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ぶつかったんですよと、スタッフは言った。
「ん?」とユータス。「ぶつかったって、道でか?」
「避けれたと思ってたんです。フェイントで誘いも入れたし、裏をかいたと思ってた。だけど結果は正面衝突。どういうことだと思います?」
ユータスは考える。
このスタッフは今こそ清掃に励んでいるが、実際は現役の剣闘士だ。
剣闘士ともなれば、視線、重心移動、ほんのわずかな筋肉の動きで相手の行動を予測できる。
なのにぶつかった。
ならば見切ったと思っていたイオリの動きもまた、スタッフと同じフェイントだったということになる。
現役剣闘士とまったく同じ行動を、同等の反応速度で、しかも反射的に行ったということである。
「人をよく見てますよ。彼女」
スタッフはそう呟くと、ユータスに視線を向けて意地悪っぽい笑みを浮かべる。
「ユータスさんも見習ったらどーですか?」
「どういう意味だよ……」
「人にキョーミ持ちましょうよ。あの人と話とかしてます?」
会話くらいしてるとユータスは抗議した。しかしスタッフは半信半疑のご様子だった。
「へー。じゃあ、あの人のお誕生日は?」
「え」
「あの人の好きなものは?」
「う"」
「あの人が休みにどんなことしてるか、聞いたことあります? 寝てる? 本を読む? 詩を書いてる? どんな歌がが好きとか知ってますか?」
「…………」
すっかり縮こまるユータス。
どうやら本当に知らないらしい。
あきれ果てた様子でスタッフは重いため息をついた。
「ユータスさん。ペルシェ好きですよね?」
ペルシェといえば、このアーガトラム大陸に住まう生物で、まるで虹を着飾ったような形をしている。
ユータスはこの生物に魅了されているのだ。あれはまさしく生きる宝石だ。
「好きだけど?」
「牛は好きですか?」
「食べるなら」
「愛玩動物は?」
「見るだけなら」
息を吸って、スタッフは問いかけた。
「人間は?」
ユータスは、それに応えることができなかった。
なぜならイオリがハリセンを叩きこんできたからである。
スタッフの顔面に。




