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「人工呼吸って、みんな力緩めちゃうんだよね。アバラ折れちゃうから。でもイオリは思いっきりやってた」
「それがいいことなの?」
「意識不明で死ぬのと、アバラ折れる代償に生き返るのとどっちがいい? あたしなら後者がいいな」
「彼女は薄っぺらい。紙みたいだ」
アクチェの言葉である。
イオリを評した言葉だ。
試しにと同じことを聞いてみる。
イオリのことだ。ミナーヴァはどう思うと。
答えはシンプルだった。
「そんなこと言った馬鹿は誰よ?」
真顔だった。
「忘れて」
「?」
ミナーヴァは隣で包丁を通していく。
慣れた手つきでロブスターの殻に刃が通っていく。
「イオリがティルナノーグに来て二年。一年三百六十五日を倍にした七百三十。それだけの数を紙にして積み重ねれば一冊の本だよ。それは確実にイオリの糧になる。価値になる。力になる」
クレイアもそうだ。
孤児だと知ったのは二年前。
決意したのも二年前。
それから研鑽を重ねてきた。
二年。
それはイオリと同じ時間。
これは、互いの積み重ねの見せ合いっこだ。
ミナーヴァは無言で手を出した。
「何よ」
「アンプル貸して。あの馬鹿に返す」
「気づいてたの?」
「試合で変なトラウマ二個も抱えたくないでしょ? ホラ貸して」
手に取ると、歯を剥いて、大きな顎門を見せつける。大量のスパゲティでも頬張るような品のなさ。
そのままなんでもないことのようにーー
アンプルを口の中に放り込んだ。
「結構強いんだってさ。それ」
「毒には慣れてる」
バリバリと噛み砕いて、豪快に飲み込む。
「よく食べれるね」
「ちょいと面白い料理する友達と、毒草渡してくる友達と長いこといるとこうなるの」
「もしお母さんのこと知りたくなったら、手伝ってくれる?」
ミナーヴァは答える。あたし高いよ、と。
思わずクレイアは微笑んだ。
「クッキー三枚でどう?」
「乗った」