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雪合戦  作者: 里崎
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中編 異界ゲート展開

エテレが投擲のポーズをとったまま愕然とする。「……は? 異界ゲート展開?」


中空にぽっかりと空いた巨大な穴をしげしげと眺め、壮年の男が感心したように口笛を鳴らす。


「閉じろ、早く!」デューアが突然、危機迫った声音で叫んだ。


雪玉と入れ違いに暗い穴から飛び出してきたのは、巨大な翼を広げた無数の牙鳥。嘴と牙を何かの血でベットリと濡らしたその獰猛な肉食鳥は、ギイギイと不気味に鳴いて、真っ先に少年に襲いかかり——


やわらかな雪の上に尻餅をついてきつく目を閉じた少年のすぐ前で、黒の外套タバードが大きくひるがえる。小柄な少女が正眼に構えた銀色の大剣が、息もつかせぬ速さで、猛然と迫りくる先頭の怪鳥の腹部を深く切り裂いた。俊敏に駆け寄ってきた警備兵たちが少年を抱えて下がろうとする、そこへ鮮血の飛沫が降り注ぐ。


どう、と雪の上に巨体が落ちた。真っ赤な羽根が飛び散る。


早口に詠唱していたエテレとデューアが、同時に空へと叫ぶ。上空一帯に青と赤のまばゆい光がほとばしり、降り注いだ光の矢が、鳥たちの胴体を次々に突き刺した。


苦しげな声をあげて雪原に墜落する野鳥たち。焦げ臭いにおいをまき散らしてもがく鳥たちを、警備兵たちが押さえつける。


ほっと息をつくエテレとデューア。


赤ら顔の男が少女の足元から拾い上げた指輪を眺め、面倒臭そうな顔をする。「閉じる機構付いてねぇなコレ」


穴からもうもうとあふれ出る魔力まじりの禍々しい風に、エテレが身をすくませる。「うわなんかヤバいの来る!」


「急げ! ふさぐぞ!」


観戦していた同僚たちに怒鳴りながらデューアが両手を穴にかざし、地を這うような獰猛な咆哮をあげた巨大な魔獣が穴から飛び出してくる寸前、


「救世主、参上ー!!」


どこからか、高らかな笑い声と、能天気な大声。


穴を包み込むように突如満ちた膨大な魔力が、中空の大穴をあっという間にふさいで消した。不意に訪れる静寂。

目を丸くした赤ら顔の男がエテレとデューアを交互に見るのに、絶賛詠唱途中だった二人は首を振って、揃って同じ方向を指さした。


その先。


屋敷の正門がひとりでに開き、二頭立ての馬車が一台、とんでもないスピードで飛び込んでくる。雪合戦の戦線のちょうど真ん中あたりに急停車した馬車の、扉が内側から開く。小柄な御者がサッと脚立を置いた。それを踏むのは真っ赤なブーツ。豪華な馬車からひらりと降りて謎のポーズを決めたのは、紫紺のローブの上に灰色熊グリズリーの毛皮を羽織った、派手な赤髪の女性。「うははははは! って、おい、命の恩人に雪玉投げんな!」


次の雪玉をこしらえながら、あれ? とおっとり首をかしげる貴族の少年。


「お前もしかしなくても何が起きたかわかってないね? あのねぇ、」


額に青筋を浮かべた赤髪の女が少年に説教しようとして、あぁその前に、と男が持ったままの指輪を指さして、捕虜の少女に向きなおる。


「一応聞く。この指輪はどこで?」


少年が笑顔で答える。「きれいだよねー。昨日、街の露店で売ってたのを僕がプレゼントしたの。護身用にもなるって言われたよ」


「はた迷惑な身の護り方だな~」汗だく呆れ顔のデューアがぼやく。


「先輩、」駆け寄ったエテレが、白い息を吐きながら言う。「異界に通じるランダムゲートの向こうに、ちょうどよく何かを配置できるなんてこと、」


「ああうん、分かってるよ。無理だって。事故だね」


先輩と呼ばれた赤髪の女は、指輪を受け取り一度ゲートを展開した後、ぎょっとなる周囲を無視して穴の中を覗き込み、すぐに穴を閉じる。それから、目を白黒させている魔導士たちと事態を飲み込みきれていない野次馬たちの表情を確認するかのように周囲を素早く見回す。同じローブを——国家認定魔導士に支給される紫紺色のローブを着た全員が頷くのを確認してから、指輪の機構をさっと解除し、持ち主に返した。

それから、御者に合図し、庭のど真ん中に停まっていた馬車をどかす。


「というわけで。雪合戦再開だ!」


満面の笑みを浮かべた赤髪の女が、少年と少女の手を引いて塹壕に飛び込む。すぐさま聞こえてきた溌剌とした詠唱に、


「え、先輩そっち入るの?」慌てて自陣に戻りながら、エテレがまくしたてる。「おかしくない? 2対4っておかしくない?」


「坊を戦力に入れるな」とデューア。


「ひどいー」と少年。


焚き火の横にどっかりと座り込んで干し魚を炙り始めた壮年の男に、エテレが慌てて言う。


「やばいよおっさん、負け確定。今日は飲まないって言ってたの、撤回」


男がチラリと敵陣を見る。「アレがお前らの先輩?」


「そ、だんち」


詠唱を続けながら、赤髪の女が塹壕の中からゆっくりと身を起こす。ラスボスのように高らかに笑って両腕を大きく広げる。ローブと毛皮が大きくはためく。周囲に浮かぶ、はっきりとした光をまとった大きな雪玉——その数、およそ50個。


エテレが急ごしらえの防護壁をいくつか立て、さらに詠唱を重ね、


「ふぅん」ツマミを美味そうに噛みながら、男が気怠げに呟く。「たまには本気出すかぁ」


いつもの酔っ払いの戯言に「このカッコつけが」と白けた目を向けるエテレ。


ぼきぼきと肩と腰を鳴らして、壮年の男が立ち上がった。薄汚れたコートの下をごそごそやったかと思うと、緑色の液体の入ったカプセル型の小瓶を取り出して、ぽいと宙高く放り投げる。雪原の照り返しで煌めくそれが、全員の頭上で、突如弾ける。


同時、敵陣に浮いていた無数の雪玉が全て、力を失ったように、ぼとぼとと地面に落ちた。


「……は?」目を丸くして固まる赤髪の女。その派手な色の頭に、完全に威力を殺された雪玉がひとつ、ぼとりと乗っかる。


「国家認定魔導士サマ、討ち取ったり」壮年の男が口角を上げて笑い、足元に置いていた酒を美味そうにあおる。


悔しげな顔をして何やらきぃきぃ叫ぶ赤髪の女の後ろから、銀髪の青年の混乱しきった声がする。


「え? 俺のも打ち消された? まだ発動してないのに?」


ローブの群衆が顔を見合わせてどよめく。


「……ねぇ、なに、今の」とエテレ。


「魔法解除」と男。


「なにそれ」


「言ってなかったっけ、俺、魔法分析官だよ」


「聞いてないし、てっきり無職だと思ってたし、ていうか……」猫背でヒゲ面で冴えない顔の酔っ払いを、そこそこ優秀なはずの国家認定魔導士がまじまじと見る。「え? 分析官、そんなことできんの?」


「これからはね」二尾目の魚を炙りながら、男が楽しそうに笑う。「魔法を発動したあとの残渣を分析するのがこれまでの分析術。今度は、発動中と発動前の兆候を察知・分析できないかっていうのにハマっててさぁ」


デューアとエテレが黙って顔を見合わせる。


「まじで、宝の持ち腐れすね」とデューア。


「失礼だなぁ、これでも割と人気者なんだよ」


昼夜いつ行ってもなじみの飲み屋で醜態をさらしているダメ大人が、いつも通りへらへら笑いながら答えるのに、飲み仲間のエテレはまじりっけなしの疑いの眼差しを向ける。

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