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星の瞬きともに、タイミングを合わせたかのように闘技場からいくつもの花火が上がる。
まるで祝砲のごとく。
色とりどりの輝き。
炭酸ストロンチウムが生み出す赤、硝酸バリウムが作る緑、シュウ酸ナトリウムが描く黄色……。
魔法でない。
ユータスがあの廃墟で見せたテルミット反応と同じ、化学の産物。
職人の手で紡ぎ出した技術の結晶だ。
イオリの瞳に光が宿る。
その色は、青。
黒髪黒瞳である白花において、イオリの色は珍しい。
それは父が異邦人であるからだ。
花火の技術に憧れて単身で白花に移り住んだ男。夢に向かって一直線という点は、まさしく血の通った親子の証であった。
「…………」
極彩色に飾り立てられた空を見つめながらイオリは思う。
イオリ・ミヤモトが目指しているのは医者である。
人を癒すことを職務とする白花の民がどうして闘技場に足を運ぶこととなったのか。
地面にひかれた一本の線。
線の手前でイオリは立ち止まる。
闘技場は目前。
あと一歩で辿り着く。
なのにその一歩が踏み出せない。
つま先の少し先にひかれた一本の線。
その辺の木に棒で抉っただけのそれが、まるで氷原のクレパスのごとき深い溝に思える。
足を踏み込んだが最後、もう二度と後戻りできなくなるような気さえした。
でも。
だけど。
倒さなければならないのだ。
ミナーヴァ・キスと呼ばれる剣闘士を。
変なところで足止めを喰らってしまったけれど、ようやくスタートラインに立てたのだ。
物語でいうならばプロローグ。ここからバッドエンドになるかハッピーエンドになるかは、イオリの実力次第。
願わくば先ほどのゴーレムよりも強くないことを祈るばかりである。
宿敵のいる先を睨みつけ、イオリは思いを告げる。
「どんな男か知らんけど……負けないっちゃね」
まるであの頃。
夢を追いかけて白花を飛び出してきたような。
何か強い力をイオリは感じる。
でもだとすれば、それは希望のある力だ。
決意とともに、彼女はついに線を踏み越える。
イオリの凱旋を祝うかのように花火が瞬いた。
酸化銅が生み出す化学反応は青。
それはイオリの瞳と同じ色だった。
【プロローグ・了】




