戦闘力Sは伊達じゃない!
クレイヤンド王国、エコアス地方、平原の街ザンド。
交通の要所として栄えているこの街に、ダリス達は根を張っている。
街の外に広がるザンド草原を、ハミール山脈に向かって徒歩で一時間。
林に囲まれた湖が今日の目的地だ。
太陽が湖面に反射して、光の粒が宝石のように輝いている。
ゆるやかな風がふわりと頬を撫で、ダリスの前髪を揺らした。
子どもの拳サイズの石が転がっている地面に、緑色の葉っぱがはらりと落ちた。
ここは『静かな湖畔のダンジョン』と名づけられた、初心者向けのダンジョン。
「⦅さあ、ここがダンジョンだ⦆」
※⦅⦆内は日本語です
「⦅ダンジョンって洞窟とか地下墓地とか、そういう場所じゃないの?⦆」
昨日、総額金貨4枚で買ったばかりの、大剣とハードレザーアーマーに身を包んだチトセが、解せぬ顔をしている。
「⦅この世界ではモンスターの生息地のことを『ダンジョン』と呼ぶんだ。だから、この湖畔もダンジョンでいいんだよ⦆」
「⦅ふぅん。ダンジョンって、もっとおどろおどろしい迷宮みたいなのを想像してた⦆」
このダンジョンはフィールド型で、光を遮るものはなく、風の抜けも良い。数あるダンジョンの中でも特に明るく綺麗なところだ。
もちろんダンジョンによっては、廃墟、坑道、古城なんかに発生することもある。そういう場所は暗くてジメッとしていて、チトセの言うダンジョンのイメージを裏切らない。
「⦅ほとんどのダンジョンは人が少ないところに発生するから、こういう自然豊かな場所にダンジョンができることも珍しくない。このダンジョンも数カ月前に生まれたばかりだしな⦆」
「⦅ダンジョンって発生するものなんだ……⦆」
「⦅特にダンジョンの入口はモンスターが弱い。だから、初心者でも比較的安全に狩りができる。俺たちのデビュー戦には丁度いいだろ?⦆」
「⦅戦うのはボクだけだけどね⦆」
戦闘力Fじゃ足を引っ張るだけなんだから仕方ないじゃないか。
むしろ戦えもしないのに、ダンジョンまで同行している勇気を褒めたたえて欲しいくらいだ。
チトセの抗議は聞かなかったことにして、ダリスは解説を続ける。
「⦅あっちにも冒険者がいる。ほら、そっちにも⦆」
「⦅三人組とか、四人組とか、なんかファミリー向けのキャンプ場みたい⦆」
冒険者がパーティーを組んで、それぞれがモンスターを狩るために間隔をあけて固まっている様は、確かにキャンプ場の光景に似ているかもしれない。
人気の狩場だと冒険者が集まりすぎて鮨詰めのようになるのも、連休中のキャンプ場を彷彿とさせる。
…………前世でキャンプとか行った記憶ないけど。
そんな光景はニュースでしか見たことがないけど。
「⦅あっちのパーティー、ひとりだけスゴく強そう⦆」
チトセが視線を向ける先、四人組のパーティーの中に一人、明らかに装備が上等な、見るからに強そうな剣士がいた。金属製の鎧なんて駆け出しの冒険者には買えやしない。
剣士は他の三人に指示を出しながら、ピンチのときだけ手助けに入っている。
「⦅多分あれは……クランだ⦆」
「⦅クラン?⦆」
「⦅クランっていうのは冒険者が集まった集団のことで、組織の力で効率的にダンジョンを攻略していくんだ⦆」
「⦅なんか、会社みたい⦆」
「⦅……確かに⦆」
クランによっては月給制のところも多いらしいし、有名クランのリーダーはものすごい高収入らしいし……あ、これ会社だ。
せっかくだから、会社になぞらえてみよう。
「⦅あの強そうな剣士が先輩社員で、新卒社員に経験を積ませるためにココへ連れてきたんだ。だから基本は新卒社員に戦わせて、ヤバいときしか手を出さない……みたいな感じ⦆」
「⦅つまり、新卒研修だ⦆」
「⦅それだ……たぶん⦆」
新卒研修なるものをダリスは受けた経験がない。
あの頃は『|オン・ザ・ジョブ・トレーニング《実践に勝る訓練なし》』の名のもとに、入社するやすぐに担務を割り振られ、見よう見まねで電話営業をかけて回ったものだ。懐かしいけど、思い出したくもない。
それにしても……チトセって女子高生だよな。
今どきの女子高生は、新卒研修とか知ってるものなの?
「⦅ねえ、アレもモンスター?⦆」
チトセが指差した先には小型の黒いリスのようなモンスターがいた。
ジッとこちらの様子を見ている。
「⦅あ、ああ。デビルスクワラルだ⦆」
「⦅ちょっと、かわいいかも⦆」
「⦅かわいい見た目に騙されるなよ。素早い動きと、鋭い牙で新米冒険者キラーとも呼ばれ――⦆」
ダリスが言い終わらないうちに、チトセの綺麗な太刀筋が、黒リスを一刀の元に斬り捨てていた。
生命活動を停止した黒リスの身体が塵となり、小指サイズの魔光石がコロリと地面に落ちる。
「⦅ん? なんか言った?⦆」
戦闘力Sは伊達ではなかった。
初めてモンスターと戦ったとは思えない動きで黒リスを瞬殺せしめたチトセは、返り血の一滴も浴びていない。
想定以上の結果にダリスはハッと息を飲む。
これならもっと強いモンスターだってソロで討伐できてしまうかもしれない。
ダリスは跳ねる鼓動を押さえつけ、高揚した感情が顔に出ないように気をつける。
「⦅な、何でもない。コイツは雑魚だからな、さっさと奥へ進もうじゃないか⦆」
あくまで平静を装うダリスに、チトセがじっとりとした視線を向ける。
さらに二歩、三歩と距離をとる。
「⦅……ニヤニヤしてて気持ち悪い⦆」
「⦅え!? ウソだろ!?⦆」
慌てて顔に手をやるも、鏡なんてないから自分の表情なんて確認のしようがない。
「⦅下心むき出し顔してた⦆」
「⦅ど、どんな顔だよ⦆」
「⦅んー。飲み会で酔っぱらった女子を持ち帰ろうとしてる男の顔?⦆」
「⦅君、本当に女子高生!?⦆」
チトセはそれっぽい制服を着ているだけで、本当は女子高生じゃないのでは……というタイトル詐欺疑惑を残したまま、二人はダンジョンを更に奥へと進んでいく。
〇現時点の収支報告
資金:金貨25枚(250万円)
支出:▲金貨4枚(40万円)※装備購入費
残資金:金貨21枚(210万円)
○Tips
【成長限界】
成長できる幅の大きさ。伸びしろともいう。
ダリスのスキル『真・鑑定』によって、戦闘力と同じく10段階で表される。
成長するのが速いけど、限界も早くにやってくる者を『早熟』、成長するのは遅いけど、じっくり長く成長していく者を『晩成』と呼んだりする。