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イオリたちがそんなことを話している間にスタッフは、自分の服が血まみれになっていたことに気付く。
むせかえる鉄臭さに顔をしかめていた。
唯一生き残っている男が腰を抜かして、「お前は何者だ」と叫んでいる。
面と向かっていないからイオリは知らなかったが、デスゲームで会話をしていたあの男だった。
そんなものに興味のないユータスは、淡々とイオリに説明している。
「知ってるも何も……。イオリがよく知ってるだろ? 闘技場ジュニア部門ナンバーツー。通り名は“アナトリアの賞金稼ぎ”。何より今回のイベントの主催者――」
「んじゃ、自己紹介といきますか」
弾んだ声でスタッフは、ごてごてと指輪が付いた指をパチンとはじく。
バルバトスの指輪。
いくつもの魔法術式を施したマジックアイテム。十の指輪の形を成しており、普段はスタッフの指を飾るアクセサリーの形をとっているが、ハンドスナップを引き金とすることでありとあらゆる魔法を繰り出すことが可能となる。
魔法を禁じているティル・ナ・ノーグに合わせて、攻撃を伴う魔法は解除されているが、それでも扱える魔法は十分にある。
例えば――人間に化けるとか。
スタッフの周りを炎が包む。
現実には存在しない緑の焔。そして驚くべきことに熱も宿していない。
それはまさしく奇々怪々。
熱のない炎がスタッフを包み込み、衣服を溶かしていく。
そして全く新しい恰好に変わっていくではないか。
分厚い服は消え去り、肢体を包むビキニ。
その上にロングコートとショートパンツをまとっていて、腰に巻かれたベルトは、余りがまるでしっぽのように後ろから垂れ下がっている。
コートの背中に空けられた穴から伸びるのは羽根ではなく、一対の若葉。それは鳥の翼のようでもあり、同時に蝙蝠のそれにも見えた。
オールバックにまとめた髪。左よく東部から生える百合の花はコサージュではない。本当に直から生えたものだ。
袖もなくむき出しになった左腕にはびっしりと彫られた桜のタトゥー。
輝く瞳の色は青。それは舌にあけられたピアスと同じ色。
一陣の風が凪いで炎がぬぐわれたその時、そこにスタッフの姿はなかった。
その人の名は――
「悪魔。ミナーヴァ・キス」
それはユータスが告げたものか、それとも彼女本人の口から出たものか。
イオリが唖然とする中、ユータスが死刑執行人のような口調で言い放った。
「アンタの相手だよ、イオリ」
少し後、スタッフ――もといミナーヴァがイオリの姿に気付いた瞬間、きっと睨みつける。
イオリには獲物を見つけた野良犬の目に思えた。
「ちょっとまだそこにいたの?」
「な、ななな何よいたら悪いの?」
「そこにいたら危ないよ。早く離れてっ!」
心配しているだけだった。




