カスカベルを襲撃した集団は強いし統率がとれていた…『ひだまり』大繁盛、俺達は移転を考える…あ、もう俺はリア充の仲間入りだからね。皆も頑張ってね。
明石が俺と真鈴をじっと見ていた。
「今この場で決めろとは言わない事にしよう。
あとな、これは非常にデリケートな事だから。
圭子や加奈にどう決めたのかも聞かないでくれ。
君達、彩斗、真鈴、ジンコも互いに相談しないで自分自身が決めてくれ。
これは俺達も悩んだのだけどな。
加奈や圭子とも相談して決めたんだが、自分がどうするか決めたことは他の人間メンバーには言わない事にしたんだ。
俺達に秘密は無いに越した事が無いのだが、これは別の次元でな。
誰が死にそうになった時に悪鬼として生きるか人間として死ぬかと言う事が、戦いの最中の判断に余分な障害になり得ると考えたんだよ。
だから君達も自分自身で深く考えて、そして決めたことを他の人間メンバーに言わないようにしてくれ。」
成る程、明石の言う事は一理あるなと俺は思った。
戦いの緊迫した重大な局面で誰が悪鬼として復活するか誰が人間のままで死ぬか等で判断ミスをしてしまうケースも有り得る。
真鈴もそう思ったのであろう。
真鈴は顔を上げて明石を見た。
「判ったわ景行。
自分一人で考えて決めて誰にも言わない誰にも聞かないわ。」
「俺もだよ、これは自分だけの事だ。」
「そうか、よろしく頼むよ。」
ジンコが個室に入って来た。
「みんな、榊さんが来たわよ。」
「入れてくれ。」
ライダースーツを着た榊がやはりライダースーツを着た2人の男女を連れて入って来た。
「こんにちは。
書類を持って来たよ。」
榊が書類が入った封筒をテーブルに置いた。
「榊、今回は大変な事になったな。
まさか、カスカベルが…」
四郎が言うと榊は沈鬱な表情を浮かべた。
「大変な事だ…カスカベル副長の時任は岩井テレサ様の孫なんだ。
38の時に自ら悪鬼になる事を選んで精進してきたんだが…。」
俺達は固まった。
カスカベル副長の時任が岩井テレサの孫だったとは…きっと何か深い事情があったのだろう。
「お気の毒に…岩井テレサにお悔やみを告げていたと伝えてくれ。」
「判った伝えるよ。
ありがとう。」
榊はそう答えるとスマホを取り出してテーブルに置いた。
「今後連絡はこれを使って欲しい。
完璧に消毒済みだ。
そして最高の暗号化送受信が出来るように施されている。
近いうちに同盟関係の者達を招集して状況の説明や今後の対策の事で会議を開く予定がある。
その時はそのスマホに連絡を入れるよ。
それでは俺達はもう何件か廻らないといけないので失礼する。」
榊たちは俺達の挨拶もそこそこに慌ただしく出て行った。
秘密厳守、存在を秘匿する事に非常に気を配っている岩井テレサの組織が主だった者を招集するとは、確かに非常事態なのだろう。
俺達は書類を取り出して頭を寄せ合って覗き込んだ。
カスカベル襲撃についてと表題があり、第1騎兵カスカベルがどういう経緯で出動し、襲撃を受けたのか、誰が犠牲になり誰が生き残ったのか、誰が重大な障害を受けて戦う事が出来なくなったのかのリストを見た。
リストにはメンバーが人間であるか悪鬼であるかのHとAの印が名前の次に付けてあった。
第1騎兵カスカベルと同盟関係にあった第8騎兵ヤクルスの、どうも同盟関係にあるチームには神話などの出てくる幻獣などの名前が振り当てられるらしいが、合同チームで悪鬼討伐に向かったようだった。
田舎の廃ホテルに悪鬼の根城を確認して襲撃の配置についた所を後方の支援メンバーがまず襲われた。
支援メンバーが襲撃されると同時に廃ホテルから逆に悪鬼達が攻撃に出て、そして、巧妙に廃ホテル周辺に身を潜めていた悪鬼達が飛び出してきてカスカベルとヤクルスを襲ったらしい。
「う~ん、戦闘態勢に入っているカスカベルに感づかれずにそのすぐ周辺に身を隠すと言う事は並み大抵の悪鬼ではできない芸当だな。
実に巧妙で組織的に統率が取れている…そして数も多いだろうな。」
「カスカベルが支援メンバーを入れると104名、ヤクルスは12名、ヤクルスも人間と悪鬼の合同チームで人間が5名、悪鬼が7名だって書いてあるよ。
集団の襲撃でカスカベルは戦闘メンバーの49人、支援メンバーの11人、そしてヤクルスは10人が死んだ。
襲撃した悪鬼の10体以上は殺したらしいけど…まだ詳細は判らないそうだね。
ただ、襲撃してきた集団も統一した戦闘装備を持っていたようだよ。
まだ未確認だけど襲撃してきた集団に人間も混じっていたらしいよ。」
俺が答えると四郎と明石がため息をついた。
「やれやれ、人間も混じっているのか…しかしどうも人間に存在を知られても構わないと言う事では無いらしいな。
襲撃した奴らも人間に存在を知られることは警戒しているようだ。
その証拠に、更に後方、人家に近い所で待機していた処理班は襲われていない。」
「これが人間に存在を知られても構わないと言う、なりふり構わない攻撃だったら、後方の処理班も襲われて隠しようがない大騒ぎになるだろうな。」
明石と四郎の感想を聞いて俺もほっとした。
悪鬼の存在を隠しようもない事態が起きたら、人類はいったいどんな騒ぎになるのだろうか…襲撃してきた奴らもそこまで狂ってはいないようだ。
封筒の中には写真が入っていた。
低軌道衛星から撮られた物で、赤外線暗視画像でカスカベルとヤクルスが襲撃を受けて戦っている光景が映し出されていた。
それは腕利きの特殊部隊同士の激戦の様な状態だった。
俺達ワイバーンもその場にいたらどんな状態になるだろうかと思い、俺は写真を見つめながらぞっとした。
「襲撃した奴らも一流の軍隊並みのスキルを持っているようだな…この写真…米軍の公式の写真だな。
米軍の航空宇宙軍の写真だぞ。」
明石が写真の端にある印を見て言った。
「…つまり、米軍ではこの状況を知っていると言う事?」
「低軌道衛星はグーグルじゃあるまいし、たまたま撮れた写真じゃないと言う事ね。」
俺と真鈴が呆れた声を上げた。
今更ながら俺達はスケールが大きい戦いに身を投じていると実感した。
「恐らく岩井テレサの組織は米軍にも太いパイプがあるだろうな。
俺でさえネイビーとは繋がりがあるくらいだからな。
勿論この事は厳重に秘匿されているだろう。」
ジンコが個室に入って来た。
「真鈴、ごめんね、ちょっと手伝ってくれる?と喜朗おじが言ってるんだけど…」
相変わらず足元がスケベ死霊で見えなくなっているジンコがやや疲れた表情で言った。
「そんなに忙しいの?」
「もう、なんだかすごく忙しいわ。
加奈はまだ帰ってこないし。
喜朗おじもてんてこ舞いな感じよ。」
「わかった。
直ぐ着替えるよ。」
「サンキュー!」
真鈴はジンコと共に個室を出て行った。
その後ろ姿を見ながら明石がため息をついた。
「う~ん『ひだまり』は最近大繁盛だからな~、どこかの誰かが加奈やジンコ、真鈴の制服姿をネットに乗せやがったしな。
そして喜朗おじが作る料理やデザートも旨い物だから、ますます忙しくなってるんだ。
回転率は下がったけど客単価が爆上がりでな、そろそろこの店も手狭まになって来たと喜朗おじとも話しているんだ。
おかげで加奈達に出す大入りも毎日5000円にしたがな、ただ、何と言うかヲタクっぽい奴らも増えて来て大変だよ。
ストーカーする奴らが出ないかどうか心配だ。」
「まぁ、加奈やジンコ、真鈴なら人間の変態など簡単に返り討ちにするから大丈夫じゃの。」
店内から歓声が聞こえた。
制服に着替えた真鈴を客たちが見たのだろう。
俺達は苦笑を浮かべた。
あぁ、そうだろうな、加奈1人だって充分、そして喜朗おじの料理と、本物の武器に囲まれた独特だが落ち着く雰囲気。
俺だってもう少し早くここの存在を知っていれば絶対に通っただろう。
おかげで俺達は家賃収入と悪鬼討伐の報奨金、そして明石夫婦や喜朗おじたちも『ひだまり』が大繁盛してお金に関しては心配が無くなっていた。
順調に貯金も貯まっている。
そして、普通自動車運転免許と更に二輪免許もとった四郎が車と大型バイクが欲しいのだがと言って色々と候補を知らべていた。
圭子さんと加奈が司と忍を連れて戻って来た。
もう少し遊びたかったと少しふくれっ面の司と忍も喜朗おじのケーキを食べて機嫌を直したようだ。
加奈は戻ってくるそうそう。喜朗おじから店内とキッチンの手伝いを頼まれて着替えに行った。
「やれやれ、大変だな。」
四郎が呆れた声を出した。
「そうなのよ四郎、でも考えたらね、『ひだまり』が必ずここに無きゃいけないって事じゃないのよね。
ここだって駅から遠いし、そんなに良い立地と言う訳じゃないからね~。
もう少し広い店舗でも良いと思うのよね~!
あ~外は暑いわ~。」
圭子さんはジンコ達が忙しそうにしているので自分で作って来たレモンスカッシュのストローに口を当てて旨そうに飲んでいた。
司と忍が帰って来たので俺達は書類を写真を封筒に納めた。
店内の方からまた、大きな歓声が上がった。
恐らく加奈が制服に着替えて店内に出て来たのだろう。
今日はオールスターだぁ!との声まで聞こえて来た。
やれやれ、加奈、ジンコ、真鈴の裏の顔も物凄い強さも知らないで呑気なものだ。
明石がコーヒーを飲んで俺を見た。
「なぁ、彩斗。
一つ提案だが、『ひだまり』をな、少し死霊屋敷に近い所に移転すると言う事を考えたのだがな。
そして、屋敷を増築するか、若しくは少し小さめの家を建てて、もちろん悪鬼の襲撃に対しての防御も念頭に入れてな、そこに俺達や喜朗おじたちも住むか、とかな。
俺も圭子もリモートで仕事をできるから死霊屋敷のような田舎でも充分暮らせるからな。」
「景行、それは良いアイディアだと思うぞ!
そうすれば死霊屋敷を支援する拠点にもなるしな。
われらの守りも一層強くなると思うぞ。」
四郎が言う通りで、明石の言葉を聞いてなるほどと俺は思った。
あのスケベ死霊を引き連れて行けば多少辺鄙な所でも客を沢山呼び入れる事も可能だろう、車で数分の所か、あるいは死霊屋敷の敷地の外れでも昔のドライブインのような感じで洒落た店にすれば充分採算が取れるだろう。
そして、俺達も固まった所に住めばいざと言う時に迅速に助け合える。
明石や俺のマンションもそのまま残せばいざと言う時のセーフハウスになる。
今回のカスカベル襲撃の件が俺達の計画の後押しをしていると思うようにした。
「忍が少し喘息気味でな。
俺も最近タバコはあの子の前では遠慮してるんだがマンションではな。
もう少し空気が良い所に住まわせてやりたいんだ。
最悪、死霊屋敷の近くに移って、司や忍が転校したくないと言えば車で送迎すると言う手段もあるかなら。」
「景行、それは良い考えだと思うよ。
かなり真剣に考えてみようよ。」
俺はとても良い案だと思った。
ただ一つ。『みーちゃん』のユキと遠距離恋愛になりそうだけど…え?
呼び捨てだよ!もう、恋人だしメイクラブも済ませたから呼び捨てにするよ!
ユキだって俺の事、彩斗って呼び捨てにしてるしね!
俺はもう2回と4分の1野郎じゃないんだよ!
9回と4分の1野郎なんだよ!
リア充なんだよ!
誰だ!『顔面鷲掴みキス拒否られ野郎』と言う奴は!
あの鯨の女性の事はもう遠くの過去の話なんだよ!
俺はもう立派なリア充なんだよ!
そして、榊が置いて言ったスマホにメールが届いた。
岩井テレサの組織が近日中に会合をするので出席して欲しいとの事だった。
続く