なっちゃんのおかいもの
ひとりではじめてのおかいものは
どきどきするけど
わくわくしてる
いつもと同じみちなのに
今日はなんだかいつもとちがって見えてくる
なっちゃんは
今日、はじめてかいものに行きます
いつもお友だちと
だんちの中であそぶことはあっても
だんちの外に一人で出るのははじめてです
とってもどきどきするけれど
でも、きっとだいじょうぶ。
かばんの中には、
いつもいっしょの
ちいさなにゃんこがいてくれるから
おかあさんにおねがいされたのは
ぎゅうにゅうを1つ
おみせはいつもおかあさんといっしょにいくおみせです
おかあさんがぎゅうにゅうをかっているのは
いつも見ています
だから、きっと、だいじょうぶ、と
おかあさんにも、げんきに
「行ってきます」
と、おうちを出ました。
おうちを出たら、
まずはだんちを出るために
だんちのまえの大きなみちへ行きます
大きなみちのそばは
あぶないからあそんじゃだめ、
と、いつもは「気をつけて」
と言われているばしょです
でも、今日はあそびに行くのではありません
おかいものに行くのです
みちに出るときは「気をつけ」ながら
ほどうからは、はみ出ないようにあるきます
おおきなみちに出るまがりかどで
おとなりの「かがや」さんちの
おかあさんにあいました
一人であるいているなっちゃんを見て
「どこに行くの?」
と、ふしぎそうなかおで話しかけます。
「みちのむこうのおみせに
ぎゅうにゅうをかいに行くの」
なっちゃんは、おみせのほうをゆびさすと
ほこらしげに、そして、元気よくこたえました。
かがやさんのおかあさんは
なっちゃんのゆびさきを見てうなずくと
「えらいのね」
と、なっちゃんのあたまをなでました
「みちをわたっていいのは
しんごうが「あお」のときだけだからね
気をつけてね」
「おしえてもらったからだいじょうぶ!
ありがとう!」
なっちゃんは元気よくこたえると
かがやさんのおかあさんに
さよなら、と手をふって
またおみせにむけてあるきだしました
かがやさんのおかあさんとはなしているうちに
みちのあおしんごうがてんめつをはじめました
いそがなくちゃ、と
なっちゃんは思いましたが
「みちをわたるまえに
しんごうがてんめつしたときは、
わたっちゃだめだからね」
と、おかあさんにいわれたことをおもいだしました。
「てんめつのときはわたっちゃだめ」
なっちゃんはじぶんに言いきかせるように
おかあさんのことばをくりかえすと
みちのてまえでとまります。
そして、しんごうがまたあおにかわると
みちをわたるまえに、
みぎ、ひだり、みぎ、
と、くるまがきてないことを見てから
みちをわたりました
なっちゃんがみちをわたるようすを
うしろからみまもっていた
かがやさんのおかあさんも
もうだいじょうぶ、と
おうちにかえることにしました。
なっちゃんはおみせのまえにつくと
こまってしまいました。
ドアがひらかないのです。
おかあさんといっしょのときは
ドアのまえに立つと、
かってにドアがひらいてくれて
おみせの中に入れるのに!
子ども一人では、
おみせにいれてはいけません、と
ドアはおしえられているのでしょうか。
かばんのなかのちいさいにゃんこを
きゅっ、とにぎると
なっちゃんはドアを
とんとん、とたたきました。
ほかの人のおうちでは、
ドアをとんとんとたたくと、
中にいる人がきづいてくれることがある、と
なっちゃんはしっていたのです。
思ったとおり、
おみせの人がなっちゃんに気づいて、
ドアをあけてくれました。
そうして、なっちゃんが一人でいるのを見て
「おとうさんか、おかあさんは?」
と、なっちゃんにききました。
「いないです。
一人でおかいものにきました」
なっちゃんは、すこし「よそいき」のこえで
おみせの人にこたえました。
おみせの人はくしゃり、とえがおになると
「何をかいにきたの?」
とききます。
「ぎゅうにゅう、1つ」
「ばしょはわかる?」
おみせの人のしつもんに、
なっちゃんはうなずいてこたえると
ちゃんとしっていることがわかるように
いつもおかあさんといっしょにむかう
ぎゅうにゅうのある「たな」まできました
たなの高さは、なっちゃんのむねのあたり
ぎゅにゅうはちょうど目の高さなので
すぐにわかります
そうして、ぎゅうにゅうを
「たな」からもち上げようとしましたが
ぎゅうにゅうがおもくて
もち上がらないのです
なっちゃんは、また、こまってしまいました
おうちでぎゅうにゅうをもつとき、
もち上げられない、
なんてことはなかったのです
このぎゅうにゅうはいつものぎゅうにゅうより、
とくべつおもいのだろうか
うーん、うーん、
ともち上げようとしながら
なっちゃんはそんなことをおもいました
そんななっちゃんを見て
おみせの人が、ぎゅうにゅうをもち上げるのを
てつだってくれました。
そうして、わたされたぎゅうにゅうをもつと
ふしぎとぎゅうにゅうをもち上げることができたのです
やっぱりいつものぎゅうにゅうです
どうして、さっきはあんなにおもかったのか
なっちゃんはふしぎでしかたがありませんでした
ぎゅうにゅうをもってレジに行くと
レジのたなにはもち上げられないから、と
おみせの人が、ぎゅうにゅうをもって
レジのきかいで「ぴっ」としてくれました
「130円になります」
なっちゃんは、かばんから
さいふをとりだすと
さいふの中の100円を2まい、
おみせの人にわたしました。
「70円のおかえしです」
おみせの人はそういうと
50円を1まい、10円を2まい、
それからかみを1枚、
(かみはさいふに入るように
2つにたたんでから)
なっちゃんのさいふに入れてくれました
「ありがとう」
なっちゃんがおれいをいうと
おみせの人も
「ありがとうございました。またきてね」
と、わらってくれました。
おみせを出ると、
空の色が少しだけあかくなっていました
空の色はかわっても
もうこのみちは
なっちゃんにとってしらないみちではありません
ちゃんと、しんごうをまもって
ほどうはなるべく車からとおいところをあるいて
そうして、だんちの中に入れば
あとは「なれた」ものです
あわててころばないように
でもゆっくりのんびりしないように
なっちゃんはほこらしげなかおで
おうちへかえりました
「ただいま」
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「今日も牛乳?」
「あとはパンと豆腐。
買い忘れたのは自分なんだから
私に買いに行かせるの止めてほしいんだけど」
ナツは、ふてくされた顔をして、買い物かごに、牛乳、豆腐、パンを入れていく
レジに立つ店員さんは、そんなナツの様子を見て、楽しそうに微笑む
「なっちゃんがお手伝いしてくれて、お母さんは助かってると思うけどな」
「そもそも買い忘れなきゃいいだけじゃん」
レジに買い物かごを置きながら、気持ちを吐き出すかのようにため息をつく。
「まぁ、金井さんとしゃべるのは嫌いじゃないから、いいんだけどさ」
「嬉しいこと言うね」
「だから、安くなんない?」
「なっちゃん、お母さんよりよっぽどしっかりしてる。でも、だめ。パートにそんな権限はありませ〜ん」
レジで商品のバーコードを読み込みながら、そんな風に下らない会話をするのが、ナツにとっての楽しみの1つだった。
買い物は確かに面倒事だが、それでもこんな時間があるから、文句を言いながらでも毎回買い物は断らない。
「残念」
「391円ね」
財布から100円玉を4枚と1円玉を1枚出して渡す。
店員の金井さんが精算している間に、エコバックに牛乳と豆腐とパンを入れた。
「はい、お釣り。10円ね」
手渡されたお釣りとレシートを手にすると、財布にしまう。
「でも、残念ね。なっちゃんと話せるのも今日が最後なんて」
財布をバックに入れようとしたその手が止まり、ナツ自身、驚くほどの速さで、金井さんの方を見上げた
「えっ、なんで!?」
「おばちゃん、お店辞めるんだ」
「だから、なんで?」
「おばちゃんのお父さんがね、ちょっと調子が悪くて、家で面倒見てあげなきゃいけないんだよね。だから、働き続けるのが難しくて」
金井さんが、困ったような、どこか諦めたような表情でナツを見た。
ナツも、多分、今、同じような顔をしてるんだろうな、と思いながら、金井さんを見つめる。
「そっか」
ナツは、手にしたままだった財布を、バックの中にしまう。
「じゃあ、もう買い物きても、何も楽しくないなぁ」
「これからもヒイキにしてよ」
「金井さんが来てくれるならね」
ナツはそういうと、エコバックを肩にかけ、一度金井さんから視線を外した
初めて買い物に来て、その時に買い物を手伝ってもらった時からもう10年近く経つ。
お店のパートの勤務期間としては、多分とても長い部類なのだろう。
「今までありがと」
「こちらこそ」
「落ち着いたら、また来れる?」
「そうね。そのときには、またね」
多分、また、はないだろう。
分かっていても、ナツはそう言わずにはいられなかった。
金井さんが手を振るのを見て、ナツも手を振り返す。そうして、自動ドアを出たところで、一度振り向き、ナツは深々と頭を下げた。
目を閉じて、開くと、アスファルトには2つ、黒いシミが出来ていて、でもそれは、暑さですぐに消えてしまった。
顔を上げると、金井さんが、目元に指を当てているのが見えた。
もう一度頭を下げると、店を背に歩き出す。これ以上は、耐えられない気がした。
空が少し紅く染まっていた。
遠くからは日暮らしの声が聞こえる。
幹線道路沿いを通る車の熱と、日中照らし続けられて熱されたアスファルトからの熱が、不快なほどの暑さとして襲ってくるが、不思議と、暑さを感じることが出来なかった。
立ち止まることなく、道を渡り、団地に帰る。
明日から楽しみが減ってしまうことは変えられない。けれど、今日会えたことは、買い物を忘れた母親のおかげだった。
だから、せめて、それぐらいはお礼を言おう。「買い忘れ防止のメモを作って買い物にいけ」という憎まれ口とともに。
「ただいま」
いつも頼まれる買い物は
昔みたいにどきどきすることはなくなったけど
昔とは違うわくわくを持って通ってた
なのに、あの人がいなくなるだけで
いつもと同じ道なのに
今日はなんだかいつもと違って見えてくる