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黒い悪魔


 この世界には『ダンジョン』と呼ばれる区域がある。

 ダンジョンにはモンスターがあふれ、ダンジョンの奥へ進むほどモンスターも強くなっていく。


 ダンジョンの最奥さいおうには、『魔光岩まこうがん』と呼ばれるエネルギーの結晶体が存在する。これこそがダンジョン発生の原因であり、これをダンジョンから取り除くことでダンジョンを消滅させることができるのだ。


 モンスターを倒すと手に入る『魔光石まこうせき』は魔光岩の欠片のようなもの。魔光岩によって生まれたモンスターが命を散らすとき、はじめて姿を現す。


 魔光岩も、そして魔光石も、規模の差こそあれ同じエネルギーの塊である。

 灯りをともすのにも、水を汲み上げるのにも、そして国家間の戦争で使われる大型の兵器にも、このエネルギー(通称:魔光エネルギー)が使われている。


 各国にとって、ダンジョンとは厄災であると同時に重要な資源でもある。

 これらのダンジョンを攻略し、モンスターを倒し、魔光岩や魔光石を売ることで生計を立てている者達こそが『冒険者』だ。


 そんな冒険者には武器と防具――あわせて武具と呼ぶ――が必需品。

 必然的に武具の需要が増加していくものの、鉱石などの地下資源には限りがある。


 冒険者が増えるにつれて、武具の価格はどんどん上がっていき、需要に応えるために安くて低品質な製品も多く出回るようになった。特に金属製のプレートアーマーなどは貴族でさえも簡単には買えないほど高価なものとなり、冒険者のほとんどは皮革製のレザーアーマーを着用しているが、その性能は命を守るのに十分とはいえない。


 大怪我や絶命のリスクを負っても、モンスターを倒すのに必要不可欠な武器への投資に比重が偏ることは如何ともしがたく、冒険者たちはあたら若い命をダンジョンに散らしていく。



〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇 ●



「この大剣をください」


 ダリスはチトセが手に持っている無骨な大剣を指差した。

 さっきまで「お前、なにしてるんだ!」と顔を真っ赤にしていた店主が、両の眉を上げて驚きの表情を浮かべる。


「まさか、お客さんが使われるんですか?」


 店主が「使いこなせるわけがない」と、口にはしないが目で言っていた。

 ダリスは「まさか」と返すと、「俺じゃなくて、彼女が使うんですよ」と続ける。


 すぐに店主の笑い声が、店内を反響した。


「はっはっはっは。冗談はやめてくださいよ。この大剣は、百年ほど前にある有名な刀工が作ったジョークウェポンなんです」

「ジョークウェポン?」

「ええ。実際に武器として使用される想定をしていない、遊びで打った武器のことですよ。主な用途は飾りですね。とはいっても、飾るなら華美な装飾を施した美術的価値のある武器の方が今は人気なので、こうして当店の壁に飾られているわけですが」


 ダリスの実家にも剣や槍が飾られていたことを思い出す。

 貴族っぽいな、と思ったくらいで特別に意識したことはなかったけれど、言われてみれば宝石がキラキラ輝いていた気がする。


 あれ全部、飾るために作られた武器だったのか……。


「それじゃあ、武器としては使えない……つまり、粗悪品ってことですか?」

「粗悪品なんてとんでもない! 名工と名高い二代目オサテツが、貴重な鉱石をふんだんに使って鍛え上げてますから、破壊力も耐久力も一級品ですよ。ただ重さも一般的な大剣の何倍もあるんでね、実用的とはいえない代物なんです。ましてや、そんな不気味女子の細腕で振れるような――」


 ブオンと風切り音がし、店内に強烈な風が吹いた。

 滔々と語っていた店主の顔が突風にあおられて、ちょっと面白いことになっている。


 いや、それよりも。ここ店の中だよね。

 なんで突風が吹くのさ。


 ダリスと店主は、揃って突風の発生源へ顔を向けた。

 ブオン、ブン、ブン、ボオォン。


 案の定、原因は彼女。

 チトセが大剣を振るう度に、店内に強風が吹き荒れ、店に並んだ武器が揺れてぶつかり合う。


「ひいぃっ!?」


 街中でベヒーモスでも見たかのような、驚愕と恐怖の混ざった悲鳴が低い位置から聞こえた。見れば、店主が腰を抜かして床に座り込んでいる。


 屈強な男でも振るうことができないと思っていたジョークウェポンが、女の子の細腕に操られているという事実はそれくらい衝撃的だったようだ。


「黒い……悪魔」


 店主が震えながら、小さな声でそう言った。

 女子高生にそれは、さすがに可哀そう。

 こっちでは見たことないけど、前世ではゴ〇ブリの隠語だったハズ。


 チトセの耳に届かなかったことがせめてもの救いだ。


「そういうわけで、あの大剣を売って欲しいんですけど?」


 ガクガクと足を鳴らしている店主に、ダリスは声を掛ける。

 流石に、店主の口から再び笑声が出てくるようなことはなかった。



「それじゃあ、金貨10枚で」


 しばらくして、ようやく立ち上がった店主がダリスに値段を伝える。

 …………高い。武具の値段が右肩上がりになっていることは知っているけど……、金貨10枚ってチトセが二人も買えちゃうじゃん。


「この大剣、ジョークウェポンでしたよね。金貨1枚」


 さあ価格交渉のはじまりだ。


「いやいやいや、お客さん。二代目オサテツですよ。ジョークウェポンとはいえ金貨1枚はありえないですよ。金貨8枚」

「武器として使える人がほとんどいなくて、飾りとして買う貴族もいないのに? ここで売れないと、ずっと店を飾り続けることになるのでは? 金貨2枚」

「確かに、この大剣は先々代の頃から店にあるんですよね。でも最近じゃ、なんだかこの店を守ってきてくれた守り神みたいな気がしてましてね。簡単にお譲りするわけには……ねえ。金貨7枚」


 うーん。奴隷商のときより手ごわいな。

 売る気がないわけではないのだろうけど……。

 こうなったら奥の手だ。


「⦅チトセ、もっと全力で素振りしちゃって⦆」

「⦅え? いいの?⦆」

 ※⦅⦆内は日本語です


 ドゴオオォォォ!!

 チトセが大剣を大振りすると、凄まじい音と共に店内が暴風に襲われた。


「さっき彼女のこと、黒い……何て言ってましたっけ? 金貨3枚」




○Tips


【成長速度】

 同じ経験を積んだときに、成長する度合いの大きさ。

 ダリスのスキル『真・鑑定』によって、戦闘力と同じく10段階で表される。

 同じ経験をしても、成長する者としない者がいる。

 成長が早い者のこと『スポンジが水を吸うように成長する』と褒めたりする。

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