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どうしたものか。
そんなことを思いながら、イオリはここから出られないかと思案する。
だが移動しようにも動けない。
なぜなら足首に枷がはめられているからだ。
比喩とかではなく、本当に。
鉄の輪がしっかりとはめ込まれていて、つながれている鎖は指でわっかを作った程度の太さ。
伸びた鎖は床を這って遠くの壁につながっており、ちょっとやそっとじゃ抜けそうにない。
ちょっとした事情があって武器になるものを今すぐ出せなくもないけれど、試すには勇気がいった。そもそも効果があるかもわからないし。
やらないよりはましだろうと、試そうとしたその時だった。
何かがこすれる音がした。
それも少し離れたところから。
正確にいうなれば――自分の背後から。
ひっと息をのんで、イオリは背中の闇へと振り返る。
音が少しずつ大きくなっていく。
闇の奥から。まるでイオリの存在に気付いたかのように。
不快な音がイオリの耳朶を引っ搔いてくる。まるで気付いてほしいとせがむように。
もはや塞げないくらいその音は大きくなっていて、それと共に闇が形を成してきた。
奥に人がいたのだ。
大きな車椅子に腰を下ろし、一心不乱に金属を磨いている。
自分と同じ長空の衣装。
詰襟――マンダリンカラーというらしい――が付いた漢服。純白のそれに施されているのは金糸で縫い付けられた鳥だった。確かツルという名前ではなかったか。
襟や袖の隙間から見える部分にはびっしりと包帯が巻かれていて、緩くなった結び目がほどけてゆらゆらと揺蕩っている。まるで海を舞う海月のように。
ひどく疲弊しているのは見るからに明らかだというのに、金属をいじるその眼だけが爛々と輝いていて、まるで何かの偏執狂のようであった。
目の下に浮かぶ隈はもはや化粧なのか元からなのかもわからない。
こんな誰もいない廃墟で熱心に金属をいじる姿はひどく不気味であっただろう。
しかし残念なことに、イオリはこの男に見覚えがあった。
この針金のように細長い男の名は――
「ユータ」
あきれたようにイオリがつぶやくと――ユータと呼ばれた青年は動きを止める。
そしてイオリの方に振り返るとこう言ったのだ。
「ああイオリか。おはよう」
まるで茶飲み話のように呑気な口調に、イオリは若干殺意が沸いた。
毎度のことなので慣れてはいるが、かといって気持ちのいいものではない。
諸事情があって今の彼はひどく疲弊している――目元の隈もその影響――はずなのだが、職人の魂そのものは絶好調らしい。
「あんた何しちょるね」
ちょっとな。
そう答えながらユータ――本名ユータス・アルテニカは再び金属磨きに没頭した。
【メインキャラクター02】
ユータス・アルテニカ(Utas Artenica)
creator: 宗像竜子
(敬称略)