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「パス?」
ええ、とスタッフは頷いてみせた。
「今回のイベントは大人数になるんで個別にパスを発行して管理してるんです。事務所に問い合わせますから教えてください」
「あ、私たちはボランティアなんです。ミナーヴァ・キスさんに頼まれて」
へえ、とスタッフはつぶやいた。
どことなく間があるようであったし、心なしか真冬の朝のように冷たい声をしていた気がする。
そして、どことなくだけど。
この人怒っていないか?
そのころ、ユータスは天井の凝った彫刻に興味を持ち始めていた。
「後ろの方ですが、台車で何を?」
「機材の搬入です。ミナーヴァさんに頼まれて」
男の言葉に、スタッフは相槌を打った。
「ああ。人使い荒いですよねえ、あのおじさん」
全くです、と男は答えた。
確信。
「弓はよくやる方で?」
「といいますと?」
「そちらの台車を引いてる方、指に羽根の傷ができているので。鹿狩りですか?」
「山にはこのところ出てませんよ」
「なるほど。ところでこちらはご存じですか?」
不意にスタッフはこう告げた。
「37万5000セルトマイス」
一瞬空気が凍り付く。
あるものは顔を見合わせ、首をかしげる。
当然だろう。
誰もスタッフの言った意味が理解できなかったのだ。
「……は?」
「体積だよ」
男の疑問にユータスが口をはさむ。
「後ろの人。箱を押してる……そう、そこのアンタ。俺の身長が187セルトマイスだから、目線の位置から測った箱の高さは150セルトマイス。で、横幅50セルトマイス。奥行きも50セルトマイス。高さかける横幅かける奥行きで、答えは37万5000セルトマイス。ちょうど人が座った時に近いサイズなんだが質問だ。アンタ何を運んでる?」
つらつらとそんなことを言い放つ。
見てないようでしっかり見ている。
「だそうですよ?」
愉快そうにスタッフは笑んでいる。
どうやらユータスと同じ考えらしい。
「ついでに言うと、スタッフに支給した制服は男女問わず統一させています。靴もです。ワンオフの鹿皮製。ティルナノーグの外延にある森を鹿が荒らしてるもので、秋の狩猟シーズンに狩るんです。当然スタッフも全員駆り出されます。闘技場の人にとっては山はお馴染みなんですよ。ところであなた、さっきなんて抜かしたか覚えてます?」
形勢逆転だ。
スタッフは彼らを警戒している。
警備を呼ぶのも時間の問題だろう。
そのままミナーヴァ・キスが知れば厳重な対応をとってくれるかもしれない。
そうすれば彼らも大手を振って歩くことはできないはず。
そう思っていた。




