1-3
突然の声に、イオリたちは驚いた。
『やあ。坊やたち』
壁から響く声。
驚くべきことに、その向こうには誰もいなかった。
ランタンが揺れるたびに壁のタイルと溝の間で影が揺らめく。
不意に、誰かに見られているような気がした。
『声が聞こえるかい? イオリ・ミヤモト』
恐怖がイオリの首筋に突き付けられる。
どうして相手はイオリの名前を知っているのだろう。
『突然だけど、ゲームをしよう。ルールは簡単。坊やたちは鍵を持っている。お互いの足枷を解く鍵だ。でもその鍵を解くにはお互いを殺さなければならない』
殺す。
聞き間違いかと思ったけれど、相手は確かにそう言った。
酷く残酷で強い言葉。
含みを残したような耳に残る声。
隣で何かの金属音が響いた気がしたけれど、イオリは振り向く気になれなかった。
『怖いだろう? 助かりたいだろう? そこで坊やたちには私が勧めるゲームを……』
「解けた」
男の自信たっぷりな言葉が遮られる。
遮ったのは隣にいたユータスだった。
調子を確かめるために、両手を握ったり開いたりしている。
そう、両手を。
確かユータスの両手には手枷がはめられていたはずだ。イオリの足枷と同じものが。
視線を落とすと、カビだらけのタイルに鎖が転がっているではないか。
解いたのだ。ユータスが。
『ど、どうやって……』
動揺を隠しきれない相手の声に対して、ユータスの声は淡々としたものだった。
「作った」
省きすぎて説明が不足している。
「ユータ、もう少し詳しく」
「手元に鍵がないから作ったんだ」
さっきから金属を磨いていたのはこのためだったのか。
「その辺の棒を拾って、鍵穴に合うようにでっぱりをヤスリで削った。あとは挿して回すだけ」
憎らしいくらい落ち着いた物言いだが、今となってはむしろ頼もしささえ感じてしまう。
ユータスは“だけ”と評しているが、鍵の仕組みを観察し、ましてや把握して鍵穴にフィットする鍵をつくるには、立体的な造形センスが必要になる。
彼はそらで組み上げて、さらには具現化して見せたのだ。こんなゴミだらけの場所で。
ユータス・アルテニカ。
ティル・ナ・ノーグで細工師を営む青年であり、齢十八にして自らの工房を構える若き才能の持ち主なのである。
そしてイオリ・ミヤモトはその共同経営者。
これから紡がれるのは、この二人の物語である。