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どうしても憎いあなたへ  作者: 佐藤つかさ
第一章
18/104

2-8

 秋の祭ことアウラは三日に分けて執り行われる。

 

 まずは前夜祭。

 秋への別れを告げる祭。

 そして主祭。

 今年の実りを感謝し、来年の豊穣を祈る祭。

 最後に後夜祭。

 冬の始まりを前に病魔や災厄を祓う祭。


 前夜祭はユータスが窯を作って終わっている。

 それからまた日が昇り、今は主祭の真っ最中である。

 にも関わらず、ユータスは何も変わっていなかった。

 今も病室にこもって黙々と何かを作っている。

 窯で鋳造した鉄を削り取って、一心不乱に何かを作っているようだった。

 

 空が白んでも。

 陽が高くなっても。

 陽が沈みつつある今も。

 

 夕闇ゆうやみ逢魔おうまどき

 またの名を暮れ六つ、とりこく

 大きな災いが起こりうる時刻なのである、と。

 

 人と魔がつながるこの刻に、ユータス・アルテニカは何を手掛けているというのだろう。

 

 病室のベッドに腰を落ち着けたまま、イオリ・ミヤモトは思いにふけっていた。

 肌寒く、部屋の半分は影に隠れている。イオリのいる場所もそうであった。

 もう半分は夕日に染まっていて、ユータスは黙々とものづくりに耽っている。

 鉄粉にまみれて、爪の間や指紋はすっかり黒ずんでいたけれど、そんなこと本人はどうでもよくって。

 部品を削ってはその目で確かめ、自分の理想と照らし合わせている。

 普段見せることのない真剣な表情。金属を削るたびに自分の魂すらも削り取っているかのような。

 有名なオーケストラの指揮者は集中していると、近くで爆発があっても気づかないのだという。 

 たぶん世界の終わりが来たとしても、今のユータスは気づきもしないのだろう。

 

「…………」 

 影の下で、イオリはカップに口をつける。

 熱と、苦い豆の味。コーヒーという飲み物らしい。

 焙煎ばいせんした豆を細かく砕いて湯煎に溶かした飲み物で、イレーネ先生曰く覚醒作用が高くて重宝しているのだという。

 イオリにしてみれば苦くて飲めたものではない。クアルンのミルクを混ぜて中和してようやくだ。


 湯気の先に見えるのは――ユータスの横顔。

 寝食どころかしゃべることも忘れて、自分の人生に没頭している。 

 ユータスは悩まない。

 もしくは、悩んでいても進み続ける。

 その先が茨道だろうが獣道だろうがものともしないのだ。

 

 イオリと違って。

 

「…………」

 光の下で、ユータスは何を思うのだろう。

 過労でまだ足が動かないはずなのに。

 まだ疲れも癒えていないはずなのに。  

 どうして前に進み続けられるのだろう。

  

 ユータスは手近にあったカップを手にすると一息で飲み干した。

 数時間前に入れたコーヒーなのに。もうすっかり冷め切っているはずなのに。

 ただの苦い泥水でしかないそれを、乾きさえ何とかなればどうでもいいといわんばかりに。

 彼にとっては些末なことでしかないのだ。

 

 光と闇。

 今の病室は見事に夕日と影で分かたれている。

 ユータスは光の下にいて、イオリは影の中にいる。

 ほんの少し手を伸ばせば彼に触れられるのに――


 どうしてだろう。

 彼が、遠い……。

 

 なんで続けられるの?

 なんで止まらないの?

 なんで?

 なんで――

 なんで諦めないの?


「だめだ!」

 突然のユータスの声に、イオリの方が驚いてしまった。  


「どうしたの? ユータ」

「部品が足りない」

「部品って?」

 イオリの問いに、ユータスはかすかに言いよどんだ後、答えてくれた。


「……ルビー」

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