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どうしても憎いあなたへ  作者: 佐藤つかさ
第一章
41/104

2-31

 スタッフの体が影で濡れる。

 別の男が覆い被さりに来たのだ。


 お、と緊張感のないスタッフのつぶやき。

 相手は恰幅が良く背も高い。体格差で押し切るつもりなのだ。

 逃げてとイオリが叫ぼうとしたときには遅かった。

 スタッフの華奢な体が組み付かれてしまう。密着状態で両肩の動きを封じられていては体術も使えない。

 万事休すというやつだ。


 ――そう、思っていた。


「やる気あるじゃん。給料高いの?」

 からかうような、品性に欠けるべらんめえ(・・・・・)な物言い。

 猛禽類もうきんるいのような指がうごめく。

 肩は動かずとも腕は回せる。スタッフは相手のベルトをつかみ、さらに襟首をがっちりとくわえこんだ。楽しそうに。


 イオリが真っ先に思い浮かんだのは、故郷(シラハナ)の体術たる合気道だ。

 相手の力をそのまま投げる力に昇華する。小柄な者が大柄なものを制するための武道。

 しかしこの密着状態で繰り出せる技などそうはない。

 さらに言うならば、スタッフが使ったのは技ですらなかった。

 

「はああああッッ!!!!」

 腹から出した気合が、壁を、天井を、イオリたちをびりびりと震わせる。

 ふとイオリは実家の“タイコ”なるものを思い出した。

 打ち鳴らすだけで、肌はおろか臓腑まで貫通する力溢れる打楽器を。

 スタッフの声には、そんな魂すら煮えたぎらせるようなパワーがあった。

 さらに腕に力を込め、大地を踏ん張る。

 

 ただ、それだけで。

 

 男の。

 体が。

 宙に浮かんだ。

 

 ありえない。

 イオリは思った。

 成人男性の体重は六十キルトジェム。

 相手の体重は優にその倍はあるだろう。

 技も何もあったものではない、ただの力任せ。

 あろうことかスタッフは、その重量を筋肉にものを言わせてかち上げてみせたのだ。

 研鑽だとか技術だとかとは全く無縁な、ただの強引な力任せ。

 そんなものがあるように見えない華奢な腕で。

 確かに実現してみせたのだ。

 ありえない。

 

 不意に思い出す。

 故郷の畑仕事を手伝っていた時。

 親戚が耕した土から豪快に引っこ抜く大根を。

 

 スタッフが男を地面から引き抜くその姿と、どうしてか重なって見えた。

 

「落ちろッ!」

 そのまま容赦なく男をひっくり返す。

 男も例外なくこの世で定められた物理法則に従って、重力に導かれて顔面から床に接着される。

 顔を抑えてうずくまる男のみぞおちや下腹部に、スタッフは容赦のない蹴りを叩きこむ。

 格闘技なんて洗練されたものではない、ただの喧嘩。しかも妙に手慣れている。

 

 幾度かの乱打ののち、そのまま男はなすすべなく血の海に沈んだ。



 残り四人。


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