。
「わたしとは大違い。落ち込むかも」
ユータスは眉を顰める。
何言ってんだと口にしそうな顔をしていた。
だけどそうは言わなかった。
「アンタはアンタだろ」
その言葉が、イオリの胸の深いところに突き刺さる。
「アンタ17だろ? 人生がもし1日なら鶏が泣く頃合いだ。アンタは起きていきなり落ち込むのか? あんたが持ってるの……えーと、なんだっけ? あの厚紙で出来てて、えらい飛ばしてくる奴」
「……ハリセンのこと?」
そう、それとユータスは同意する。
「あれ、紙を重ねて作るんだろ? でもそれだけだ。軽いしふわふわしてる。もっと重ねないと強くならないよ。白花の刀みたいに」
「もう遅いよ」
「始まってもいないだろ。アンタは目が覚めたばっかりだ。積み重ねて、無駄なものを全部吐き出して、その時アンタは輝くんだ。月まで届くくらいに」
剥いたジャガイモがバケツに沈む。
「……あんたは何で作るの?」
初めてユータスの手が止まった。
「決まってるだろ。輝くためだ」
その眼には一点の曇りもない。
そう言えばペルシェが好きだったなとイオリは思う。
謎の生き物。
魚と鳥が合わさったような形をしていてふわふわと空を揺蕩っている。奇跡のように。
だからこう呼ばれることがある。――空を泳ぐ宝石と。
光に照らすと虹色の輝きを見せてくれる。
ユータスはその輝きに魅入られているのだ。それこそ人生の全てを賭して。
「ユータ」
「ん?」
「刀ってどれくらい重ねるの」
そうだなぁとユータスは頭の中で算出する。
「たしか……ざっと3万かな」
「宇宙の果てまで届きそう」
笑いたくなるような数だった。
「アンタならいけるだろ」
ユータスは笑わなかった。
「……本気でそう思ってる?」
ユータスはつぶやいた。
真理を説く牧師のように。
「簡単だろ。諦めなきゃいい」
ついにジャガイモがバケツ一杯になった。
「終わったな」
そう、終わったのだ。
人はいつか死ぬ。
それは変えられない。
終わりは誰にでもやってくる。
それはこうも言えるだろう。
続けていれば――ハッピーエンドは必ずくる。
ずっと思ってた。
自分は何を薪にして燃えるのか。
イオリのそれには名前があった。
名前は――
「ユータ」
「? どうした?」
バケツを下げようとしたユータスが振り向いた。
両手で持つそれはきっとずっしりと重いに違いない。
だからイオリは言ったのだ。
「あんたが憎いわ」
真正面からそう告げる。
心の底から正直に。
言うだけ言ったらすっきりした。そのままイオリは立ち去っていく。
立ち去ったあと、ユータスは一人呟く。
「……オレのことか?」




