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社会問題

核抑止力と権威主義者たち

作者: せいじ

 核抑止力はもう機能しないとか、核抑止力に意味は無いとの意見を聞くと、この意見には前提があると思いました。


 恐らくですが、すべての人々は合理主義的とかを前提にした、啓蒙思想なんでしょうか。


 核は使用できない、何故なら経済的な結びつきや国際社会の複雑さから、核を使用した者は決して無傷では済まないからです。


 例えば、ウクライナ戦争でも使用された兵器に日本製の部品が使われていると言われますし、テロ集団も日本製の車両を使用していました。


 これは日本が意図的にそういった勢力に販売したのではなく、第三者経由で彼らの手に渡っただけで、逆に言えば日本の部品をそれだけ必要としています。


 その日本に核を打ち込めば、部品調達は出来なくなります。


 独裁国とか権威主義国が、自国で生産出来ない精密部品などの生産拠点をアウトソーシングした先が、日本になるからです。


 その意味で、核抑止は意味が無い、あるいは必要ないとなります。


 普通ならです。


 世界が理想に向かって、合理的、論理的思考の下で理性的にそのようになろうとしているのなら、まあそれもいいでしょう。


 しかし、核を反対している人は、ある決定的なことを忘れています。


 それは独裁者という存在は、まともではないということです。


 何を当たり前のことをと言われるでしょうが、少し説明させてください。


 サイコパシーと呼ばれる存在がいます。

 欧米などの全人口の約2~3%存在すると言われ、日本などのアジア圏でも、約1%は存在すると言われています。


 日本ではサイコパシーの事を反社会的気質と訳されますが、これは人の持つ個性でもある一方で、重度だと脳の病気になります。

 酷くなると、社会生活が困難になるからです。


 その特徴は共感能力の欠如であり、痛みに対する鈍感さがよく知られています。


 だから人が驚くような殺人も、あるいはレイプや拷問も、汗一つかかずに出来るのです。


 映画「羊たちの沈黙」で注目されたのが、高い知能を持つサイコパシーですが、実際のサイコパシーの研究調査では、人の能力に差はありませんでした。


 普通の人と同様に、サイコパシーにも優秀な人もいるし、反対に愚かな人も居ます。


 サイコパシーだからといって天才とは言えず、むしろ驚くほど愚かな犯罪をしてしまうのが、サイコパシーの特徴になります。


 白昼堂々と高級宝飾店に押し入ったり、お年寄りに暴行を働いて殺害出来るのも、サイコパシーの特徴と思われますが、先天的なのか後天的なのかは不明です。


 実際、凶悪犯も一般人よりもサイコパシーの割合が多く見られ、それゆえに彼らは反社会的気質なんて言われます。


 しかしその一方で、リーダーに相応しい人材は、概ねサイコパシーであるのも最近の研究で分かってきました。


 共感能力の欠如は、感情的になりにくく公平な判断が出来ることを特徴としているので、何かと決断しやすくなりますが、情に薄いので冷たい人と思われます。

 しかもサイコパシーは、リスク評価があまり出来きないゆえに、普通なら逡巡するような行為すらも平然と出来ます。彼らが火事とか災害のような危険な現場に、率先して赴けるのもサイコパシーならではと言えるのではないだろうか?

 勇敢であり、判断力があり、決断出来る人が、サイコパシーの長所と言えます。

 人として魅力的なのも、サイコパシーの特徴と言えます。

 だが、サイコパシーは長期的視野を持ちません。


 だからこそ、短絡的で愚かな犯罪が平気で出来ると考えます。


 結果を予測出来ないのだからこそ、後先考えないような行動に出ることが出来ます。


 これを踏まえれば、ロシアのプーチン大統領、中国の習主席、北朝鮮の金総書記などは典型的なサイコパシーと言えるのではないだろうか?

 当然の如く、彼らは長期的な視野を持ちにくい、痛みに鈍感な国家元首と言えます。

 こういった人々は、理想とか人道とかは存在せず、ただ己の見る世界を理想とし、支配欲求を強く持つのです。


 そんな彼らが仮に広島や長崎の原爆資料館に訪問しても、核の惨禍に恐れおののくのではなく、これは使えると判断します。


 あの黒焦げになった死体の写真を見ても、素晴らしいとすら思い、核兵器の存在に感動するでしょう。


 逆に使えない、あるいは自分にとって損だと判断すれば、平気で核を捨てるでしょう。


 イラクのフセイン元大統領も同じで、イラクにあるはずの大量破壊兵器が無かったのは、それを持っていても意味が無いと判断したからと言えます。


 つまり、損だと。


 フセイン元大統領が地下鉄サリン事件を見て、大量破壊兵器は扱いにくいはカネはかかるは、しかも効果が期待するほどではないと分かったからこそ、廃棄したと言われています。


 その意味で、サイコパシーにも合理性を持ち合わせています。


 ただし、それは決して一般の考えるような代物ではなく、核が使えるなら核を持とうという、そんな身勝手な合理性になります。


 人々が怯える、恐怖に感じるものこそが、真に必要な兵器であると。


 だから北朝鮮のように、人民を犠牲にしても核開発を止めないのです。


 北朝鮮の人民を幸せにするには、核兵器が必要であると、そう判断しているからです。


 核開発は人民のためであり、人民を愛しているからこそ、人民を犠牲に出来るのです。


 これがサイコパシーの見る、世界観の一端と思います。


 では、彼らに核を持たせないようにするには、どうしたらいいのか?


 イスラエルが実践しました。


 フセイン元大統領が核を持ちたくてもイスラエルがそれを許さず、戦争上等とイスラエル空軍がいきなりイラクの核施設を空爆するからです。


 核開発に従事した研究者も暗殺され、イスラエルは不退転の決意でイラクによる核開発を阻止したのです。


 国際社会から孤立しようとも、やるべきと判断したら、イスラエルは躊躇しません。


 どうして、そのような決断が出来たのか?


 国が亡ぶかもしれないという、戦争を何度も経験したからとも言えます。


 いずれにせよ、核抑止は核が怖ければ怖い程効果があり、そしてそれは、いざとなれば使用を躊躇わないクレージーさが求められます。


 広島と長崎の原爆資料館は、そのいざとなれば核の使用を躊躇わない国があると、世界に喧伝しているような存在になります。


 それは米国に他ならず、あの国は後先考えずに戦争を仕掛けます。

 そして、人の国を滅茶苦茶にした挙句、さっさと逃げ出すのもいかにもあの国らしさの表れです。


 逆に言えば、その無責任さこそが、核抑止力の正体ではないだろうか?


 何をするか分からない、戦争大好き国家であると。


 自分にしか関心がないサイコパシー的な人から見たら、日本などはちょっと脅せばどうにでもなる国ですが、米国だけは違います。


 知能の高いサイコパシーは、脅威には敏感なんです。


 そして意外ですが、サイコパシーは孤独ですし、孤独に苦しんでいます。


 何故なら、サイコパシーである自分を理解してくれる者は同じサイコパシーぐらいですが、同じサイコパシーゆえにお互いを信用出来ません。


 だから、どうしても孤独に苛まれます。


 それを、どう解消したのか?


 孤独を解消したいがために、プーチン大統領はロシア正教に接近したのではないかと、私は考えます。


 孤独な人間は、よく宗教などに頼るからです。

 

 そして戦争に宗教性を入れると、戦争は容易に終わることはありません。


 そして核抑止力があると信じるからこそ、核による恫喝が出来るのです。


 彼らは相手が何に対して弱いのか、どうすれば心を挫くことが出来るのか、実はよく分かっています。


 核が脅威だからこそ、核を使って恫喝し、しかも核を使おうとするでしょう。


 核で反撃してこない、そんな国に対しては。


 核廃絶は、核兵器はもう役に立たない、あるいは新しい脅威が出来れば、彼らもきっと手放すでしょう。

 

 核は使える、役に立つと考えている間は、我々がいくら核廃絶を叫ぼうとも、否、叫べば叫ぶほど、核の有用性を彼らは知るからです。


 それが、サイコパシーと言うモノだからです。


 彼らが認識する世界とは、そういう世界だからです。


 力こそ、すべてです。


 世界が何に怯えているのか、それをよく熟知しています。


 ただし、短期的な視点に立ってですが。



 それのことを、我々は今一度、認識すべきと考えます。

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