前編 魔法使いの雪合戦
#深夜の真剣物書き120分一本勝負 参加作品
お題「衝立」、「不機嫌」、「斥候」
20分オーバー
以下別作品のキャラが出てきます。
「魔法残渣と夜の街」
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市街地を行き交う人々の中。
曇り空を照らすガス灯の下、紫紺のローブをまとった男女が、睨み合いながら大声を張り上げている。
「部隊の魔法資材、私の分まで勝手に使い込んだ」とくすんだ金髪の女——エテレ。
「お前だって俺の昼飯食ったし」と銀髪の優男——デューア。
二人と同じ紫紺のローブをまとった呆れ顔の同僚たちが、また始まったよ、と言わんばかりにその下らないケンカを眺めている。何事かと振り返る通行人たちに、お気になさらずと手を振りながら。
「資材と食べ物は違う!」
「同じだ!」
防護塗料で淡く光る黒いグローブが、消火栓の上に積もる白い雪を掴んだ。
***
三ヶ月後——
白い空の下、白い大地の上に、無数の白い雪玉が飛び交う。
「お役に立ててよかったよ」
と白い塹壕の中にしゃがみこんで嬉しそうに笑うのは、小綺麗な格好をした貴族の少年。雪かきしていない広い庭——この場所を快く提供した本人に、デューアはせっせと雪玉を丸めながら短く礼を言った。
「魔導士って、いつもこんな楽しいことしてるの?」
目を輝かせる世間知らずの坊ちゃんに苦笑して「まさか」と肩をすくめる銀髪の青年。「三ヶ月前、ちょっとした口論になったときに、なんでだろなぁすげー白熱して。そっから非番に月イチでやる流れに」
お前のせいだぞ!!、と叫びながら立ち上がった青年が雪玉を投げた先——くすんだ金髪の女がひらりとかわす。ローブがひるがえる。すぐさま反撃に飛んでくる雪玉に、慌てて塹壕の中に身を隠し、青年が目線を右に滑らせる。
「場所提供者の坊っちゃんが参戦するってのは、いいとして。なぁ、そいつ……」
貴族の少年が笑顔で答える。「友達!」
上等な毛皮のコートをまとった小柄な少年の隣、能面の少女が黙したまま座り込んでいる。異国の文様が刺繍された黒の外套の隙間から、腰に刺したよく使いこまれた大剣が見える。
故郷近くの町で何度も対峙したことのあるその見慣れた装束を、銀髪の青年は不安そうに見つめ。「……捕虜、だよな?」
「友達になったの!」と貴族の少年。「昨日も街出て、お買い物してねぇお茶してねぇ」
「えーと、いいの?」
後方を振り向いて青年が問いかけを投げる。少し離れたところ、パラソルを広げたガーデンテーブルで紅茶の用意をしていたお付きの者が、諦めたように頷く。
大丈夫、と少年が優しい笑顔を浮かべて手を叩く。「えーっと、嫌疑不十分で民間人捕虜? ってことになったから!」
「嫌疑?」
「斥候」
少女の大剣をじっと見て「ゆるいなぁ」とぼやく青年。
「ルールはわかった? じゃあ、よろしくね」
少年が笑顔で肩に手を置くなり、すなおに小さく頷いた少女が剣の柄に手をかけて塹壕から飛び出す。ざっと青ざめて「いやこれゲーム——」慌てて追おうと顔を出した青年は、
赤い炎を薄くまとった銀の大剣が、飛んでくる雪玉をスラリと斬ったのを、すぐ間近で見た。
じゅわあ、と白い蒸気を上げて消滅する雪の塊。
少年の嬉しそうな声と全力の拍手。ギャラリーからの歓声と驚きの声と、好き勝手な野次。敵陣からの不満そうな声。
半目になった青年は息を吐いた。「ああ、じゃあ坊の護衛、よろしく」
黒髪の少女は黙したまま外套を大きく勇ましくひるがえし、はっきりと炎が立ちのぼる大剣を構えたまま、小さく頷く。
*
一方。
「なにあれ! ずっる!」
紫紺のローブをまとったくすんだ金髪の女——エテレは雪原を踏み固めながら甲高い声で叫ぶ。
「倒し甲斐があるじゃねぇか」
その後方、長めの枝で焚き火をつついていた赤ら顔の壮年の男が、火に手を翳して暖を取りながら、のんびりと答えた。
「じゃあどうにかしてよ、いい歳して張り切ってるヤバいひと」
「失敬な。何歳になったって、みんな楽しいことは大好きなんだぞ」
「堂々と参戦してきたのはあんた一人だけだけど、オッサン」
金髪の女が白けた目を向けた先、赤ら顔の壮年の男は、焚き火の近くに置いてあった酒瓶(熱燗)を持ち上げて美味そうに飲み干してから、近くの雪をむんずと掴んで立ち上がる。もつれる千鳥足を不安そうに見る女。
「雪持ってきたり作ったりすんのと、直接の対人戦闘以外はOK、だったな?」
きぃん、と——男の手元でかすかな、甲高い『発動音』が鳴る。
「おらよ!」
男が振りかぶって、投擲。
対面で少女が炎の剣を振るい、白い球を斬った瞬間。
一面に、まばゆい閃光がほとばしった。
「閃光弾なんてどーよ」と赤ら顔の男がウインクを一つ。
「ふざけんな、雪以外のモン投げるの禁止!!!!」塹壕の向こうから青年の怒号が届き、すぐに慌てた声に変わる。「あっ偶然混ざったものはカウントしないから、泥は大丈夫だから、違う違う、お前に言ったんじゃない、あああ泣くな坊!」
「うーん、目に浮かぶなぁ」ぼやくエテレ。
年下に怒られて不満そうに唇を尖らせた壮年の男は、ぶつくさ言いながらも普通の雪玉を作り始め、
「なぁ、今更だが」
騒ぎを聞きつけて続々と集まって来た見物客の前にそびえる、よじ登り防止の返しと有刺鉄線がついた高い柵を指さす。
「俺ら、不法侵入罪とか不敬罪とか、なんかで殺されたりしない?」
柵の前に等間隔に立つ凛々しい顔の警備兵たちが、眼光鋭く周囲を見回している。
詠唱を始めたエテレが、金髪を揺らしてしれっと首を振る。「あの坊ちゃん、何度か仕事で護衛したことあるから。私ら、命の恩人」
「なるほどね」息をついて同じく詠唱を始める赤ら顔の男。
本来ならば、この場にいる誰もが謁見も叶わないほどの高貴な立場だ。衝立の向こう、顔すら見れないほどの相手。先日の港戦での捕虜を好き勝手に連れ出したりできるのも、軍部に顔が利く家柄あってのこと。
「いいねぇ、貴族さまに雪玉当ててもいー機会なんて。さぞかし気分いいだろなぁ」と笑う男と、
「ゲスい」と笑う女の、
二人の詠唱が終わるのがほぼ同時。淡い光を纏って、二人の周囲にふわりと浮かぶ大小の雪玉——各10個。
泥の混じった雪玉ひとつを手に、塹壕から意気揚々と顔を出した貴族の少年の眼前に、それらが一斉に迫った。
黒髪の少女がその前に躍り出て、多方向から迫る雪玉を勇ましい目で睨みつけながら、とっさに大剣を投げ捨てる。
野次馬の誰もが、少女とその後方の少年に当たる——と確信した直後、少女は能面のまま、小指にはめていた銀の指輪を引き抜いた。
指輪が日差しを反射した、その瞬間。
少女の前に、黒い穴がぽっかりと開く。全ての雪玉が、吸い込まれるように穴の中へ消えた。