2-8
秋の祭ことアウラは三日に分けて執り行われる。
まずは前夜祭。
秋への別れを告げる祭。
そして主祭。
今年の実りを感謝し、来年の豊穣を祈る祭。
最後に後夜祭。
冬の始まりを前に病魔や災厄を祓う祭。
前夜祭はユータスが窯を作って終わっている。
それからまた日が昇り、今は主祭の真っ最中である。
にも関わらず、ユータスは何も変わっていなかった。
今も病室にこもって黙々と何かを作っている。
窯で鋳造した鉄を削り取って、一心不乱に何かを作っているようだった。
空が白んでも。
陽が高くなっても。
陽が沈みつつある今も。
夕闇は逢魔が時。
またの名を暮れ六つ、酉の刻。
大きな災いが起こりうる時刻なのである、と。
人と魔がつながるこの刻に、ユータス・アルテニカは何を手掛けているというのだろう。
病室のベッドに腰を落ち着けたまま、イオリ・ミヤモトは思いにふけっていた。
肌寒く、部屋の半分は影に隠れている。イオリのいる場所もそうであった。
もう半分は夕日に染まっていて、ユータスは黙々とものづくりに耽っている。
鉄粉にまみれて、爪の間や指紋はすっかり黒ずんでいたけれど、そんなこと本人はどうでもよくって。
部品を削ってはその目で確かめ、自分の理想と照らし合わせている。
普段見せることのない真剣な表情。金属を削るたびに自分の魂すらも削り取っているかのような。
有名なオーケストラの指揮者は集中していると、近くで爆発があっても気づかないのだという。
たぶん世界の終わりが来たとしても、今のユータスは気づきもしないのだろう。
「…………」
影の下で、イオリはカップに口をつける。
熱と、苦い豆の味。コーヒーという飲み物らしい。
焙煎した豆を細かく砕いて湯煎に溶かした飲み物で、イレーネ先生曰く覚醒作用が高くて重宝しているのだという。
イオリにしてみれば苦くて飲めたものではない。牛のミルクを混ぜて中和してようやくだ。
湯気の先に見えるのは――ユータスの横顔。
寝食どころかしゃべることも忘れて、自分の人生に没頭している。
ユータスは悩まない。
もしくは、悩んでいても進み続ける。
その先が茨道だろうが獣道だろうがものともしないのだ。
イオリと違って。
「…………」
光の下で、ユータスは何を思うのだろう。
過労でまだ足が動かないはずなのに。
まだ疲れも癒えていないはずなのに。
どうして前に進み続けられるのだろう。
ユータスは手近にあったカップを手にすると一息で飲み干した。
数時間前に入れたコーヒーなのに。もうすっかり冷め切っているはずなのに。
ただの苦い泥水でしかないそれを、乾きさえ何とかなればどうでもいいといわんばかりに。
彼にとっては些末なことでしかないのだ。
光と闇。
今の病室は見事に夕日と影で分かたれている。
ユータスは光の下にいて、イオリは影の中にいる。
ほんの少し手を伸ばせば彼に触れられるのに――
どうしてだろう。
彼が、遠い……。
なんで続けられるの?
なんで止まらないの?
なんで?
なんで――
なんで諦めないの?
「だめだ!」
突然のユータスの声に、イオリの方が驚いてしまった。
「どうしたの? ユータ」
「部品が足りない」
「部品って?」
イオリの問いに、ユータスはかすかに言いよどんだ後、答えてくれた。
「……ルビー」