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雪合戦  作者: 里崎
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後編 決着(友情と恋仲)

エテレの攻撃を身軽に俊敏に斬っていた捕虜の少女が、突然動きを止めて後方を振り返る。ふたつに割れた白い塊が、黒の外套タバードの上を滑りぼとりと落ちる。


「どしたの、だいじょ、ぶべ」


すぐそばから顔を出した小綺麗な少年の頬を、飛んできた雪が遠慮なく張り飛ばす。野太い声とともにガッツポーズを振り上げる壮年の男。うらやましそうな顔を向けながら酒臭い息を吐く金髪の女。


足元の雪原がぼこりと大きく盛り上がるのを一瞬で元通りにした壮年の男が、続いて、デューアが放った無数の雪玉を落とし——


その中に落ちない球が一つ。


「お」


とっさに対処しようと身構えた男の横をすり抜けたその、魔法ではなくただのサイドスローで投げられた一球が、雪に突き刺してあった飲みかけの酒瓶に当たる。


「うっわ」


振り向いて駆け寄る男の尻に雪玉が命中。こぼれた酒にか脱落したことにか、雪の上にスライディングした状態で、酒瓶をかかげて尻を上げたまま、落胆の声をもらす。エテレの呆れ声。


と。


立ち尽くしていた少女が、剣を構えて突然駆け出す。視線の先——ギャラリーに向かって。

ギャラリーが割れる。逃げ惑う群衆の中から飛び出した護衛兵が、鮮やかな動きで彼女を引き倒す。どう、と雪の上に押さえつけられた少女はなおも身をよじり、腰から短剣を引き抜いて、投擲。兵の間をすり抜けた短剣が、群衆の中の一人の男の肩に深く突き立った。


「ぐあ!」しわがれた苦悶の声。


「あ」貴族の少年が、雪に濡れた顔を上着の袖で拭いながらぼんやり言う。「露天のおじさんだ」


目の色を変えた兵士たちが、逃げ出した男に殺到して捕縛する。護衛兵の一人が男の手から取り上げたのは小型の機械。転移照準器だ、と誰かが言った。


赤髪の女性が目を細めて、ぱちんと指を鳴らす。「異界に通じるランダムゲートの向こうに、ちょうどよく何かを配置できる方法、思いついた」


「奇遇だな」壮年の男が腕を組む。


「ゲートが開いたと同時に、その穴の前に重ね合わせて、ゲートではなく小部屋への入口を開く」赤髪の女性が続ける。「自分で作った小部屋なら、好きにモンスターをぶち込んでおける」


護衛兵にずるずると引きずられていく露天商の男。


「治水事業の反対派かなぁ」とエテレ。


「坊ちゃん狙ってどうすんだか、バカだなぁ」とデューア。


「アイツもまさか、雪合戦の現場で異界ゲート展開されるとは思ってなかったと思うけど」


「良かったなぁ、ヒマな魔導士が多くって」


釈放された捕虜の少女を助け起こした少年が、右手の甲を少女の帯剣に向ける。武勲を立てた忠臣を、領主や高官が讃えるときの仕草。


能面の少女が首を振る。剣の柄をいじりながら、うつむきがちに小さく呟く。「友達、なので」



白い息を乱して、紫紺のローブが二つ、雪原の上で向かいあっている。


「結局アイツらの一騎打ちかぁ」豪邸入り口の階段に腰かけた赤髪の女が、不満そうに足を揺らす。「決着つくのかねぇ」


疑問符を浮かべる壮年の男に、二人をよく知る直属の先輩が解説。


「前回もその前の引き分け。あいつら、魔力ほぼ互角だし、互いの手の内ぜんぶバレてるし」


「そもそもっ、あんたが魔法資材使い込まなけりゃ」とエテレが10個の雪玉を作って一気に放ち、


「それ言うならお前が昼飯食ったのが先だろー、がっ」とデューアが飛んできた雪玉を子ども用のソリで順に弾き飛ばし、


デューアが新たに作った10個の雪玉を投げつけ、

同時にエテレが、飛んできた巨大な雪玉をそのままUターンさせる。


目まぐるしい攻防に翻弄されて、見物中の少年がふらふらと上体を揺らす。

隣に座った少女にぶつかって一緒に揺れている。


完全に互角の戦況に、壮年の男が納得したようにうなずく。


白い息を乱して、紫紺のローブが二つ、雪原の上で向かいあう。


「あーもうっ」肩で息をしながら、額の汗をぬぐったエテレが癇癪を起こしたように首を振る。そっぽを向いて、不機嫌そうな顔でデューアを呼び、ぼそりと言う。「えー……あの見合い話、断って」


動きを止めて固まるデューアの顔面に、べしゃりと雪玉が激突。たちまち赤くなる耳と、冷えて赤くなった鼻。あごから水滴がしたたり落ちる。


勝利の雄たけびをあげて飛び跳ねたエテレが、じゃあな!と逃げるように門へ向かう。


「え、ちょっと待って、もっかい、あ違うなんでこんなとこでお前おいっ」真っ赤な顔でそれを追うデューア。


野次馬および脱落者席から、冷やかしの口笛と祝いの言葉とブーイング。


「やーっと片付いたか」にやにや笑う赤髪の女が大きくを伸びをして、同僚たちとこのあとの飲み会の算段を立て始める。


浮かれたムードにつられて拍手しながら貴族の少年がおっとりと首をかしげ、

隣の少女が無表情のまま少しソワソワしながら異国語で祝辞を述べ、


「式にゃ呼べよー、俺が禿げきる前に」赤ら顔の壮年の男が焚き火を片付けながら、美味そうに酒を煽った。

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