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どうしても憎いあなたへ  作者: 佐藤つかさ
第一章
13/104

2-3

 商業都市ティル・ナ・ノーグ。

 四方を高い壁で囲い、モンスターの脅威や戦争とはしばらく無縁となった街にとって、もっとも高い死亡率は何か?

 答えは疫病である。

 何年かに一度引き起こされる大感染パンデミック

 もしくはちょっとした怪我や、朽ちかけた肉体のメンテにも対応できる総合医療施設。

 それがグラッツィア施療院。

 最先端医療と腕の良い医師スタッフが常駐し、いついかなる時にも駆けつける、医療のスペシャリストたち。

 イオリ・ミヤモトもまたそこの門徒となるべく敷居を(また)いだ一人である。

 

 とはいえ、常日頃感染者が出るわけもなく、普段は次の死因と戦っている。

 仕事中の事故である。

 平和であることの証と言えなくはないが、気が緩んでいると嘆きたくもなるだろう。

 この時のイオリが、まさにそうだった。 

「……ところでイオリさん。ちょっといいですか?」

「何?」

「オレの腕につながってる管は何?」

「ああ、輸血。貧血気味だったから」

 無理やりつながれた管を見ながら、ユータスがいぶかしげに目を細める。

「輸血にしては中身透き通ってないか?」

「生理食塩水。本物の血はゴルディさんたちに全部取られた」

「親方も全滅か……」


 親方ことゴルディ・アルテニカ。

 このティル・ナ・ノーグにおいても五本の指に入る細工職人であり巨匠の名をほしいままにしている。

 我こそはと弟子入りを志願する若者がこぞったものだが、今現在残っているのはわずか七人ばかり。しかもそのうち二人は実の息子と親戚であるユータスだ。

 選りすぐりといえば聞こえはいいが、ほとんど同好会に近い。

 それも作るもの一つ一つに価値があり、おそらく生涯かけて作るであろう物をすべて金に換算すれば、口にするのも嫌な額に膨れ上がることは間違いないレベルの同好会。

 末端でこそあれ、ユータスも間違いなくその細工職人の血を引いている。

 

 しかしてゴルディ・アルテニカは極度の人間嫌いであった。

 五十路いそじを超えていながら、嫌なものは嫌と我を通すところは、良くも悪くも職人気質であるといえた。

 輸血しているのだから、当然彼は今施療院の病室にいるというわけだ。

 体は健康になっていても、心は死んでいるかもしれない。

 

 一方のユータスはというと。

 

「ユータ。欲しいものある? おかゆ? 果物?」

「金属ヤスリ」

「仕事するな」


 病的なまでの仕事中毒者ワーカホリックであった。

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