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どうしても憎いあなたへ  作者: 佐藤つかさ
第一章
30/104

2-20

 久しぶりだな、とユータスは言った。

 清掃スタッフはにこやかに笑って接している。

 客向けではない、心の底からの笑顔。

 先ほどポップコーンを分けてくれたコンパニオンと同じ顔をしていた。

 それもそのはず。スタッフもまたユータス・アルテニカの顧客だからである。

 

 これは、イオリの後ろで始まった物語。

 

 

「調子はいいのか?」

 ユータスが問うと、もちろんとスタッフは笑い、広げた手を見せる。

 十指にめられているのは銀色の指輪。

 オオカミの口を模しているものであったり。茨に似たものであったり、さまざまな形の輪が指を包んでいた。

 そのどれもがただならぬ魔力を帯びているが、古の品と見るにはあまりにも真新しい。

 

 バルバトスの指輪。

 高名な魔法使いの術式を何百通りも読み込んだマジックアイテムで、簡易的ながら魔法を発動できる。

 かつてユータスが仕上げを手伝った代物である。

 

 火を放つことも雷を放つこともできるが、スタッフの“個人的な用途”に合わせて使える魔法はある程度調整されていた。

 主に扱うのは――


 豚肉の冷凍と解凍。

 洗濯物のシミ抜き。

 水を使わず皿洗い。

 あと一瞬で歯磨きもできる。寝る前に。ベッドで毛布にくるまったまま。

 

 スタッフがまじまじとユータスを見つめている。

 道を歩いていたら珍しい柄の猫を見つけたような、そんな顔。

「……派手な服ですね」

 それもそうだろう。

 今のユータスは長空の衣装を身にまとっている。

 その外見たるや、どう見ても怪しい闇医者である。

 患者の一人や二人壊していそうな怪しささえ発している。

 実際には壊すどころか、創作意欲の塊なのだけれど。 

 

 車いすに座っていることも異質であるが、殊更奇妙なのがユータスの足元であった。 

「……何でハイヒールはいてるんですか?」

「気づいたらはかされてた」

「誰チョイスですかそれ」

「BBさん」

「納得」


「…………」

 ため息をついて、スタッフは話題を切り替えることにした。

「黄金林檎は美味しいですか?」

 ユータスが手にしていた林檎に向けられていた。

 歯型も残っている。

「イオリに渡された。あんたはモノづくりばっかしとらんと何か食え、って」

「林檎にはビタミンがありますからね。脳の健康にいいですし、噛む運動は記憶力も上がるって言いますから、ユータスさんにピッタリだと思いますよ?」

「もうちょっと作ってたいんだけどな」

 スタッフは苦笑いする。


「ユータスさん。そうやって好きに振る舞えるのは、隣で支えてくれる人がいるからだと思いますよ? 自重しろとは言いませんが、たまにはその人に気持ちを伝えてみてはどうですか?」

「わかってるよ」


 再びスタッフは苦笑いする。

 どうにもこの男は扱いが難しい。

 

 不意にスタッフは目をそらす。

 その視線はユータスとお揃いの長空衣装を着飾った挑戦者――イオリに向けられていた。

「……あの人がユータスさんを支えてる人ですか?」

「? 興味あるのか?」

「そりゃもう」


 スタッフがくすりと笑う。

「ぶつかったんですよ。あの人に」

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