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どうしても憎いあなたへ  作者: 佐藤つかさ
第一章
16/104

2-6

 ここでイオリは気づく。

 机に散らばっている白い粉。

 薄く切った肉。ピーマン。その他調味料。――ピザの材料である。

「……ユータ。なんで小麦粉があるの?」

「ああ、隣の病室のヤルナさんが、窯があるなら何かご飯が作れるんじゃないかって言いだして、貸してほしいっていうから貸したんだ」

 イオリは思わず頭を抱える。普段人と接することがないくせに、こういう時に限って悪知恵を持ったやつを引き込むのか。

「清掃はしたんでしょうね」

「……なんで?」


 今、何と言った?

 

 イオリは思わず青ざめる。

 金属を鋳造していた窯にそのままピザを入れたのか?

 

 背後から聞こえてくる足音。

 ピザを期待している悪知恵を働かせた病人のものか。

 それともおいしそうな匂いに惹かれてきた別の人か。

 もしくは――怒り狂ったイレーネさんの足音か。


「良かったらイオリも食べてみるか? オレは特に興味ないけど……どうしたんだイオリ? 本質主義について悩んでるような顔して」

 慢性の頭痛にかかったような気分でイオリは思い悩む。

 生まれてこの方頭痛に悩まされたことなどないが、今の状況はまさにそれだった。

 

 そうこうしている間にも竈はめらめらと燃えているし、ユータスは能天気に薪をくべている。足音はどんどん近づいてくるしもうどうしたらいいかわからなくって……。

 ついにイオリは限界に達した。

 

 ぷつんと太い何かがキレる音。

 嘘のように頭痛が引いていく。

 そうだ最初っからこうすればよかったのだ。


「あ、あの……イオリさん? どうして笑ってるんですか?」

 なぜかユータスが敬語で訪ねてくる。

 気まずいことがあるときの彼のクセだ。鈍感な彼にしては珍しく――そして不幸なことに――その予感は大正解であった。

 

 事実、イオリは解き放たれていた。

 まるでうだつの上がらない亭主に嫌気がさして包丁を手にする妻のような。  


 シチューの入った器をテーブルに置くと、つかつかとユータスとの距離を詰めていく。

 まるで獲物を狙う猛禽類のような。

 

 その手にはいつの間に抜いたのか“あるもの”が握られていた。

 ハリセン。

 白い厚紙でできているはずのそれは、どういう手妻てづまが施されているのか、青白い光を放っている。

 全く関係ないが、チェレンコフ放射光というものがある。

 この世で・・・・最も・・純粋な・・・パワーに・・・・満ち溢れた・・・・・それは・・・青白い輝きを放っていると言われている。

 無言のままイオリはユータスの前に詰め寄る。

 距離にして30セルトマイス。

 単位についての説明は省くが、人が人を殴るのにちょうどいい距離間とだけ言っておこう。

 イオリはハリセンを構え、力強く振りかぶった!

 

「待てイオリ! 話せばわか――」

「ぃやぁっかましいわ、こんバカッタレが―――――――――――――!」

 

 室内に一陣の風が吹き荒れる。

 竈の火が勢いよく吹き消され、残るのは炭の黒。

 ユータス・アルテニカの体はいともたやすく引き飛んで、窓を突き抜け一筋の流れ星へと生まれ変わった。

 

「…………」 

 静けさを取り戻した室内で、イオリは再び思い悩む。

 机に置いたシチューと、隣に転がっている――いくつもの工具。

 ユータスは放っておくとすぐ仕事にはまり込む。

 まるで猿のようだと、イオリは思った。

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